初級翻訳・坊つちやん 第31話

坊つちやん

山嵐はどうしたかと見回すと、紋付の羽織をズタズタにされて、向こうで鼻を拭いている。
鼻の頭を殴られて、ずいぶんと出血したらしい。鼻が腫れ上がって真っ赤になっていて、ひどく見苦しい。
俺は絣(かすり)の着物を着ていたから泥だらけにはなったけれど、山嵐の羽織ほどの被害はない。しかし、頬がヒリヒリしてたまらない。
山嵐が「お前、ずいぶん血が出ているぞ」と教えてくれた。
巡査は十五、六名ほどやってきたが、生徒たちは反対方向へ逃げてしまったので、結局捕まったのは俺と山嵐の二人だけだった。俺たちは名前を名乗って、あったことを最初から最後まで全部話した。すると、とにかく警察署まで来いと言うので、警察へ向かい、署長さんの前で事件のあらましを説明してから下宿へ帰った。

十一

翌朝、目を覚ましてみると、身体中が痛くてたまらない。
ずっと喧嘩なんてしていなかったから、こんなにダメージが残るんだろう。
「これじゃあ、あんまり自慢もできないな」と布団の中で考えていると、婆さんが四国新聞を持ってきて枕元に置いてくれた。
本当は新聞を見るのすら面倒くさかったけれど、男がこんな程度のことで参ってしまってはどうしようもないと、無理やり腹ばいになって、寝たまま二ページ目を開いてみて驚いた。
昨日の喧嘩のことが、ばっちり載っているのだ。
喧嘩の記事が出ていることには驚かないが、そこには「中学の教師・堀田某(ぼう)と、近頃東京から赴任してきた生意気な某とが、素直な生徒をそそのかしてこの騒動を引き起こしたばかりか、二人とも現場で生徒を指揮したうえ、むやみに師範学校の生徒に向かって暴力をふるい放題だった」と書いてあり、次にこんな意見まで書き添えてある。
「本県の中学は昔から善良で穏やかな校風で、全国から羨ましがられていた。それなのに、軽薄な二人の若造のせいで学校の名誉が傷つけられ、こんな恥さらしなことを全市で受けた以上、我々は黙ってはいられない。責任を追及する。我々は信じている。我々が直接手を下す前に、関係者たちがこの無頼漢どもに対して相当の処分を下し、二度と教育界に足を踏み入れさせないようにすることを」
しかも、一文字ずつ丁寧に黒い点(強調の印)まで打ってあって、たっぷりお灸を据えてやったぞ、というつもりらしい。
俺は布団の中で「クソでも食らえ!」と叫びながら、ムクッと飛び起きた。
不思議なことに、さっきまで身体の節々がひどく痛んでいたのが、飛び起きた瞬間に忘れたように軽くなった。
俺は新聞を丸めて庭へ投げ捨てたが、それでもまだ気が済まなかったので、わざわざトイレまで持って行って捨ててきた。
新聞なんて、でたらめな嘘ばかりつくものだ。
世の中で何が一番大ぼら吹きかと言ったら、新聞ほどひどいものはないだろう。
俺が言うべきことを、全部向こう側で勝手に並べ立てやがって。
それに「近頃東京から赴任した生意気な某」ってなんだ。
この世の中に「某」なんて名前の人間がいるか。
よく考えろよ。
これでも俺には、ちゃんとした姓も名もあるんだ。
系図が見たければ、多田満仲(ただのまんじゅう)まで遡る先祖を一人残らず拝ませてやるぞ。
――顔を洗ったら、頬っぺたが急に痛くなった。
婆さんに鏡を貸してくれと言ったら、「今朝の新聞はお読みになりましたか?」と聞いてくる。
「読んだあとトイレに捨ててきた。欲しけりゃ拾ってこい」と言ってやったら、驚いて黙り込んでしまった。
鏡で顔を見ると、昨日と同じように傷がついている。
これでも大事な顔なんだ。顔に傷まで付けられたうえに、「生意気な某」だなんて、某呼ばわりされるのはもうたくさんだ。
