初級翻訳・坊つちやん 第10話

坊つちやん

いたずらだけして罰はご免被るなんていう下劣な根性が、どこの国で流行っていると思っているんだ。金を借りるだけ借りて、返すのはご免だなんて抜かす連中は、どうせ卒業したってそんな仕事に就くに決まっている。
そもそも、中学校へ何をしに来ているんだ。
学校へ入って、嘘をつき、誤魔化し、陰でこそこそと生意気な悪戯ばかりして、それでいて大きな顔で卒業すれば「教育を受けた」なんて勘違いしやがって。
話にもならない雑兵どもだ。
俺はこんな腐った根性の連中と話し合うこと自体、胸がムカムカしてたまらない。
「そんなに言わなきゃならないなら、聞く必要もない。中学校へ入って、上品と下品の区別もつかないなんて、本当に気の毒な奴らだ」と突き放して、六人を追い出した。
俺は言葉や態度はあまり上品じゃないかもしれないが、心根だけはこいつらよりずっと上品なつもりだ。
六人は悠々と引き揚げていった。
表面だけ見れば、教師の俺よりよっぽど立派に見える。
だが、実は落ち着いているだけ、なおさらたちが悪い。
俺には到底、これほどの厚顔無恥な度胸はない。

それからまた寝床へ戻って横になったが、さっきの騒動で蚊帳の中は蚊がぶんぶんと唸っている。
手燭をつけて一匹ずつ焼き殺すなんて面倒なことはやっていられないから、蚊帳の吊り手をはずして、長く畳んだまま部屋の中で縦横無尽に振り回していたら、環が飛んできて手の甲をこれでもかというほどぶった。
三度目に床へ入った時は少し落ち着いたが、なかなか寝付けない。
時計を見ると十時半だ。
考えてみると、とんでもない所へ来てしまったものだ。
一体、中学の先生なんて、どこへ行ってもこんな連中を相手にしなければならないのだから、気の毒な職業だ。
よく先生が品切れにならないものだよ。
よっぽど我慢強い朴念仁じゃないと務まらないんだろう。
俺には到底やり切れない。

それを思うと、清(きよ)というのは見上げたものだ。
教育もない、身分もない婆さんだが、人間としてはすこぶる尊い。
今まではあんなに世話になっても、別段ありがたいとも思わなかったが、こうして一人で遠い国へ来てみると、初めてあの親切が身に染みてわかる。
越後の笹飴が食いたいと言えば、わざわざ越後まで買いに行って食わせてくれる。それだけの価値が清には十分にある。
清は俺のことを「欲がなくて真っ直ぐな気性だ」と言って褒めてくれるが、褒められる俺よりも、そう言ってくれる本人の方がよほど立派な人間だ。
何だか清に会いたくなった。

清のことを考えながら、ぼんやりしていると、突然俺の頭の上で、数で言えば三四十人はいるだろうか、二階が抜け落ちるんじゃないかと思うほど、ドンドン、ドンドンと拍子を取って床板を踏み鳴らす音がした。
すると、足音に負けないほどの大きな鬨(とき)の声が上がった。
俺は何事が起きたのかと驚いて飛び起きた。
飛び起きる瞬間、ははあ、さっきの意趣返しに生徒たちが暴れているんだなと気づいた。
「自分の悪いところは悪かった」と謝らないうちは罪なんて消えないものだ。
悪いことをしたという自覚は、お前たちにもあるだろう。
本来なら、寝てから後悔して、明日の朝にでも謝りに来るのが筋というものだ。
たとえ謝らないにしても、恐れ入って静かに寝ているべきだろう。
それを何だ、この騒ぎは。
寄宿舎を建てて豚でも飼っておけばよかったんだ。
気狂いじみた真似もいい加減にしろ。
どうするか見ていろと、寝巻きのまま宿直部屋を飛び出し、階段を三段飛ばしで二階まで駆け上がった。

