「いや、こんなことはもう考えるのをやめなきゃいけない」
彼は自分に言い聞かせるように思いました。
「何かほかのことを考えなくちゃならん。……不思議でもあり、滑稽でもあるが、俺はこれまで誰に対しても、激しい憎しみを感じたことがなかったし、復讐したいと考えたことさえない。これは悪い兆候だ、悪い兆候だ、悪い兆候だ! 議論するのも好きじゃないし、熱くなるということもなかった。これもやはり悪い兆候だ! ところで、さっき俺はあの女に、どれだけのことを約束したんだっけ――ちっ、ばかな! まったく、あの女がなんとかして俺を鍛え直してくれたらよかったんだがなあ……」
彼はまた黙り込んで、歯を食いしばりました。
再び、ドゥーネチカの幻が彼の前に現れました。
彼女が最初の引き金を引いたあと、ひどくおびえて拳銃を下げ、死人のように青ざめて彼を凝視していた、あの時とまったく同じ姿でした。
あの時、彼は二度でも彼女を抱き寄せる余裕がありましたが、もし彼が自分から気を遣わなければ、彼女は防御の構えさえ取らなかったでしょう。
その瞬間に、彼女が可哀想でたまらなくなり、胸を締め付けられるような気がしたことを、彼は思い出しました。
「ええ! くそっ! またこんな考えが……こんなものは全部捨ててしまわなくちゃだめだ、忘れなきゃいけない!」
彼はもう意識が遠のき、昏睡状態に入りかけていました。
熱病のような震えは、だんだんと収まっていきました。
その時、ふいに毛布の下で、何かが手や足を這い回る感触がありました。
彼はビクッと飛び起きました。
「ええっ、ちくしょう、こりゃねずみか!」
彼は考えました。
「そうだ、俺は牛肉をテーブルの上に置きっぱなしにしておいたっけ……」
けれど、せっかくくるまった毛布をはねのけて起き上がり、冷たい空気の中に飛び出す気にはなれませんでした。
しかし、急にまた何かが足の上で、気持ち悪くごそごそと動きました。
彼は毛布をはねのけ、ろうそくに火を灯しました。
熱で震えながら、寝台の周りを調べましたが――何もいません。
彼は毛布をバサバサと振りました。
すると、敷布の上へ二十日ねずみが一匹飛び出しました。
彼は飛びかかって捕まえようとしました。
が、ねずみはベッドから逃げ出すことなく、ちょろちょろと四方八方へジグザグに動き回り、彼の指の間をすり抜け、手を伝って走り回り、あっという間に枕の下へ潜り込んでしまいました。
彼は枕をほうり投げました。
その瞬間、ねずみは彼の懐へと飛び込み、体中を駆け回り、あっという間にシャツの下から背中の方へと回っていったのです。彼は神経質にピクリと体を震わせて、目を覚ましました。
部屋の中は真っ暗で、彼はさっきのまま毛布にくるまり、ベッドの上で横になっていました。
窓の外では風がビュービューと唸り声を上げています。
「なんて嫌な気分だ!」と、彼はイライラしながら思いました。
彼は起き上がると、窓に背を向けてベッドの端に腰を下ろしました。
「もう、いっそ寝ないほうがいいな」と彼は決めました。
しかし、窓からは冷たい風と湿気が容赦なく伝わってきます。
彼はその場を動こうとはせず、毛布を引き寄せて自分を包み込みました。
ろうそくはつけませんでした。
彼は何も考えていませんでしたし、考えようとも思いませんでした。
それなのに、次から次へと頭の中に妄想が浮かび上がってきます。始まりも終わりもなく、脈絡のない思いつきが、ちらちらと脳裏をかすめていくのです。
なんだかだんだんと、眠っているのか起きているのかわからないような、ぼんやりとした状態に落ち込んでいきました。
寒さのせいか、闇のせいか、湿気のせいか、それとも窓の下で吠えながら木々を揺さぶる風のせいか、とにかく彼の心の中には、ある執拗な幻想や、奇妙な願いが湧き上がってきました。
やがて、目の前にしきりに花が浮かび始め、ついには花が咲き乱れる美しい景色が心の中に描き出されました。
それは明るくて暖かく、暑いくらいの祭りの日、五旬節(ペンテコステ)の光景です。
家のまわりの花壇に植えられた、香りのよい花々に囲まれた、とても豪華で立派な英国風の木造コテージ。
ツタが絡みつき、バラの花壇に囲まれた玄関。
ぜいたくな絨毯が敷き詰められ、中国製の花瓶に飾られた珍しい花々で彩られた、明るくすがすがしい階段。
特に、窓の上に置かれた水鉢の中で、鮮やかな緑色の、みずみずしくて長い茎の先に頭をかしげている、香りの高い白水仙の花束が彼の目を引きました。
ずっとその場を離れたくないほどでした。
しかし、彼は階段を上って、天井の高い大きな広間へと入っていきました。
するとそこにも、いたるところに――窓際にも、テラスへ向けて大きく開け放たれた戸口にも、そのテラスの上にも――花がありました。
床には刈りたての香りのよい草が敷き詰められ、開いた窓からは爽やかで気持ちの良い風が部屋を吹き抜け、窓の外では小鳥がさえずっています。
ところが、広間の中央にある、白いしゅすの布で覆われたテーブルの上には、棺が置かれていました。
その棺は絹織物で包まれ、白い厚手の飾りが一面に縫い付けられています。
長い花房が四方から棺を囲んでいました。
中には、白いレースの服を着た少女が全身を花に包まれて横たわっています。大理石で彫られたかのように、冷たい手を胸の上でしっかりと組んでいました。
けれど、バラバラにほどけた明るいブロンドの髪はしっとりと濡れていて、頭にはバラの花の冠が飾られています。
もう硬くなってしまった厳しい横顔も、同じく大理石で刻まれたかのように見えました。
しかし、その青ざめた唇に浮かんでいる微笑みには、子供らしからぬ果てしない悲しみと、何かを必死に訴えかけるような表情が宿っていました。
スヴィドリガイロフはこの少女を知っていました。
この棺のそばには聖像もなければ、ろうそくの灯もなく、お祈りの声も聞こえません。
この少女は、自ら命を絶った自殺者だったのです。
彼女はまだやっと十四歳になったばかりだというのに、その心はすでに壊れてしまっていました。
耐えがたい屈辱を受けたせいで、自分自身を滅ぼしてしまったのです。
その若々しく子供らしい心を脅かし、震え上がらせた屈辱が、天使のように清らかな彼女の魂を恥ずかしさでいっぱいにし、風が吹き荒れる湿っぽい雪解けの夜、闇と寒さの中で、誰にも届かない絶望の叫びを一度だけ絞り出し、冷酷な悪魔の笑い声とともに消えていったのでした。
スヴィドリガイロフは目を覚まし、ベッドから立ち上がって窓のそばへ歩み寄りました。
手探りで留め金を見つけて窓を開けました。
風がものすごい勢いで狭い部屋に流れ込み、まるで氷のような霜を、彼の顔とシャツ一枚の胸に吹きつけました。
窓の下には、やはり庭のような場所がありました。
しかも、遊園地のような雰囲気の場所でした。
たぶん昼間は、ここでも歌うたいが歌を歌ったり、小さなテーブルでお茶を楽しんだりしていたのでしょう。
けれど今は、木々や草むらから水しぶきが窓へ飛んでくるばかりで、穴倉のように真っ暗です。
何かしら暗い影がところどころに見えて、そこに何かが存在していることが想像できる程度でした。
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