初級翻訳・坊つちやん 第16話

坊つちやん

黒い革張りの椅子が二十脚ほど、長いテーブルの周りに並んでいて、神田の洋食屋くらいの格好はついている。
そのテーブルの端に校長が座り、校長の隣には赤シャツが陣取る。
あとは好きなところに座ればいいそうだが、体操の先生だけはいつも末席に遠慮しているという話だ。
俺は勝手がわからないから、博物館の先生と漢文の先生の間に入り込んだ。
向こうを見ると、山嵐と野だが並んでいる。
野だの顔はどう見てもパッとしない。
喧嘩はしたけれど、山嵐の顔の方がよっぽど味がある。
親父の葬式のときに小日向の養源寺の座敷にかかっていた掛け軸は、この顔によく似ている。
坊主に聞いてみたら、韋駄天という怪物だそうだ。
今日は怒っているから、目をぐるぐる回しては、時々俺の方を見る。
そんなことで威嚇されてたまるものかと、俺も負けじと、目をぎょろつかせて山嵐を睨み返してやった。
俺の目は格好は良くないが、大きさだけはたいていの人には負けない。
「あなたは目が大きいから、役者になったらきっと似合いますよ」と清がよく言っていたくらいだ。
「もうだいたいお揃いでしょうか」と校長が言うと、書記の川村という男が「一人、二つ……」と頭数を数え始めた。
一人足りない。
誰が足りないんだろうと考えていたら、なるほど、足りないはずだ。
唐茄子のうらなり君が来ていない。
俺とうらなり君とはどういう前世の縁かは知らないが、この人の顔を見て以来、どうしても忘れられない。
控室に行けばすぐにうらなり君が目につくし、道を歩いていても、うらなり先生の様子が心に浮かぶ。
温泉へ行くと、うらなり君が時々青い顔をして湯船の中にふやけている。
挨拶をすると「へえ」と恐縮して頭を下げるから、なんだか気の毒になってくる。
学校に来て、うらなり君ほど大人しい人はいない。
めったに笑ったこともないが、余計な口をきいたこともない。
俺は「君子」という言葉を本の上では知っていたが、これは辞書の中にあるだけで、実際に生きている人間にはいないと思っていた。だが、うらなり君に出会って初めて、やっぱり実在する言葉なんだと感心したくらいだ。
これほど関係の深い人のことだから、会議室に入るやいなや、うらなり君がいないことにはすぐに気がついた。
実を言うと、この男の隣にでも座ろうかと、ひそかに目標にしてきたくらいなのだ。
校長は「もうじき見えるでしょう」と言って、自分の前にある紫の袱紗包みをほどき、蒟蒻版のようなものを読んでいる。
赤シャツは琥珀のパイプを絹のハンカチで磨き始めた。
この男にとっては、これが道楽らしい。
赤シャツらしい振る舞いだ。
他の連中は隣同士で何やら私語を交わしている。
手持ち無沙汰な奴は、鉛筆の尻についている消しゴムの頭で、テーブルの上にせっせと何かを書いている。
野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向に応じない。
ただ「うん」とか「ああ」と言うばかりで、時々怖い目をして俺の方を見る。
俺も負けじと睨み返す。
そこへ、待ちかねたうらなり君が気の毒そうに入ってきて、「少々用事がありまして、遅刻いたしました」と、狸(校長)に慇懃に挨拶をした。
「では会議を開きます」と狸はまず書記の川村君に蒟蒻版を配らせる。
見ると、最初は処分の件、次は生徒取締の件、その他に二、三の事項が書かれている。
狸はいつもの通りもったいぶって、「教育の生霊」といった見栄を張りながら、こんな意味のことを述べた。
「学校の職員や生徒に過失があるのは、ひとえに私の徳が足りないせいです。何か事件が起こるたびに、自分はよくこれで校長が務まるものだとひそかに恥じ入る思いですが、不幸にも今回またこのような騒動を引き起こしてしまったこと、諸君に対して深くお詫びしなければなりません」「……とはいえ、一度起きてしまったことは仕方がない。何とかして処分を下さねばならない。事実は諸君もご承知の通りだから、善後策について腹蔵のない意見を参考までに述べてほしい」

おれは校長の言葉を聞いて、なるほど、校長だの狸だのという生き物は、つくづくえらいことを言うものだと感心した。
こうして校長が何もかも責任を背負い込み、自分の咎だとか、不徳だとか言うくらいなら、生徒を処分するなんてやめて、自分から先に辞職してしまえばいいではないか。
そうすれば、こんな面倒な会議を開く必要もなくなるはずだ。
第一、常識で考えたってわかることだ。
おれが大人しく宿直をしている。生徒が乱暴をする。悪いのは校長でもなけりゃ、おれでもない。生徒に決まっているだろう。
もし山嵐が煽動したというのなら、生徒と山嵐を退学させればそれで十分だ。
人の尻拭いを自分で背負い込んで、「これはおれの尻だ、おれの尻だ」と触れ回る奴が、どこの国にいるんだ。狸でなきゃできない芸当だよ。
彼はこんな、道理にも適わない議論を吐いて、得意げに一同を見回した。
ところが、誰も口を開くものがない。
博物の先生は、第一教場の屋根にカラスが止まっているのを眺めている。
漢文の先生は、配られた蒟蒻版(プリント)を畳んだり、広げたりしている。
山嵐はまだおれの顔を睨みつけている。
会議というものがこんな馬鹿げたものなら、欠席して昼寝でもしている方がずっとましだ。
おれは、じれったくなったから、一番大いに論じてやろうと思って、半分お尻を上げかけた。しかし、赤シャツが何か言い出したから、やめることにした。
見ると、パイプをしまって、縞模様の絹のハンカチで顔を拭きながら、何か言っている。
あのハンカチは、きっとマドンナから巻き上げたものに違いない。男なら白い麻のハンカチを使うものだ。

「私も、寄宿生の乱暴を聞いて、教頭として非常に不行届きであり、かつ日頃の徳化が少年に及ばなかったことを深く恥じております。
こういうことは、何か欠陥があるからこそ起こるものであり、事件そのものを見ると生徒だけが悪いようですが、その真相を極めれば、責任はむしろ学校側にあるのかもしれません。
ですから、表面に現れた部分だけで厳重な制裁を加えるのは、かえって未来のためによくないかとも思われます。
それに、少年は血気盛んなものですから、活気があふれて善悪の区別もつかず、半ば無意識にこんな悪戯をやることもないとは言えません。
もちろん処分法は校長のお考え次第ですから、私が口を出すべきことではありませんが、どうかその辺を汲み取っていただき、なるべく寛大な処置をお願いしたいと存じます」

なるほど、狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。
生徒が暴れるのは、生徒が悪いんじゃなくて教師が悪いんだと公言している。
キチガイが人の頭を殴りつけるのは、殴られた方が悪いからキチガイが殴るんだ、と言っているようなものだ。
ありがたい話だよ。活気に満ちていて困るなら運動場へ出て相撲でも取ればいい。半ば無意識に布団の中にバッタを入れられてたまるか。
この様子じゃ、寝首をかかれても「半ば無意識だから」と言って放免するつもりだろう。
おれはそう考えて、何か言い返そうかなと思ったが、言うなら人を驚かせるように滔々と述べ立てなきゃつまらない。おれの癖として、腹が立ったときに口を開くと、二言三言で必ず行き詰まってしまう。

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