すると不思議なことに、今まで頭の上で確かにドタバタと暴れていたのが、急に静まり返って、人の声どころか足音もしなくなった。
これは妙だ。
ランプはすでに消してあるから、暗くてどこに何がいるか判然とはしないが、人がいるかいないかくらいは気配でわかる。
長く東から西へ貫いた廊下には、鼠一匹隠れていない。
廊下の端から月明かりが差し込んでいて、遥か向こう側がぼんやりと明るい。
どうも変だ。俺は子供の時からよく夢を見る癖があって、夢中で飛び起きて、わけのわからない寝言を言って人に笑われたことがよくある。
十六、七の頃、ダイヤモンドを拾う夢を見た晩なんて、むくりと立ち上がって、そばにいた兄に「今のダイヤモンドはどうした!」とものすごい勢いで尋ねたこともあった。
その時は三日ばかり家中の笑いものになって、大いに恥をかいた。
ことによると、今のも夢かもしれない。

しかし、確かにならしていたのは事実だ。そう思いながら廊下の真中で考え込んでいると、月明かりが差し込んでいる向こうの端で、「一、二、三、わあ!」と三四十人の声が重なって響いたかと思う間もなく、前と同じように拍子を取って、一同が床板を踏み鳴らした。
それ見ろ、夢じゃない。やっぱり事実だ。
「静かにしろ! 夜中だぞ!」と、俺も負けないくらいの声を張り上げて、廊下を向こうへ駆け出した。
俺が通る道は暗い。ただ端に見える月明かりが頼りだ。
駆け出して二間(約3.6メートル)も来たかと思った時、廊下の真中で硬くて大きな何かに向こう脛(ずね)をぶつけた。「痛っ!」と頭に響いている間に、体はすとんと前へ放り出された。
「この畜生!」と起き上がってみたが、走れない。
気は焦るのに、足だけが言うことを聞かない。
じれったいので一本足で跳ねながら行ってみると、もう足音も人声も静まり返って、シーンと静まり返っている。
いくら人間が卑怯だとしても、ここまで卑怯な真似ができるものだろうか。まるで豚どもだ。
こうなったら、隠れている奴らを一人残らず引きずり出して、謝らせるまでは絶対に引かないぞと腹を決め、寝室のドアの一つを開けて中を調べてやろうとしたが、開かない。
鍵をかけているのか、それとも机か何かを積み上げてバリケードにしているのか、押しても押してもびくともしない。
今度は向かい合わせの北側の部屋を試したが、結果は同じことだった。
戸を開けて中にいる奴を捕まえてやろうと焦っていると、また東の端から鬨(とき)の声と足拍子が始まった。
この野郎、申し合わせて東西から俺を馬鹿にしてやろうって魂胆だな、とは思ったが、さてどうしたものか途方に暮れてしまった。
正直に打ち明けてしまうと、俺は勇気はあるが、その分、知恵が足りない。
こんな時にはどうしていいか、さっぱりわからないのだ。
わからないけれど、絶対に負けるつもりはない。
このまま泣き寝入りしては、俺の顔に関わる。
江戸っ子に根性がないなんて言われるのはごめんだ。
宿直をしていて、鼻垂れ小僧にからかわれ、手のつけようがないからといって泣き寝入りしたと思われたら、一生の恥だ。
これでも元は旗本だ。
旗本の家系を辿れば清和源氏、多田の満仲(ただのただなか)の末裔だ。
こんな田舎者とは、生まれからして違うんだ。
ただ、知恵がないのが惜しいだけだ。どうしていいかわからないのが困ったところだ。
でも、困ったからといって負けるものか。
正直者だから、どう動いていいかわからないだけだ。
世の中に、正直が勝たないで他に勝つものがあるか、よく考えてみろ。
今夜中に勝てなければ、明日勝つ。明日勝てなければ、明後日勝つ。

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