初級翻訳・罪と罰 第65話

ドストエフスキー

「そさまはわたしの大事な殿ご
あだにわたしを打たんすな!」

こういう歌い手の細い声が流れてきました。
ラスコーリニコフは、まるでいっさいがそれにかかっているかのように、いま歌っていることが聞きたくなりました。
「入ってみようかな?」と彼は考えました。
「笑っているな! 酔っ払っているんだ。ええい、一つへべれけになるまで飲んでやろうか?」
「ちょいと寄ってらっしゃらなくって、かわいい旦那?」と女の一人が、かなり響きのいい、まだそんなに枯れていない声で言いました。
それはまだ若くて、いやらしくない女でした――群れの中の一人です。
「よう、べっぴんだね!」彼はわずかに身を起こして、女を見ながらそう言いました。女はにっこりと笑いました。彼のお世辞がとても気に入ったのです。
「あなただって、ずいぶんいい男じゃないの」と女は言いました。
「まあ、なんてやせっぽち!」もう一人の女が野太い声で言いました。
「病院から出たばかりなんじゃないの?」
「見た目は将軍様の令嬢みたいだけど、鼻がみんなぺちゃんこだね!」そばへやって来た百姓が、ふいに酔っ払った勢いで横から口を挟みました。
厚手のラシャの外套をはだけて、醜い顔にずるそうな笑みを浮かべています。
「こりゃあ面白そうだ!」
「お入りよ、来たかったらさ!」
「入ってやるよ! さあ、うまい酒があるぞ」
こう言うと、男は転がるようにして階下へ降りていきました。
ラスコーリニコフはそのまま先へ歩き出しました。
「ねえ、旦那さん?」と娘がうしろから声をかけました。
「なんだい?」
女は少し恥ずかしそうにしました。
「ねえ、かわいい旦那さん、わたし、あんたとならいつでも喜んで一緒に遊ぶわ。だけど今はなんだか急ぎの用があってダメなの。ねえ、いい男さん、一杯飲むからさ、六カペイカちょうだいな?」
ラスコーリニコフは手に触れたものをそのまま掴み出しました。
五カペイカ玉が三つでした。
「あらまあ、なんて気前のいい旦那様でしょう!」
「お前、なんて名前なんだい?」
「ドゥクリーダって呼んでちょうだい」
「やめなよ、なんてことをするんだい」と、群れの中の一人の女が、突然ドゥクリーダに向かって頭を振りながら口を出しました。
「そんなふうにねだったりして、なんて言っていいかわからないわ! わたしなんか恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだよ……」
ラスコーリニコフは、その注意している女を珍しそうに眺めました。
三十歳くらいで、あばた顔の女です。体中打ち身だらけで、上唇が少し腫れていました。
女は落ち着いたまじめな口調で、しきりにドゥクリーダをたしなめています。
『なんだっけかなあ』とラスコーリニコフはまた歩き出しながら考えました。
『あれは、なんの本で読んだ話だったかな。死刑を宣告された男が、処刑される一時間前にこんなことを言ったり考えたりしたって話だ――もし自分がどこか高い山のてっぺんの、岩の上の、やっと二本の足を置けるだけの狭い場所に一生いなきゃいけないとしたら? まわりは底知れぬ深淵、大洋、永久の闇、そして永久の孤独と永久の嵐。このわずかな場所に百年も千年も、永遠に立っていなければならないとしても、今すぐ死ぬよりは、こうして生きているほうがずっといい。ただ生きたい、生きたい、生きていたい! どんな生き方だっていい、ただ生きてさえいられれば!……この考えはなんて真実なんだ! ああ、これこそ真実の声だ! 人間は卑怯な生き物なんだ!……そして、そんな人間を卑怯者と呼ぶやつも、やっぱり卑怯者なんだ』
一分ほど経ってから、彼はさらにこう付け加えました。
彼は次の通りへ出ました。
『やっ! これは「水晶宮」だ! さっきラズーミヒンが「水晶宮」の話をしていたっけ! だが、ええと、おれはなんのためにここへ来たんだっけ? そうだ、新聞を読むことだ!……ゾシーモフが新聞で読んだと言っていたんだ……』
「新聞はあるかい?」かなり広々とした、小ざっぱりした酒場に入りながら、彼は尋ねました。
部屋はいくつかありましたが、あまり客はいません。
二、三人の客が茶を飲んでいて、そのほか遠く離れた部屋に、四人ほどの一団が陣取ってシャンペンを飲んでいました。
ラスコーリニコフの目には、その中にザミョートフがいるように見えました。
もっとも、遠いのでよくは見分けられませんでしたが。
『なに、かまうもんか!』と彼は考えました。
「ウォッカを差し上げましょうか?」と給仕が尋ねました。
「いや、お茶をもらおう。それから、新聞を持ってきてくれ、古いのを。そうだな、五日ほど前からそろえて。君にはチップをはずむからね」
「かしこまりました。これが今日の分でございます。それから、ウォッカは本当に召し上がりませんか?」
古い新聞とお茶が運ばれてきました。
ラスコーリニコフは、座り心地がいいように腰を落ち着けて、記事を探し始めました。
『イーズレル――イーズレル――アツテーキ――アツテーキ――イーズレル――バルトーラ――マッシーモ――アツテーキ――イーズレル――……ちくしょう! あっ、ここに雑報がある――女が階段から落ちた――町人が一人酔っ払って死んだ――ペスキイの火事――ペテルブルグ区の火事――もう一つペテルブルグ区の火事――またしてもペテルブルグ区の火事――イーズレル――イーズレル――マッシーモ――あっ、これだ……』
彼はついに探し当てて読み始めました。
活字が目の中でおどりましたが、それでも彼は「報道」の欄をすっかり読み終えると、むさぼるように次の号をめくり、新しい追加記事を探し始めました。
ページをめくる彼の手は、こらえきれないもどかしさに震えていました。
ふいに誰かが彼のそばへやって来て、テーブルの向こう側に腰を下ろしました。ふと見ると、そこにいたのはザミョートフでした。
ポマードで整えた黒い巻き毛の分け目をくっきりと見せ、おしゃれなチョッキに、少しすり切れたフロックコートを羽織り、真っ白とは言えないシャツを着込み、金色の鎖をたらして、指にはいくつも金の指輪をはめた、いつものザミョートフの姿です。
彼はとても愉快そうでした。
少なくとも、大いに上機嫌らしく、人のよさそうな微笑みを浮かべています。
その浅黒い顔は、シャンペンを飲んだせいか、ほんのりと赤らんでいました。

「えっ! あなたはこんなところに?」彼はまるで百年来の知り合いかのように、不思議そうな顔で話しかけてきました。
「昨日ラズーミヒンから、あなたはまだ正気じゃないって聞いたばかりなのに。
どうも変ですね! 僕もあなたのところへ行ったんですよ……」

ラスコーリニコフは、彼がそばへやって来るのを覚悟していました。
彼は新聞を脇へ押しやると、ザミョートフの方を振り返りました。
彼の唇には、冷ややかな笑みが浮かんでいました。
その笑みの中には、これまでとは違う、どこかイライラした焦りのようなものが混じっています。

「あなたが来たことは知っていますよ」と彼は答えました。
「聞きました。僕の靴下を探してくれたそうですね……。ところで、ラズーミヒンは君に夢中ですよ。君はあの男と一緒に、ラヴィーザ・イヴァーノヴナのところへ行ったそうですね。

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