初級翻訳・罪と罰 第23話

ドストエフスキー

彼は内側から突き動かされるような衝動にかられ、ほとんど無意識に、行き交うものすべてを、まるで骨が折れるような思いで注視し始めました。
無理にでも気を紛らわせる対象を探しているようでしたが、うまくいきません。彼は刻一刻と、深い物思いの中に沈んでいきました。
それでもまた、ぎくっとして頭を上げ、周囲を見回すと、自分が何を考えていたのか、どこを通っていたのかさえ、すぐに忘れてしまうのでした。
そんな状態のまま、彼はヴァシーリエフスキイ島を通り過ぎ、小ネヴァ川のほとりに出ると、橋を渡って群島の方へ足を進めました。
木々の緑と爽やかな空気は、街の埃や石灰の匂い、そして息が詰まるような大きな家並みを見慣れた彼の疲れた目に、最初だけは快く感じられました。
そこにはむし暑さも、悪臭も、居酒屋もありませんでした。
しかし、こうした目新しく心地よい感覚も、すぐに病的なイライラとした気分に変わってしまいました。
時折、彼は緑の中にけばけばしく塗り立てられた別荘の前で歩みを止め、囲いの中をのぞき込んだり、遠くのバルコニーやテラスにいる派手な身なりの女たちや、庭を駆け回っている子供たちに目を向けたりしました。
中でも花が彼の目を引き、それを一番長く眺めていました。
また、立派な馬車や、馬に乗った紳士や貴婦人たちともすれ違いました。
彼は好奇心の目でそれを見送りましたが、まだ視界から消えないうちに、もうその存在を忘れてしまっていました。
一度、彼は立ち止まって所持金を数えてみました。三十カペイカほどしかありませんでした。
「巡査のやつに二十カペイカ、ナスターシャに郵便代三カペイカ――ということは、昨日マルメラードフの家に四十七カペイカか、あるいは五十カペイカ置いてきたことになるな」
何のためか、胸の中で計算しながら彼はそう考えました。
けれども、そのすぐそばから、なぜ自分がポケットから金を出したのか、その理由すら忘れてしまいました。
安料理屋風の店を通りかかったとき、ふとそれを思い出し、何か食べたいという欲求を感じました。店に入るとすぐにウォッカを一杯あおって、冷えた肉饅頭を一つ食べました。
そして再び道路へ出て、残りの饅頭を食い終えました。
ずいぶん久しくウォッカを口にしていなかったので、たった一杯飲んだだけで、すぐに効き目があらわれました。
彼の足は急に重くなり、猛烈な眠気に襲われました。
彼は家の方へ歩き始めましたが、ペトローフスキイ島まで来ると、すっかりへとへとになって立ち止まり、道から外れて藪の中へ分け入ると、草の上に倒れ込むようにして、たちまち深い眠りに落ちました。
夢というものは、病的な状態にある時には、並外れて鮮明な印象や、くっきりとした色彩、そして現実と見紛うほどのリアルさを伴うことがよくあります。
時には奇妙な光景が映し出されることもありますが、その場合、夢の状況や筋書き全体が、場面の内容を深めるために、芸術的といえるほど細かく、かつ奇想天外なディテールで彩られています。
それは、たとえ夢を見た本人がプーシキンやツルゲーネフのような大芸術家であっても、起きている時には決して考えつかないようなものです。
こうした病的な夢は、いつも長く記憶に残り、かき乱され興奮した人間の精神に強烈な刻印を残すものです。
ラスコーリニコフが見たのは、恐ろしい夢でした。
まだ田舎の小さな町にいた頃の、幼い日の記憶を夢に見たのです。
彼は七つくらいで、祭の日の夕方、父と一緒に郊外を散歩していました。
どんよりとした灰色の空で、むし暑い日でした。場所は彼の記憶に残っているのと全く同じでした。いや、むしろ現実の記憶よりも、夢の中の方がずっと鮮明でした。
田舎町は手のひらの上にあるかのように見渡しがよく、あたりには一本のポプラもなく、見通しが利いていました。
どこか遠い空の端っこに、小さな森が黒ずんで見えていました。町のいちばん外れにある菜園から五、六歩離れたところに、大きな酒場がありました。
父親と散歩しながらそばを通り過ぎるたびに、幼い彼はいつも、嫌な気分、というよりは恐怖に近いものをその酒場に対して感じていました。
そこではいつも人がごった返しており、やたらにわめいたり、大声で笑い合ったり、汚い言葉で罵り合ったり、しゃがれ声で品のない歌を歌ったりと、しょっちゅう喧嘩まで起きていたからです。
酒場の周りには、いつもベロベロに酔っ払った恐ろしい顔つきの連中がうろついていました。そんな連中に出会うと、彼は父親の手をしっかりと握りしめ、全身をぶるぶると震わせるのでした。
酒場のそばの通りは村道で、いつも埃っぽかったのですが、その埃はなぜかいつも真っ黒でした。
道は先へ先へと曲がりくねりながら続いていき、三百歩ほど進んだところで、町の墓地に向かって右へ折れていました。
墓地の中央には、緑色の円い屋根をのせた石造りの教会が立っていました。
彼は年に二度ほど、ずっと昔に亡くなって顔も知らない祖母の法事があるたびに、両親に連れられてその教会へ祈祷式に行きました。
そのとき両親はいつも、白い皿に盛った聖飯をナプキンに包んで持っていったものです。
聖飯は砂糖味で、米の中に干しぶどうが十字の形に押し込まれていました。
彼はこの教会と、中に安置された飾りのない古い聖像、そして頭をぶるぶると震わせる老僧のことが好きでした。
平たい墓石が置かれた祖母の墓の隣には、生後六か月で亡くなった弟の小さな墓がありました。
その弟のことも彼は全く知らず、思い出すこともできませんでしたが、弟がいたことは聞かされていたので、墓地へ行くたびに、宗教的な気持ちでその墓にうやうやしく十字を切り、お辞儀をして接吻したのでした。

さて、いま彼が夢に見ているのは次のような光景です。
父親と墓地へ向かって歩きながら、酒場のそばにさしかかると、彼は父親の手を握りしめ、恐ろしげにその方を見やりました。
すると、ある特別な光景が彼の注意をひきつけました。ちょうどお祭りでもあったのか、着飾った町人の妻や、百姓の女房たち、その夫たち、ありとあらゆる連中が集まっており、みな酔っ払って歌を歌っていたのです。
酒場の入り口の階段のそばには一台の荷馬車が停まっていましたが、それは奇妙な荷馬車でした。
通常、大きな挽馬(ひきうま)をつけて荷物や酒樽を運ぶような、大型の荷馬車だったからです。
長いタテガミと太い脚を持つ大きな馬が、荷物などないよりあるほうが楽だとでも言いたげに、山のような荷物を悠々と、正しい足取りで、少しも無理をせず引いていく姿を、彼はいつも見ていて気持ちがいいものだと思っていました。
ところが、いま目の前にある大きな荷馬車には、なぜか痩せ細った小さな葦毛(あしげ)の百姓馬がつけられていたのです。
それは、彼もよく見かけていたような、薪や乾草を高く積み上げた荷を引いて、特に車がぬかるみやわだちにはまったりすると、一生懸命に空回りしてあがくような、かわいそうな馬の一つでした。
しかも、そんなとき百姓たちはこっぴどく、鼻先や目の上まで鞭で叩くのです。
彼はそれを見るとかわいそうでたまらず、泣き出しそうになるので、いつも母親が窓のそばから引き離すのでした。

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