初級翻訳・罪と罰 第201話

ドストエフスキー

ですから、とどのつまりに、わたしがざっくばらんに、自分の深い確信によれば、彼女もわたし同様に快楽を求めていたのだと言ってやった時、夫人はわたしにどれだけ腹を立てたことでしょう!
可哀想なマルファ・ペトローヴナも、やっぱり恐ろしくお世辞に乗りやすい性質だったのです。
だから、わたしがその気にさえなれば、もちろん彼女の存命中に、財産をのこらずわたしの名義に書き換えさせる事だってできたんです(だが、わたしはどうもやたらに飲んで、おしゃべりしておりますな)。
さあ、そこで今わたしが、それと同じ効果がアヴドーチャ・ロマーノヴナにも見えてきたと言っても、おそらくあなたはご立腹にはならんでしょうな。
ところが、わたしが馬鹿でせっかちだったものだから、すっかりぶち壊してしまったのです。アヴドーチャ・ロマーノヴナは、前から時々(一度なんか特にひどかったようですが)、わたしの目の表情が恐ろしく気に入らなかったんですよ。
あなた、これが本当にできますか? 一口に言えば、その中には一種の情火がだんだん強く、だんだん不用意に燃えてきたのです。
それがあのひとを脅かして、ついに憎らしいほどになったんですよ。
何も詳しくお話しする必要はありません。
わたしたちは袂(たもと)を分かつことになったのです。
そこへもってきて、わたしはまた馬鹿なことをしたんですな。
つまり思い切って無遠慮に、あのひとの伝道だの、教訓だのを冷やかしたわけなのです。
パラーシャがまた舞台へ現れた、それも一人きりじゃないんです――手っ取り早く言えば、すっかり乱脈が始まったんですよ。
ああ、ロジオン・ロマーヌイチ、もしあなたが一生に一度でも、お妹さんの目が時おりどんなに美しく光るか、それをごらんになったらなあ! 今わたしが酔っていたって、もうこの通り一杯の酒を飲み干したって、そんな事はなんでもありません。
わたしは本当のことを言っているんですよ。
全くのところ、わたしはその目を夢に見たくらいです。
しまいにはあのひとの衣ずれの音を聞いても、たまらなくなってきました。
実際、わたしはてんかんにでもなるんじゃないかと思いましたよ。かくまで夢中になれようとは、われながら思いも寄らぬほどでした。
一口に言えば、結局あきらめなくちゃならなかったのですが、それはもうできない相談でした。
そこで、わたしがその時何をしたか、まあ想像してみてください。
人は夢中になると、どんなにまで頭が鈍くなるものか、方図(ほうず)がしれませんなあ! ロジオン・ロマーヌイチ、人は夢中になったら、もうけっして何一つろくなことはできっこありませんよ。
で、わたしはアヴドーチャ・ロマーノヴナが正直なところ貧乏な(あっ、ごめんください、こう言うつもりじゃなかった……いや、しかし同じ観念を表現する事なら、どちらでも変わりないじゃありませんか)、つまり自分の手で働いて生きておられるのにつけ込んで――母親とあなたを養っていかなきゃならん(あっ、くそ、またあなたの事がちょっと頭に浮かんだものだから……)つまり、そこをつけ目にして、わたしはあのひとに自分の全財産を提供しようと決心したのです(三万ぐらいまではその時でもまとめることができたので)。
それにわたしと一緒にこの土地へ、ペテルブルグへなりと逃げ出してもらうのが条件なのです。
もちろん、わたしはすぐその場で、永久の愛とか、無上の幸福とか、その他あらゆることを誓ったわけです。あなたは信じないかもしれませんが、あの時のわたしは本当にすっかり参ってしまっていて、もしあの人がわたしに向かって「マルファを斬り殺すか毒殺して、わたしと結婚してくれ」とでも言おうものなら、即座にやってのけかねないほどでしたよ! けれど、結末はすべて先ほどお話しした通りの騒動で終わったのです。
その時マルファが、あの卑劣きわまる三百代言のルージンを見つけ出して、結婚をまとめないばかりか、破談に追い込んだことを知った時、わたしがどれほど気ちがいじみた怒り方をしたか、その辺りはご推察いただけるでしょう――だって、これは本質的に見ると、わたしの申し出と同じことなんですからね。
そうでしょう? そうでしょう? ねえ、そうじゃありませんか? 見たところ、あなたはどうやらたいへん身を入れて聞いてくださるようになりましたね……実に面白いお方だ……」
スヴィドリガイロフはたまりかねたように、げんこつでトントンとテーブルをたたいた。
彼はすっかり顔を真っ赤にしていた。
ラスコーリニコフは、ちびりちびり一口ずつ舐めているうちに、いつの間にか飲み干してしまった一杯か一杯半のシャンパンが、病的に効いてきたのをはっきりと感じた――そこで彼は、この機会を利用しようと決心した。
スヴィドリガイロフは、彼にとってきわめてうさんくさい人物に思えたのである。
「いや、それで僕もすっかり確信しました――あなたがここへ来たのは、妹のことを頭に置いてのことでしょう」彼は、いっそう相手をじりじりさせるために、真正面からぶっきらぼうに言った。
「ええっ、もうたくさんですよ」急に我に返ったように、スヴィドリガイロフは言った。
「もうちゃんとお話ししたじゃありませんか……それに妹さんの方じゃ、わたしが厭でたまらないんですからね」
「さよう、あれが厭でたまらないのは僕も確信しています。しかし、今はそれが問題じゃありません」
「あなたは確信していらっしゃる、厭でたまらないって?(スヴィドリガイロフは目を細めて、にやりと嘲けるように笑った)。おっしゃるとおりです、あの人はわたしを好いてはおられません。けれど、夫婦間や恋人同士の間にあったことは、けっして他人に保証できるものじゃありませんよ。そこにはどんな場合でも、断じて世界中の誰にも知られない、ただ彼ら二人にのみわかっている、小さな片隅があるものです。アヴドーチャ・ロマーノヴナの場合にしても、嫌悪の目でわたしを見ていたなんて、あなたに保証ができますか?」
「今まであなたのお話に出てきた言葉の端々で、あなたが今でもドゥーニャに対して何か特別な思惑と、のっぴきならない計画を持っておられるものと認めます。もちろん、卑劣きわまる計画をね」
「なんですって! わたしがそんな言葉を口からすべらせましたかね?」ふいにスヴィドリガイロフは、自分の計画に冠せられた形容詞には、まるで注意を払おうともせず、きわめて正直な驚きの色を見せた。
「なに、それは今でも口からすべらせておられますよ。ねえ、たとえば、あなたは何をそう恐れているんです? いったいどうして今そう急にびくっとしたんです?」
「わたしが恐れているんですって? びくびくしてるんですって? あなたを恐れてるんですって? むしろあなたの方がわたしを恐れるべきですがね、親愛なる友よ。だが、なんてばかばかしい話だ……どうもわたしは酔った、自分でもわかりますよ。またうっかり口をすべらすところだった。もう酒なんかやめだ! おーい! 水をくれ!」
彼は瓶を引っつかんで、無遠慮に窓の外へほうり出した。
フィリップが水を持ってきた。
「こんなことはみんなくだらない話です」スヴィドリガイロフはタオルを湿して、それを頭へ当てながら言った。

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