初級翻訳・罪と罰 第13話

ドストエフスキー

お前は自分の妹が恥をかかされたと知ったら、黙っていられるはずがないもの。
正直なところ、私だって気が狂いそうだったんです。
けれど、どうすることもできませんでした。
第一、そのときは私自身も、事の真相を十分には知らなかったのです。
何よりも一番困ったのは、ドゥーネチカ(ドゥーニャの愛称)が去年あの家へ家庭教師として入るとき、給料から月々差し引いて返すという約束で、百ルーブリを前借りしていたことでした。
この借金を返済し終えるまでは、仕事を辞めるわけにいかなかったのです。
ドゥーネチカがこのお金を借りたのは(今だからこそ、すべてを打ち明けて話しますが)、ちょうどそのとき、お前がどうしてもお金が必要だと申し出てきたので、昨年私たちがなんとか工面した六十ルーブリ、あれをお前に送るためだったのです。
あのとき私たちは、ドゥーニャの以前の貯金から出したと言っておきましたが、実はそうではなかったのですよ。
実は今回、神様のお慈悲で、すべてが急に良い方向へ向かってきたので、ドゥーニャがどれほどお前を想い、どれほど立派で美しい心を持っているかを、ぜひお前に知ってもらいたいと考えて、今こそすべてを打ち明けることにしました。
結局のところ、スヴィドリガイロフ氏は、最初こそあの子に無礼な態度をとったり、食事の席で失礼なことを言ったり、からかったりしたのです……けれど、もうすべて過ぎ去った今となっては、お前の心を騒がせるのも無益なことですから、こんな聞き苦しい話を詳しく書くのはやめましょう。
で、手短に言えば、スヴィドリガイロフ氏の奥さま、マルファ・ペトローヴナをはじめご家族の皆さんは、とても親切にしてくださったけれど、ドゥーネチカはどうしても居心地が悪かったようなのです。
とりわけスヴィドリガイロフ氏が、昔軍隊にいた頃の癖で、お酒に酔っているときなどは、なおさら辛かったと申しておりました。
けれど後になって分かったことですが、本当に呆れたことに、この半狂乱のわからずやは、ずっと前からドゥーニャに恋心を抱いていたようなのです。それを乱暴な態度や、馬鹿にするような振る舞いで隠していたのですね。
もしかしたらあの人も、自分は相当な年輩で、一家の主人でもあるというのに、そんな軽はずみな望みを抱いてしまったことを、自分でも恥ずかしく恐ろしく思い、そのせいでつい心ならずも、ドゥーニャに対して腹を立てていたのかもしれません。また、もう一つの可能性として、あの娘にわざと無作法な態度をとったり、からかったりすることで、周りの人たちの目から本当の気持ちを隠そうとしていたのかもしれません。

けれども、いよいよ我慢ができなくなったのでしょう、あからさまにドゥーニャに向かって、いやらしい言葉を投げかけ始めたのです。

様々な報酬を約束したあげく、何もかも捨てて、あの子と二人でほかの村へ移るか、それとも外国へ行ってしまってもかまわない、などと言い出したそうです。あの子の苦しみがどんなものだったか、どうかお察しください! すぐに仕事を辞めるということも、借金があるためばかりでなく、奥さまであるマルファ・ペトローヴナをかばう気持ちもあって、そうたやすくはできませんでした。

もし辞めてしまえば、奥さまは急に不審に思うでしょうし、そうなれば家庭内に争いの種をまくことになるのは目に見えています。

それにドゥーネチカにとっても、非常に世間体が悪い話で、決して無傷で済むわけがありません。

そのほかにも色々な事情があって、ドゥーニャはまる六週間というもの、この恐ろしい家から逃げ出す見込みなど、まるでなかったのです。

言うまでもなく、お前はドゥーニャをよく知っているはず。あの子がどんなに賢くて、どんなに気性がしっかりしているか、ちゃんと分かっているでしょう。

ドゥーネチカはたいていのことなら我慢しますし、いざという時でも、落ち着きを失わないだけの度胸があります。

あの子は私にさえも、余計な心配をかけまいと思って、ひっきりなしに手紙のやり取りをしていながら、何一つ本当のことを書いてよこさなかったくらいなのです。

そのうちに、思いがけず物語の結末がやってきました。

というのは、マルファ・ペトローヴナが偶然、庭でドゥーネチカを口説いている夫の言葉を立ち聞きしてしまったのです。

そして、すべてを悪いほうへ勘違いして、すべてがあの子のせいだとばかり思い込み、問答無用であの子を悪者にしてしまったのです。

すぐにその庭先で、恐ろしい大騒ぎが持ち上がりました。マルファ・ペトローヴナはドゥーニャを叩いたりするまでして、あの子の言い分には何一つ耳を貸そうとしません。

まる一時間もわめき通したあげく、あの子の持ち物や下着、衣類を手当たり次第に、たたむこともしなければ荷造りもせずに、百姓馬車の中へ放り込みました。そして、すぐにドゥーニャを乗せて、私のもとへ送りつけてしまえと命令したのです。

その時、運悪く激しい雨が降り出したので、さんざん恥をかかされたドゥーニャは、惨めな気持ちで百姓の男と一緒に、屋根のない荷馬車に揺られながら、十七露里(およそ十七キロメートル)もの道のりを帰ってこなければならなかったのです。

そういうわけで、どうか察してみてください。

二ヶ月前にいただいた手紙の返事に、なんとお前に書いてあげられればよかったのでしょう? どんなことを書くべきだったと思いますか? 私自身がもう情けなくてたまらないでいたのに、ありのままをお前に伝えることなど、どう考えてもできるはずがありません。

なぜなら、お前がこの上なく悲しい気持ちになって、嘆いたり怒ったりしたあげく、何をしでかすか分からないと心配したからです。

ひょっとしたら、身の破滅になるようなことをしてしまうかもしれませんし、それにドゥーネチカもそれを止めるでしょう。

かといって、これほどの悲しみを胸に抱いている時に、どうでもいい話やいい加減なことで手紙を埋めるのも、とてもできないことでした。

ところが、それからまる一ヶ月、この町ではこの事件のせいで、とんでもない噂が町中に広まってしまいました。みんなが軽蔑するような目つきで私たちを見たり、ヒソヒソと耳打ちをしたりするので、私やドゥーニャは教会へも行けなくなってしまったのです。中には、私たちを目の前に座らせて、聞こえよがしに話し合う人までいる始末です。

知人たちもみんな私たちから遠ざかって、挨拶もしなくなってしまいました。

私は確かに突き止めましたが、商家の手代や役所の書記などが、家の門にコールタールを塗って、私たちに世間体を悪くするような恥をかかせようとしました。

そんなこんなで、家主までが私たちに立ち退きを迫ってくる始末。

これというのもみんな、一軒一軒歩き回って、ドゥーニャの悪口を言いふらしたマルファ・ペトローヴナのおかげなのです。

この町の人をたいてい家ごとに知っている彼女は、今月はひっきりなしにここへ通ってきたものですが、少々おしゃべりな方でしてね。

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