喜田 貞吉

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喜田 貞吉

初級翻訳・手長と足長 第3話

日本でも大昔、天皇のごちそうを作る役所(内膳司・ないぜんし)のボスには、安曇(あずみ)さんと高橋(たかはし)さんという二つの特別な一族が選ばれる決まりになっていましたが、この二つの家は、どちらも手長族と深い関係があるのです。高橋さんは、大昔...
喜田 貞吉

初級翻訳・手長と足長 第2話

『越後風土記』には、奈良時代になおこの地に多くの同類が存在したある種族について、崇神天皇の時代の「八掬脛(やつかはぎ)」の末裔であり、その先祖は「土雲(つちぐも)」であると記されています。大和の国で神武天皇に反抗した「長髄彦(ながすねひこ)...
喜田 貞吉

初級翻訳・手長と足長 第1話

『三才図会(さんさいずえ)』という古い本には、「長脚国(ちょうきゃくこく)」と「長臂国(ちょうひこく)」という不思議な国が紹介されています。そこにはこう書かれています。「長脚国は赤水の東にあり。長臂国の人と仲が良く、いつも長脚の人が長臂の人...
「ケット」と「マット」

初級翻訳・「ケット」と「マット」 第6話

だからこそ、先住民族をいじめたり、暴力で彼らの国を力ずくで奪ったりするようなことはせず、常に「徳(思いやりの心)」をもって導き、深い「恩」をもって誘い、仲良くする手段(懐柔手段)を使いながら、同じ一つの民として仲良く溶け合っていこうとしたん...
「ケット」と「マット」

初級翻訳・「ケット」と「マット」 第5話

つまり、「クル」と呼んだり、「コル」、「コロ」などと呼んだりするものは、どれもみな同じ言葉であり、いわゆる「ウラル・アルタイ語族」に共通する言葉だったらしく、それがアイヌの人たちにも取り入れられたのでしょう。そして、私たちの日本語の中にも、...
「ケット」と「マット」

初級翻訳・「ケット」と「マット」 第4話

そのため、今の青森や浪岡(なみおか)のあたりにまで、「狄掛(えみしかけ)」というお役人が置かれていたほどなのです。寛文七年(かんぶんしなへん)、津軽の殿様である津軽信政(つがるのぶまさ)がまだ十五歳で、江戸の藩邸からはじめて自分の領地へやっ...
「ケット」と「マット」

初級翻訳・「ケット」と「マット」 第3話

もちろん、そうしたことがすべての人にあてはまるわけではなく、中には単に家系や血筋が少し違うというだけで、特別な伝説など何もない人たちも数多くいます。それでも、かつて山の中に置き去りにされたような先住民族がいたという伝説は、驚くほどたくさん残...
「ケット」と「マット」

初級翻訳・「ケット」と「マット」 第2話

ケットの人たちに対する「マット」の人たちについても、さまざまなことが語られています。マットの人は、他人をだますというのです。それはケットの人が言うばかりでなく、ほかの村の人たちも口にしており、自分にこの話をしてくれたある方は、今年で六十歳近...
「ケット」と「マット」

初級翻訳・「ケット」と「マット」 第1話

一 はじめに 遠く離れたへき地に、昔からそこに住んでいる人たちが長く取り残されるということは、今さら新しく言うまでもないことです。実際に、台湾の東部の山などに行けば、今でもその様子を間近に見ることができます。これを日本の古い歴史で調べてみま...
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