よろめきながら歩いてくる兄の、疲れ果てた姿を見つけて驚いた。
そうして、しつこく兄に質問を浴びせた。
「なんでもない」メロスは無理に笑おうと努めた。
「街に用事を残してきた。
またすぐに行かなければならない。
明日、おまえの結婚式を挙げる。
早いほうがいいだろう」
妹は頬を赤らめた。
「うれしいか。
綺麗な衣装も買ってきた。
さあ、今から行って、村の人たちに知らせてこい。
結婚式は明日だと」
メロスは、またふらふらと歩き出し、家に帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を整え、間もなく床に倒れ込んで、息も絶え絶えになるほどの深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは夜だった。
メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。
そして、少し事情があるから結婚式を明日にしてほしい、と頼んだ。
婿の牧人は驚き、それは困る、こちらにはまだ何の準備もできていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。
メロスは、待つことはできない、どうか明日にしてくれ、とさらに強く頼み込んだ。
婿の牧人も頑固だった。
なかなか承諾してくれない。
夜明けまで議論を続けて、やっとのことで婿をなだめ、すかし、説き伏せた。
結婚式は、真昼に行われた。
新郎新婦が神々に誓いを立てているころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつりと雨が降り出し、やがて滝のような大雨となった。
祝宴に参加していた村人たちは、何か不吉な予感を感じたが、それでも自分たちを励まし、狭い家の中で、蒸し暑さにも耐えながら、陽気に歌を歌い、手を叩いた。
メロスも、顔じゅうに喜びを浮かべて、しばらくは王とのあの約束さえ忘れていた。
祝宴は、夜に入ってさらに盛り上がり、人々は外の豪雨を全く気にしなくなった。
メロスは、一生このままここにいたい、と思った。
このいい人たちとずっと暮らしていきたいと願ったが、今はもう、自分の体は自分だけのものではない。
どうにもならないことだ。
メロスは、自分にむち打ち、ついに立ち上がることを決意した。
明日の日没までには、まだ十分な時間がある。
ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。
その頃には、雨も小降りになっているだろう。
少しでも長くこの家にぐずぐずとどまっていたかった。
メロスほどの男にも、やはり未練というものはある。
今夜、ぼんやりと幸せに酔っているらしい花嫁に近づき、こう言った。
「おめでとう。
私は疲れてしまったから、少し失礼して眠らせてもらうよ。
目が覚めたら、すぐに街へ出かける。
大切な用事があるんだ。
私がいなくても、もうおまえには優しい夫がいるのだから、決して寂しいことはない。
おまえの兄が、一番嫌いなものは、人を疑うことと、それから、嘘をつくことだ。
おまえも、それは知っているね」夫との間に、どんな秘密も作ってはいけないよ。それだけは伝えておきたかったんだ。おまえの兄は、たぶん世間でも立派な人間として通っているはずだから、おまえもその誇りを持って生きるんだよ。」
花嫁は、夢見心地で大きくうなずいた。
メロスは、それから花婿の肩をポンとたたいて言った。
「お互い、準備なんて何もないさ。俺の家にある宝といったら、この妹と羊だけだ。他には何もない。全部あげるよ。それと、もう一つ。俺の弟になったことを、胸を張って誇ってくれ。」
花婿は恐縮して、手をこすり合わせながら照れくさそうにしていた。
メロスは笑って、村人たちにも軽くあいさつをすると、宴会の席を離れた。そして羊小屋にもぐり込み、死んだように深く眠りについた。
目が覚めたのは、次の日の夜明け前だった。
メロスは跳ね起きると、「なんてことだ、寝過ごしたか!」と叫んだ。いや、まだ大丈夫だ。これからすぐに出発すれば、約束の時刻までには十分間に合う。
今日こそは、あの王に、人間が信じ合えるという証を見せてやろう。そうして笑いながら、処刑台に上ってやるんだ。
メロスは、堂々と身支度を始めた。
雨も、いくぶん弱まっているようだ。
準備は整った。
さて、メロスは両腕を大きく振り回すと、雨の中を矢のように走り出した。
私は、今夜、殺される。
殺されるために走るのだ。
身代わりになってくれた友を救うために走るのだ。
王のずる賢くて意地悪な考えを打ち破るために走るのだ。
走らなければならない。
そうして、私は死ぬのだ。
若い時から、自分の名誉を守り通せ。
さようなら、ふるさと。
若いメロスは、つらかった。
何度か、立ち止まりそうになった。
「えいっ、えいっ!」と大声を上げて自分を叱りつけながら走った。
村を出て、野原を横切り、森をくぐり抜けて隣の村に着く頃には、雨も上がり、太陽が空高く昇って、だんだんと暑くなってきた。
メロスは額の汗をこぶしでぬぐい、「ここまで来れば大丈夫だ。もう故郷への未練はない」と思った。
妹たちは、きっと良い夫婦になるだろう。
今の自分には、もう何の気がかりもないはずだ。
まっすぐに王城へたどり着けば、それでいい。
そんなに急ぐ必要もないか。そう思って持ち前ののんきさを取り戻し、好きな歌をいい声で歌い出した。
ぶらぶら歩いて二里、三里と進み、全行程の半分ほどにさしかかった時、突然の災難が襲いかかった。メロスの足が、ピタリと止まった。
見よ、目の前の川を。
昨日の大雨で山の水源地が氾濫し、濁流が川下へと集まって、ものすごい勢いで橋を破壊していた。ゴーゴーと音を立てる激流が、橋の柱を木の葉のようにバラバラに打ち砕いていたのだ。
彼はぼうぜんと立ちすくんだ。
あちこちを見回し、声を限りに叫んでみたが、つないでおいた舟はすべて波にさらわれて影も形もなく、船頭の姿も見当たらない。
川の流れはますます膨れ上がり、まるで海のように荒れ狂っている。
メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながら神ゼウスに手を挙げて哀願した。
「ああ、お願いです。この荒れ狂う川を鎮めてください! 時は刻一刻と過ぎていくのです。太陽もすでに真昼です。あれが沈んでしまう前に王城へたどり着けなかったら、あの素晴らしい友人が、私のために死んでしまうのです。」
濁流は、メロスの叫びをあざ笑うかのように、ますます激しく踊り狂う。
波は波を飲み込み、渦を巻き、激しく打ち寄せ、そうしている間にも時間はどんどん消えていく。
今のメロスには、もう覚悟を決めるしかなかった。
泳ぎ切るしかない。
ああ、神々よ、見ていてくれ! 濁流にも負けない愛と誠の偉大な力を、今こそ発揮してみせる。
メロスは、バシャリと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのたうち回って荒れ狂う波を相手に、必死の戦いを始めた。
全身の力を腕に込めて、押し寄せ、渦巻き、引きずり込もうとする流れを、「これしきのこと!」と必死にかき分け、かき分けした。めちゃくちゃな力で獅子奮迅の戦いを見せる人間の姿に、神も哀れに思ったのか、ようやく慈悲の手を差し伸べてくれた。
押し流されそうになりながらも、見事、対岸の木の幹にすがりつくことができたのだ。
ありがたい。
メロスは犬のように大きく体を震わせて水を切ると、すぐにまた先を急いだ。
一刻だって無駄にはできない。
太陽はすでに西に傾きかけている。


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