「今日の新聞に怖気づいて学校を休んだ」などと言われたら一生の恥だから、飯を食って一番乗りで出勤した。
出てくる奴も出てくる奴も、俺の顔を見てニヤニヤ笑っている。
何がおかしいんだ。
お前たちに作ってもらった顔じゃあるまいし。
そのうち、野だがやってきて「いやあ、昨日はお手柄で。……名誉のご負傷でございますか?」と、送別会の時に殴ったことへの仕返しと心得たのか、ひどく冷やかしてきたので、「余計なことを言わずに絵筆でもなめてろ!」と言い返してやった。
すると「こりゃ恐れ入りやした。しかし、さぞお痛いことでしょう」と言うから、「痛かろうが痛くなかろうが俺の顔だ。貴様の世話になるもんか!」と怒鳴りつけてやった。すると野だは向こう側の自分の席へ戻り、やっぱり俺の顔を見ては、隣の歴史の教師と何かコソコソ話をして笑っている。
それから山嵐が出勤してきた。
山嵐の鼻といったら、紫色にパンパンに腫れ上がって、掘ったら中から膿が出てきそうに見える。
自惚れかもしれないが、俺の顔よりよっぽどひどい目に遭っているようだ。
俺と山嵐は机を並べる隣同士の仲で、おまけにその机が部屋の入り口から真正面にあるから運が悪い。
妙な顔が二つ並んでいるものだから、他の奴らは退屈になると、決まってこっちばかり見る。
口では「とんだ災難でしたね」なんて言うが、心の中では「この馬鹿が」と思っているに違いない。
そうでなければ、あんな風に内緒話をしてクスクス笑うはずがない。
教室へ行くと、生徒たちは拍手で迎えてくれた。
「先生、万歳!」と言ってくれる奴も二、三人いた。
景気がいいのか、バカにされているのか、さっぱり分からない。
俺と山嵐がこんなに注目を集めている中で、赤シャツだけはいつも通りそばへやってきて、「どうもとんだ災難でしたね。僕は君たちに対してお気の毒でなりません。新聞の記事は校長とも相談して、訂正を申し込む手続きにしておいたから、心配しなくてもいいですよ。僕の弟が堀田君を誘いに行ったからこんなことが起きたので、僕は実に申し訳がない。だからこの件についてはあくまで尽力するつもりですから、どうか気にしないでください」などと、半分謝罪のような言葉を並べている。
校長は三時間目に校長室から出てきて、「困ったことを新聞が書き立てましたね。大事にならなければいいが」と、多少心配そうな顔を見せた。俺には別に心配なんてない。あとでクビにされるくらいなら、そうなる前にこっちから辞表を叩きつけてやるだけだ。
ただ、自分が悪いわけでもないのに自分から身を引くのは、嘘ばかり並べる新聞屋を調子に乗らせるだけだ。だから、新聞屋にちゃんと訂正させて、俺が意地でもこの学校に居座り続けるのが一番すっきりするだろう。
帰りがけに新聞社へ乗り込んで文句を言ってやろうかと思ったが、学校側ですでに「取り消しの手続きは済ませた」と言っていたので、やめておいた。
俺と山嵐は、校長と教頭の隙を見て、嘘偽りのない事実を説明した。
校長と教頭は「そうだろうねえ、新聞屋が学校に恨みでもあって、わざとあんな記事を書いたんだろう」と結論づけた。
その間、赤シャツは俺たちの行いをかばうような顔をして、職員室の先生たち一人ひとりのところを回っていた。
特に、自分の弟が山嵐を誘い出したことまで「自分の教育不足だった」とでも言わんばかりに吹聴して回っている。
みんなは「まったく新聞屋が悪い、ひどい奴らだ。二人は本当に災難だったね」と同情してくれた。
帰りがけに山嵐が、「おい、赤シャツの奴、どうも臭いな。

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