初級翻訳・罪と罰 第56話

ドストエフスキー

今の話の三十ルーブリかの貴金属だって、うまくミコライから騙し取ったんで、決して『お届けする』つもりなんてありゃしない。ただ怖くなって出頭しただけなんだよ。だがまあ、そんなことはどうだっていいや、あとを聞いてくれ。ドゥーシュキンの奴、続けて曰くさ。『手前は、そのミコライ・デメンチエフを幼い時分から存じております。同県のザライスク郡の百姓でございまして……』」「実は、手前どもはリャザン出身でございましてね。ミコライはひどい酒飲みというほどではありませんが、まあ、ちょっくらやる方でして。ですが、あいつが例のあの家でミトレイと一緒にペンキ塗りの仕事をしていたことは、手前どもも承知しておりました。ミトレイというのも、やはり同じ村の出でございましてね」

そこで、野郎は札を握ると、すぐにそいつを崩して、いっときにコップ二杯ひっかけて、つり銭をひっつかんで行ってしまいました。その時、ミトレイは一緒ではありませんでした。

さて、ところがその翌日のことです。アリョーナ・イヴァーノヴナと、妹のリザヴェータ・イヴァーノヴナが、斧でやられたという話を聞きました。手前どもはあの二人を知っておりましたので、すぐに例の耳輪のことが怪しいとピンときたのです。というのも、故人が品物を抵当に金を貸していたことを知っておりましたからね。

手前はあいつが働いている家へ行って、悟られないようにそれとなく聞き出そうといたしました。まず第一に尋ねたのは、ミコライが来ているかどうかということです。ところが、ミトレイの言うことには、ミコライのやつは夜遊びを始めて、夜明けごろに酔っぱらって宿へ帰ってきたのですが、十分ほどいたっきりでまたすぐに出てしまい、それからというもの、てんで姿を見せないものだから、ミトレイが一人で仕事を片づけている最中だ、というわけでございます。その仕事というのは、人殺しのあった住まいと同じ階段つづきになっている、二階の部屋のことなんです。手前はそれだけ聞きまして、その時は誰にも何一つしゃべりませんでした」

これはドゥーシュキンが言ったことなんだよ。

「それから人殺しのことにつきましては、自分なりにできる限りの聞き込みをしまして、やはり最初と同じ疑念を抱いたまま、家へ帰って参りました。ところが、今朝八時のことでございます」つまり三日目のことなんだよ、わかるね。

「ミコライが、手前どもの店へ入って参りました。しらふでもありませんが、ひどく酔っぱらっているわけでもなく、話は通じる状態でございます。床几(しょうぎ)に腰をおろしたまま、黙り込んでおります。ちょうどその時、店の中にはやつのほかによその男が一人と、別な床几の上でもう一人、馴染みの客が寝ているだけで、あとは家の小僧二人きりでございました。

――そこで『ミトレイに会ったかい?』と尋ねますと、『いや、会わねえ』とこう申します。『家へも来なかったね?』『一昨日から来なかった』とこうなんで。『ゆうべはどこで泊まったんだ?』『ペスキイの荷足船の上さ』と申しやす。『ときにあの耳輪はどこから持ってきたんだい?』と言いますと、『歩道で拾ったんだ』と申しましたが、なんだかひどくバツが悪そうで、人の顔を見ようともいたしません。

で、手前は『あの晩、あの時刻に、あの階段のところで、これこれのことがあったのを聞いたか?』と申しますと、『いんや、聞かねえ』とは言ったけれど、目を丸くして人の話を聞きながら、みるみる死人のように真っ青になりました。手前はそこでこれこれこうと話しながら様子を見ておりますと、やつめ帽子をつかんで、腰を浮かすじゃございませんか。その時、手前はやつを逃がすまいという気を起こしまして、『まあいいじゃねえか、ミコライ、一杯やらねえか?』と言いながら、小僧に『ドアを抑えてろ』と目くばせしておいて、帳場から出て行きますと、野郎はいきなり、手前どもの店から通りへ飛び出して、いちもくさんに横町へ駆け込んでしまいましてね――あっという間の出来事でございました。そこで、手前の疑っていたことが間違いないと確信しました。確かにやつの仕業に相違ございません……」

「そうでなくってさ!……」とゾシーモフは言った。

「まあ待ってくれ! しまいまで聞くもんだ! そこでもちろん全力をあげてミコライの捜索に取りかかった。ドゥーシュキンは拘留して、家宅捜索をやった。ミトレイも同様さ。それから、荷足船の連中もちょっとばかり引っ張られた。――こうしてやっとおととい、当のミコライを拘引したんだ。見付け付近の旅籠屋で取り押さえたのさ。やつはその家へ行くと、銀の十字架をはずして、それで一合くれと言うんだ。そこで飲ませてやった。

しばらくたって、女房が牛小屋へ行って、何げなく隣の納屋を隙間からのぞくと、やつは小屋の梁へ帯をかけて、輪っかを作ってさ、丸太の切れ端に乗っかって、その輪っかを首へかけようとしているじゃないか。女房はびっくりして、声を限りにわめき立てたので、たちまち大勢集まってきた。『お前はいったい何者だ!』と聞くと、『わっしをこれこれの警察へ連れてってくれ、残らず白状する』と言うんだ。そこで相当の手続きをして、これこれの警察、つまりここの警察へ突き出したのさ。それから、名前は何か、仕事は何か、年齢は『二十二歳』、云々(うんぬん)、といった具合に書類の手続きが進んで、いよいよ取り調べが始まった。

『お前は、ミトレイと一緒に仕事をしていたとき、誰かが階段を上って来るのを見なかったか。時刻はこれこれだが』と聞くと、『きっと誰か通ったに違いありませんが、わたしたちは気づきませんでした』と答える。
『では、何か変わった物音は聞かなかったか?』
『いいえ、別に変わった音も聞きませんでした』
『ではミコライ、お前はその当日、これこれの日のこれこれの時刻に、あの未亡人が妹と一緒に殺されて、金品を奪われたことは知らなかったか?』
『いいえ、まったく存じません。夢にも知りません。わたしは三日目に、アファナーシイ・パーヴルイチの居酒屋で、店主から聞いたのが初めてでございます』
『では、どこでその耳輪を手に入れたんだ?』
『歩道で拾いましたので』
『なぜ翌朝、ミトレイと一緒に仕事に行かなかったんだ?』
『実は、その、ちょっと遊びに出かけていたもので』
『どこで遊んでいた?』
『これこれこういう場所で』
『なぜドゥーシュキンの店から逃げ出したんだ?』
『あのときは、なんだか無性に恐ろしくなりまして』
『何が怖かったんだ?』
『裁判所に引っ張られそうで』
『もし自分にやましいところが何もないのなら、恐れる理由なんてないはずじゃないか』……ところで、ゾシーモフ君が本当にそんなことをするのかは知らないが、こんな質問まで投げかけられたんだぜ。この通りの言い回しでさ。僕は確かに知っているんだ。正確に聞き出したんだからな! どうだ、どうだね?」

「そうか、だがそれは証拠にはなっているじゃないか」

「いや、僕が言いたいのは証拠のことじゃなくて、取り調べそのもののやり方についてさ。

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