清が心配している気持ちは分からないでもないけれど、清の注文通りに手紙を書くのは、三週間も断食するより苦しい。
おれは筆と巻紙を放り出して、ごろりと横になり、肘をついて庭のほうを眺めてみたけれど、やっぱり清のことが気にかかる。
その時、おれはこう思った。
こうして遠くへ来てからも、清の身の上を案じ続けていさえすれば、おれの真心はきっと清に通じるはずだ。
通じさえすれば、手紙なんてわざわざ出す必要はない。
出さなければ、きっと元気に暮らしていると思ってくれるだろう。
便りなんて、死んだ時か、病気の時か、何か大変なことが起きた時にだけ出せばいいんだ。
庭は十坪ほどの平らな庭で、これといった植木もない。
ただ一本のミカンの木があって、塀の外からでも目印になるくらい高い。
おれは家に帰ると、いつでもこのミカンを眺める。
東京から出たことのない人間にとって、ミカンが実っているところはとても珍しいものだ。
あの青い実がだんだん熟してきて、黄色になるんだろうが、きっときれいだろうな。
今でももう半分色が変わりかけている実がある。
お婆さんに聞いてみると、すごく水気が多くておいしいミカンだそうだ。
「そのうち熟れたら、たくさん食べておくれ」と言ってくれたから、毎日少しずつ食べてやろう。
あと三週間もすれば、十分食べられるようになるはずだ。
まさか三週間以内にここを去ることもないだろう。
おれがミカンのことを考えていると、偶然山嵐が話をしにやってきた。
「今日は祝勝会だから、君と一緒にご馳走を食べようと思って牛肉を買ってきたんだ」と言って、竹の皮に包まれた肉を袖から引きずり出して、座敷の真ん中に放り出した。
おれは下宿で芋や豆腐ばかり食べさせられていて、蕎麦屋や団子屋に行くことも禁止されている最中だから、それはありがたいと、すぐにお婆さんから鍋と砂糖を借りてきて、煮込み始めた。
山嵐は夢中で牛肉を頬張りながら、「君、あの赤シャツが芸者と親しい仲だって知ってるか?」と聞いてくるから、「知ってるよ、この前うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろう?」と言うと、「そうだ! 僕も最近ようやく勘づいたところなのに、君はなかなか鋭いな!」と大いに褒めてくれた。
「あいつは、ことあるごとに『品性』だの『精神的娯楽』だのと言うくせに、裏では芸者と関係をもっているなんて、とんでもない奴だ。
それも、他の人が遊ぶのを許してくれるならまだいい。それなのに、君が蕎麦屋へ行ったり団子屋に入ったりすることさえ『取り締まり上よくない』と言って、校長を通して注意を加えてきたじゃないか」
「うん、あの野郎の考えじゃ、芸者遊びは『精神的娯楽』で、天ぷらや団子は『物理的娯楽』なんだろうな。
精神的娯楽と言うなら、もっと堂々とやればいいんだ。なんだあの態度は。
馴染みの芸者が入ってくると、入れ替わりに席を外して逃げるなんて、どこまでも人をだます気だから腹が立つ。
そうやって人が問い詰めると、『僕は知らない』だの、『ロシア文学』だの、『俳句は新体詩の兄弟分』だのと言って、煙に巻こうとするんだ。
あんな弱虫は男じゃないよ。
まったく、御殿女中の生まれ変わりか何かじゃないか。
もしかすると、あいつの親父は湯島の陰間(かげま)かもしれないな」
「湯島の陰間ってなんだ?」
「とにかく、男らしくない奴のことさ。
――君、そこはまだ煮えてないぞ。そんなのを食うとサナダムシがわくぞ」
「そうか、だいたい大丈夫だろう。
それで赤シャツは、人に隠れて温泉の町の角屋へ行って、芸者と会うそうなんだ」
「角屋って、あの宿屋か?」
「宿屋兼料理屋さ。
だからあいつを一番へこますためには、あいつが芸者を連れてそこへ入り込むところを見届けて、問い詰めるしかないんだ」
「見届けるって、夜通し張り番でもするのかい?」
「うん、角屋の前に枡屋という宿屋があるだろう。
あの二階を借りて、障子に穴を開けて見張るのさ」
「見張っているときに本当に来るのか?」
「来るだろう。どうせ一晩じゃ終わらない。二週間くらいやる覚悟でいないとな」
「ずいぶん疲れるぜ。
僕も、親父が死ぬときに一週間ばかり徹夜で看病したことがあるけれど、あとでぼんやりして、ひどく参ったことがあるんだ」
「少しぐらい体が疲れたって構わないさ」「あんなずる賢い奴をそのままにしておいたら、日本の将来のためにならない。だから、俺が天に代わって成敗してやるんだ」
「それは痛快だ。話がそこまで決まったのなら、俺も加勢してやるよ。それで、今夜からさっそく見張り番を始めるのか?」
「まだ枡屋(ますや)の宿に掛け合っていないから、今夜は無理だな」
「じゃあ、いつから始めるつもりなんだ?」
「近いうちにやるよ。いずれ君に連絡するから、その時は加勢してくれ」
「いいとも、いつでも力になるぜ。俺は作戦を練るのは苦手だけど、喧嘩となれば結構すばしこいからな」
俺と山嵐が赤シャツをこらしめるための作戦会議で盛り上がっていると、宿のお婆さんが出てきて、「学校の生徒さんが一人、堀田先生にお目にかかりたいと言っていらっしゃいますよ。今お宅へ伺ったのですが、ご不在でしたので、きっとこちらだろうと探して来られたようです」と言い、敷居のところで膝をついて山嵐の返事を待っている。
山嵐は「そうですか」と言って玄関まで出て行ったが、やがて戻ってきて、「君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないかと誘いに来たんだ。今日は高知からわざわざ大人数で乗り込んできて、何とか踊りというものを披露するらしい。めったに見られない踊りだから、君も一緒に見に行こう」と、すっかり乗り気で俺を誘う。
俺は踊りなんて東京で散々見ている。毎年、八幡様のお祭りには屋台が町内を回ってくるから、「汐汲み」くらいならちゃんと心得ている。土佐っ子の田舎臭い踊りなんか見たくもないと思ったけれど、せっかく山嵐が勧めてくれるのだから、つい行く気になって門の外へ出た。
山嵐を誘いに来たのが誰かと思ったら、赤シャツの弟だった。妙な奴が来たものだ。
会場に入ると、回向院の相撲や本門寺のお会式(おえしき)のように、長い旗が何本もあちこちに立てられている。それに世界各国の国旗を片っ端から借りてきたのか、縄から縄、綱から綱へとつなぎ合わせて飾ってあり、いつになく空が賑やかに見える。
東の隅には一夜漬けで作った舞台が設けてあり、そこで噂の高知の何とか踊りをするらしい。舞台から右へ半町ほど行くと、葭簀(よしず)で囲った場所に活け花が展示してある。みんなは感心して眺めているが、全くくだらないものだ。あんなふうに草や竹を曲げただけで喜ぶなんて、背骨の曲がった色男や、足の不自由な夫を自慢するようなものじゃないか。
舞台とは反対の方向で、次から次へと花火が上がる。花火の中から風船が出てきた。「帝国万歳」と書いてある。天主の松の上をふわふわ飛んで、営所の中へ落ちていった。次は「ポン」という音と共に、黒い団子のようなものが秋の空を射抜くように勢いよく飛び上がり、俺の頭上で「パカリ」と割れた。青い煙が傘の骨のようにパッと広がり、だらだらと空中に流れ込んでいく。
また風船が上がった。
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