佐野 良二

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佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第9話

「何が違うのさ」「…………」 急に芳枝の声が遠のき、周囲が暗くなってきた。長い階段を登ってきたせいで、貧血が起きたのかもしれなかった。克夫はしゃがみ込もうとした。耳元でヒューッと音がして、魂が抜けていくような気がした。
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初級翻訳・尾なし犬 第8話

叔父貴ならあちこち広くやってるし、前に会ったとき、何でも困ったら相談に来いって言ってくれたんだ。おれに向いてる仕事をみつけてもらうさ」「どうも気に行らねえな。あいつは山師みたいなところがあって信用できねえ」「だけど父さん、今の世の中、正義ば...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第7話

「それじゃ、忠夫は刑務所に入ることになるのかい」母は気が動転して、悲鳴のような声を出した。「警察に留置されているだけだ。船主でねえんだから、すぐ釈放になるべ」父は案外落ちついた声で話した。しかし煙管に刻み煙草を詰める手が震えていた。「何だっ...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第6話

帽子を斜めにかぶったアメリカ兵が玄関のところで腰をかがめ、「フサエサン、イマスカ?」と言った。先日、房枝を送ってきたあの兵士だった。白人だというのに肌は白ではなく薄いピンク色をしているな、と克夫は観察した。茶褐色の眉毛の下に埋め込まれている...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第5話

「なんだ、そりゃあ」「おっしゃることがわかりません、って意味よ」「そったらまどろっこしい答え方をするからだめなんだ。はっきり、お断り申し上げます、って言ってやれ」「…………」 房枝は十九歳だった。たとえアメリカ兵であっても、異性に声をかけら...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第4話

先生も闘うぞ」克夫の才能を認めて指導している図工の教師はそう言って励ました。理由はどうあれ落選したのだ。そんな癪な話は両親にもしないでおこうと思った。学校から帰ってくると、家の前に、日傘を差した着物の女の人がいた。家のなかを窺っているように...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第3話

頭のなかに湧いていたイメージが一瞬にして消え失せ、黒い怒りが込みあげた。「そんな言い方することないっしょ、克夫が一番好きなことなのに」芳枝が兄に抗った。姉の言葉に克夫の胸は張り裂けそうになった。怒りは悲しみに変わり、鼻の奥で量を増し、眼から...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第2話

なんだか胸がざわついて家の端まで走っていき、おそるおそる覗いてみると、忠夫は何食わぬ顔でスコップを使い、焚き火の跡を掘り返して何かを探していた。そして、掘り出した小さな何かを手で上手に加工しているようだった。やがて、それを手のひらに乗せたま...
佐野 良二

初級翻訳・尾なし犬 第1話

丘を渡る風がとても心地よかった。克夫(かつお)は、崖の突き出しに生えた草むらに腰を下ろし、夢中でスケッチブックに向かっていた。目の下に広がる小樽港の景色が、キュッと凝縮されて膝の上の画用紙におさまっていく。空は薄曇りで、海面は鮮やかな青とい...
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