初級翻訳・罪と罰 第4話

ドストエフスキー

ラスコーリニコフは騒がしい場所に慣れていなかったので、前にも触れたとおり、普段は他人と一緒にいるのを避けていましたし、特に最近はその傾向がひどくなっていました。
ところがこの時は、急に人なつっこい気分になったのです。
何か新しいものが心の中で動き出し、それと同時に、人間に対して一種の渇きを感じたのでした。
彼はまる一か月もの間、あの凝り固まった憂鬱(ゆううつ)と暗い興奮に疲れ果てていたので、たった一分間でもいいから、どんな場所であれ、自分とは違った世界で息抜きしたかったのです。
だから、不潔を極めた環境にもかかわらず、彼は満足してこの酒場に腰を据えました。

店の亭主は奥の部屋にいましたが、どこからか階段を伝って、ちょいちょい店の方へ降りてきました。
そのたびに、なによりも先に、大きな折り返しがついた、墨を塗ったみたいにテカテカ光る洒落(しゃれ)た長靴が目に入ります。
彼は半外套(コート)を着込み、ひどく油で汚れた黒いサテンのチョッキをネクタイなしで着ていましたが、その顔全体が、油でテカテカ光る鉄の錠前みたいでした。
帳場の向こうには十四歳くらいの小僧がいて、ほかにもう一人、注文された品を運ぶ年下の子供がいました。
そこには小さなきゅうりと、黒い乾パンと、小さく切った魚が置いてあって、それが鼻を突くほど強烈なにおいを放っていました。
店の中は息苦しくて、じっとしていられないほどでした。
それに、何もかもが酒のにおいに染み込んでいて、その空気を吸っているだけで、五分もしたら酔っ払ってしまいそうに思われました。

この世には、まったく見知らぬ人なのに、口をきく前から急に一目見ただけで興味が湧くという、不思議な出会いがあるものです。
少し離れて座っている、あの退職役人らしい客が、まさにそんな印象をラスコーリニコフに与えました。
青年はその後、何度もこの第一印象を思い返して、それを虫の知らせだとさえ感じるようになります。
彼はじっと役人の方を見つめていました。
もちろんそれは、相手の方でも彼をじっと見ていて、話がしたくてたまらないらしい様子が、ありありと見て取れたからでもあります。
そこにいた他の客たちに対して(亭主を含めて)、その役人はすっかり慣れっこになった様子で、さもあきれ果てたというような態度をとっていました。
それと同時に、一種の傲慢(ごうまん)な軽蔑の色を浮かべて、自分とは比べものにならないほど低い階級の、教養のない連中をあしらうようなそぶりを見せていたのです。
それは五十を越した、中背でガッシリした体格の男で、白髪頭には大きなハゲがありました。一年じゅうお酒に浸かっているせいか、ふやけてしまったその顔は、黄色というよりはむしろ青みがかって見えました。はれぼったい瞼の奥からは、小さな裂け目のようでありながらも、生き生きとした赤い目が光っています。

しかし、この男にはどこか、きわめて不可思議なところがありました。それは、彼のまなざしに感動のような輝きが宿っていることでした。おそらく、思慮や分別もあるのでしょう。しかし、それと同時に、どこか狂気じみたひらめきも感じられたのです。

彼はぼろぼろに破れ、ボタンも取れてしまった黒の燕尾服を着ていました。ボタンはたった一つだけ、どうにかこうにか付いている状態でしたが、彼はまるで身だしなみを捨ててしまうまいとするかのように、それをきちんとかけていました。南京木綿のチョッキの下からは、汚れてしわくちゃになり、おまけに酒のしみだらけになったシャツの襟がはみ出しています。顔は役人らしく剃り上げてありましたが、それもだいぶ前のことのようで、鳩羽色の硬そうな髭がもしゃもしゃと伸びかけていました。

全体的な物腰には、実際どことなく威厳のある役人風の風格が漂っています。けれど、彼はそわそわした様子で、しきりに頭の毛をくしゃくしゃとかき回し、ときどき悩ましげに、ぬれてベタベタするテーブルの上に、肘の破れた両腕を突っ張るのでした。

やがて彼は、まっすぐにラスコーリニコフを見据えると、大きな声で、きっぱりと言葉をかけました。

「失礼ですが、あなた、一つ私の話相手になっていただけませんか? お見受けしたところ、ご様子はあまりお元気そうではありませんが、私の年の功で分かります。あなたは教養のある方で、お酒にはあまり慣れておられないように見受けられます。私も常々、誠意を兼ね備えた教養というものを尊重しておりましてね。九等官(くとうかん)マルメラードフ――これが私の姓でして。九等官ですよ。失礼ですが、あなたはどこかにお勤めですか?」

「いや、勉強中ですよ……」と青年は答えました。

相手の独特で回りくどい話しぶりと、あまりにまっすぐ強く呼びかけられたことに、青年は少し面食らってしまいました。さっきまでは誰とでも話してみたいと思っていたはずなのに、いざこうして本当に声をかけられると、たちまちいつもの不愉快でイライラするような嫌悪感が襲ってきたのです。それは、自分の内面に踏み込んでこようとする他人すべてに対して、彼が抱いてしまう感情でした。

「なるほど、学生さんですな、大学生上がり!」と官吏は叫びました。

「私もそう思いましたよ! 年の功です、長い間の経験というやつです!」彼は得意そうに、自分の額へ指を一本あてました。「あなたは大学生だったか、さもなくば一通りの学問を修めてこられた方だ! どれ、一つお邪魔しますよ……」

彼は立ち上がると、よろよろとしながら自分の瓶とコップをつかみ、青年の隣へやってきて、少し斜めに腰を下ろしました。彼は酔ってはいましたが、勢いよく堂々と喋りました。ただ、ときどき言葉が少しもつれたり、引き延ばされたりするくらいです。彼はまるで飢えたように、ラスコーリニコフに絡みついてきました。やはり、まる一か月も誰とも話していなかったのでしょう。

「なあ、学生さん」と彼は、まるで勝ったかのような誇らしげな口調で話し始めました。「『貧は悪徳ならず』というのは真理です。私も、酔っぱらうのが徳行でないことは百も承知しています。いや、むしろ不徳そのものかもしれません。ところが、『洗うが如き赤貧(しゃくひん)』となるとね、学生さん、これが問題なんです。貧乏なうちはまだ、持って生まれた感情の高潔さを保っていられるが、素寒貧(すかんぴん)となるとそうはいきません。素寒貧になると、人間社会から棒で叩き出されるどころか、箒(ほうき)で掃き出されてしまいますよ。それも、ひどく骨身にしみるようなやり方でね。しかし、それも当然の話です。素寒貧になると、まず自分自身で自分を卑しめるようになってしまいますから。そこで、酒に頼るというわけですよ! なあ、あんた、ひと月ほど前、うちの家内をレベジャートニコフ氏がぶちました。ところが、家内は私のような人間じゃないんです! 分かりますかな? そこで、もう一つ、いわば物好き半分にお尋ねしますが――あんたはネヴァ川の乾草船(かんそうぶね)に泊まったことがありますかな?」

「いや、ありませんよ」とラスコーリニコフは答えました。

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