同じように、私とドゥーニャは、お前が大学にいる間の学費を援助してほしいという私たちの深い願いについても、まだその人に一言も打ち明けてはいません。どうしてその話を切り出さないのかというと、第一に、そんなことは自然の流れで解決するはずですし、わざわざこちらから言わなくても、先方から言い出してくれるに違いないと思っているからです。(あの人が、ドゥーニャのささやかな頼みを断るなんてこと、ありえるはずがありません!)お前は仕事の面で、あの人の立派な片腕になれるのですから、恩着せがましいことではなく、自分自身で稼いだ給料として受け取れば、話もずっとスムーズに進むはずです。
ドゥーネチカもそのように願っていますし、私も大賛成です。
次に、私たちがその話をあの人に持ち出さなかった第二の理由は、近々お前たち二人が顔を合わせたときに、ぜひお前をその人と対等な立場で会わせたかったからです。
ドゥーニャがお前のことを夢中になって褒めたとき、ピョートル・ペトローヴィッチは「誰であれ人を判断するには、自分の目で確かめなくてはならない」と言いました。
つまり、お前という人物についての評価は、実際に会った上で、彼自身が判断するということなのです。
それからね、大切なロージャ、私にはいろいろと考えていることがあるの。(といっても、決してピョートル・ペトローヴィッチに関係することではなく、ただの私自身の年寄りじみたわがままかもしれませんが)……私は二人の結婚式が終わった後も、二人とは一緒に暮らさず、今までどおり一人でいた方がいいのではないかと思っているのです。
あの人は思いやりのある立派な紳士ですから、自分から私を呼び寄せて、「これからも娘と離れずに一緒に暮らしましょう」と言ってくれるだろうと信じています。
今までその話をしないのも、言わなくても当然のことだからです。
けれど、私は遠慮しようと思っています。
これまでの経験で何度も感じたことですが、姑というものは、婿にとってはあまり面白くない存在になりがちですからね。
私は誰に対しても、少しでも迷惑をかけたくありませんし、自分の食べるものに困らない程度の蓄えがあるうちは、お前やドゥーネチカという大切な子供たちがいる間、できるだけ自由な身でいたいと思うのです。
ただ、もしできることなら、お前たち二人の近くに住みたいと思っています。
実はね、ロージャ、私がいちばん嬉しいことを、わざと手紙の最後にとっておきました。
さあ、いよいよ教えますね。たぶん近いうちに、私たちみんなで集まって、三年ぶりに三人で抱き合うことができるのです! ほぼ確実に、私とドゥーニャはペテルブルグへ出かけます。
いつになるかはまだわかりませんが、とにかくごく近い時期で、もしかすると来週かもしれません。
すべてはピョートル・ペトローヴィッチの段取り次第で、あの人がペテルブルグでの用事を片づけたら、すぐにこちらへ知らせてくれることになっています。
あの人は色々と都合があって、結婚式をできるだけ急ぎたいようで、「できればこの四旬斎(しじゅんさい)の間に、もしそれが早すぎて間に合わないなら、聖母昇天祭のあとには、なんとしてもすぐに式を挙げたい」と言っています。
ああ、お前をこの胸に抱きしめるとき、私はどんなに幸せでしょう! ドゥーニャもお前と会える嬉しさでワクワクしていて、「一度冗談で、ただ会えるというだけでもピョートル・ペトローヴィッチと結婚してもいいわ」なんて言ったほどです。
あの子は天使ですよ! あの子は今は何も書き添えませんが、「お前に話したいことが山ほどあって、とてもペンを握る勇気が出ない。五行や六行では何も伝えられないし、自分自身をいらいらさせるだけだから」と、お前に伝えるように頼まれました。
それから、力いっぱいお前を抱きしめて、数えきれないほどのキスを送るようにとも言っていました。
とはいえ、近いうちに直接会えるとはいえ、私はやっぱり、すぐにでもお前にお金を送ってあげたいと思っています。
ドゥーネチカがピョートル・ペトローヴィッチと結婚することを知った周囲の人たちが、急に私の信用を大きく見てくれるようになったのです。
ですから、商人のヴァフルーシンも今なら年金を担保にして、七十五ルーブリくらいは融通してくれるはずです。
そうすれば、お前にも二十五ルーブリか、三十ルーブリくらいは送れるかもしれません。
もっと送ってあげたいのですが、道中の費用も考えておかなければなりませんから。
もっとも、ピョートル・ペトローヴィッチが親切にも、ペテルブルグまでの旅費の一部を引き受けてくれました。
私たちの荷物や大きなトランクを、あの人の手配で送ってくれることになっています(知り合いの誰かを通じて送るそうです)。けれど、私たちはペテルブルグに着いてからの生活についても、しっかりと考えておかなければなりませんね。せめて最初の二、三日分だけでもお金を持っていなければ、お前のところに顔を出すこともできませんからね。
もっとも、ドゥーネチカと二人でこまごまと計算してみたところ、旅費はほんのわずかで済みそうです。
家から汽車が出る駅まではたったの九十キロ。そこはいざという時のために、仲の良い馬車屋さんに頼んであります。
そこから先は、三等車で楽々と一気に参ります。
そうすればお前に二十五ルーブリどころか、きっと三十ルーブリくらいはやりくりして送れるはずです。
でも、もうたくさんですね。二枚の便箋がいっぱいになって、もう余白がありません。
いろいろな出来事が重なって、書きたいことが山ほどあるものですから! それでは、なつかしいロージャ、次に会える日を楽しみに、あなたを抱きしめます。
そして、母親としての祝福を贈ります。
ロージャ、たった一人の妹ドゥーニャを可愛がっておくれ。
あの子がお前を愛しているように、お前もあの子を愛してあげてね。
あの子がお前を自分自身よりも限りなく大切に思っていることを、忘れないでいてください。
あの子は天使です。
それにひきかえお前は、大切なロージャ、お前はわたしのすべてであり、わたしたちの希望のすべてなのです。
お前さえ幸せでいてくれれば、わたしたちも幸せです。
わたしのロージャ、お前は昔のように神様にお祈りをしていますか? わたしたちを造り、救いを与えてくださる神様のお恵みを信じていますか? わたしは最近流行の不信心な考えが、お前まで染めてしまわないかと、心ひそかに案じております。
もしそうなら、わたしはお前のために祈りましょう。
思い出しておくれ、ロージャ。まだお前が小さくて、お父様がご存命だったころ、わたしの膝の上に抱かれながら、たどたどしい言葉でお祈りをしていた時のことを。
あのころのわたしたちは、なんて幸せだったのでしょう! ではさようなら。いいえ、それよりも「お目にかかるまで」と申しましょう。
お前をしっかり、強く抱きしめて、数えきれないほどのキスを送ります。
終身かわらぬあなたの母
プリヘーリヤ・ラスコーリニコヴァ」
手紙を読み始める時から読み終わるまで、ラスコーリニコフの顔はずっと涙でぐっしょりと濡れていた。
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