初級翻訳・罪と罰 第57話

ドストエフスキー

彼らがその本質をどう解釈しているか、それを論じているんだ! まあ、あんな連中のことはどうでもいいや!……彼らはミコライを散々責め立てて、ぎゅうぎゅうと追い詰めたものだから、とうとう彼は白状してしまったんだ。
『歩道で拾ったんじゃありません。実は、ミトレイと二人で壁を塗っていた、あのアパートで見つけたんです』
『どんなふうに見つけたんだ?』
『へえ、それはこんなふうでございました。わたしとミトレイは夕方の八時ごろまで仕事をして、帰り支度をしておりました。するとミトレイのやつが突然、わたしの顔にペンキをさっと一刷毛なすりつけたんです。こんなふうに、顔にベタっとペンキを塗って逃げ出したもんですから、わたしもそのあとを追いかけました。追いかけながら、ありったけの大声でわめき立ててね。ところが、階段から門へ出る出口のところで、いきなり勢いよく庭番や旦那方とぶつかってしまったんです。何人いたかは覚えておりません。すると庭番がわたしを怒鳴りつけ、もう一人の庭番も同じように怒鳴りました。そこへ庭番の奥さんまで出てきて、これもやっぱりわたしたちを怒鳴りつけるものですから、そんなところへ、奥さん連れの旦那さんが門の中へ入ってきて、やはりお叱りを受けたのです。わたしとミトレイが道幅いっぱいに転がっていたものですからね。わたしがミトレイの髪をつかんで引きずり倒して殴ると、ミトレイも下からわたしの髪をつかんで殴り返してくるんです。もっとも、二人とも本気で怒っていたわけじゃなくて、仲がいいものですから面白半分にやったんですよ。そのうちにミトレイが振りほどいて通りの方へ逃げ出したので、わたしも追いかけましたが追いつけず、一人でアパートへ戻ってきました。あと片づけをしなきゃなりませんからね。わたしが片づけながら、ミトレイが今か今かと戻るのを待っているうちに、入り口の部屋のドアのそば、小壁の陰の片隅で、ふいとこの箱を踏んづけたんです。見ると紙に包まれたものが落ちている。紙を開いてみると、こんな小さな留め金がついていて、それを外してみたら、箱の中に耳輪が……』」

「ドアの外かい? ドアの外にあったのかい? ドアの外に?」
突然、ラスコーリニコフは怯えたようなどんよりした目でラズーミヒンを見つめながら叫ぶと、片手をついて、ぱっと長椅子の上に起き上がった。

「うん……だが、どうしたんだい? 君はいったいどうした? なんだってそんな……」
ラズーミヒンも同じように席から身を起こした。

「なんでもない!……」
ラスコーリニコフは再び枕に身を投げ出し、壁の方を向いて、やっと聞こえるくらいの声で答えた。

一同はしばらく黙り込んだ。

「きっと、うとうとしかけたところを、寝ぼけて言ったんだろう」
ラズーミヒンは、尋ねるような目でゾシーモフの顔を見ながら、ようやくそう言った。
ゾシーモフは軽く頭を横に振った。

「まあ、話を続けてくれ」とゾシーモフが言った。「それから?」

「それからも何もあるものか! あいつは耳輪を見ると、たちまちアパートのことも、ミトレイのことも忘れてしまって、帽子をひっつかむなり、ドゥーシュキンの所へ駆けつけたのさ。
そして先刻ご承知の通り、歩道で拾ったと嘘をついて、一ルーブリ受け取ると、その足で遊びに出かけちゃったんだ。
が、殺人事件については、前と同じように言い張ってるんだ。
『いっこうに存じません、夢にも知りません、やっと三日目に聞いたばかりなんで』『じゃ、なぜ今まで出て来なかったか?』『こわかったからなんで』『なぜ首なんかくくろうとしたか?』『思案にくれたからで』『どんな思案に?』『裁判に引っ張り出されそうで』さあ、これが一部始終の顛末だ。
そこで、君はどう思う、彼らはこれからいかなる結論を引出したか?」

「何も考えるものがありゃしない、罪跡はあるんじゃないか。
よし、それがいかなるものにもせよさ。
そうとも。
君がいくら騒いだって、そのペンキ屋を無罪放免にするわけにいかないじゃないか?」

「だって、やつらはもう今じゃ頭から、真犯人にしてしまってるんだよ! もうなんの疑念も持ってないんだぜ……」

「なに、そりゃ嘘だ。
君はあまり熱し過ぎてるよ。
じゃ、耳輪はどうしたというんだい? 君自身だって同意せずにいられないだろう――同じ日の同じ時刻に、婆さんのトランクの中の耳輪が、ミコライの手へはいったとすれば――ね、わかるだろう、何かの方法で手にはいったに相違ないじゃないか? こういう事件の審理に際して、この事実はけっして些細なものじゃないよ」

「どうして手にはいったかって! どうして手にはいったかって?」とラズーミヒンは絶叫した。
「ねえ、ドクトル、君は、君は第一に人間を研究すべき職務の人じゃないか、他の何人よりも、人間の性情を研究する機会を多く持ってる人じゃないか――その君がこれだけの材料を持ちながら、このミコライがどういう性情の人間か、全体それがわからないのかい? 彼の陳述が一見しただけで、神聖この上ない事実だってことがわからないのかい? 全く彼が申し立てた通り、間違いなくその通りの順序で手にはいったんだよ。
箱を踏んづけて、拾い上げたのさ!」

「神聖この上ない事実だって! しかし先生自身も、初めは嘘を言ったと白状してるじゃないか!」

「まあ、僕の言うことを聞きたまえ、よく耳をほじくって聞きたまえ――庭番も、コッホも、ペストリャコフも、もう一人の庭番も、第一の庭番の女房も、庭番小屋にいた女も、ちょうどその時、辻馬車からおりて女と腕を組みながら門の下へはいって来た七等官のクリュコフも――誰も彼も、つまり八人ないし十人の証人が口をそろえて証言してるんだ。
ミコライがミトレイを地べたへ押しつけて、その上へのしかかってぶんなぐってると、こっちもやつの髪を引っつかんで、同じように相手をなぐりつけていたそうだ。
二人は道幅いっぱいにころがって、往来の邪魔をしているので、四方八方から二人をどなりつけるんだが、二人はまるで、『小さな子供みたいに』――これは証人のことばそのままだよ――上になり下になりして、きゃっきゃっわめいたりなぐり合ったり、われ劣らじと大声に笑ったりして、滑稽きわまる面つきをしてるじゃないか。
そして、子供みたいに互いに追っかけっこをしながら、通りへ駆け出して行ったんだよ。
いいかい? そこで一つしっかり考えてみたまえ――四階の上にはまだ温もりの残った死体がころがってるんだぜ。

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