初級翻訳・坊つちやん 第32話

坊つちやん

用心しないとやられるぞ」と忠告してきた。
「どうせ臭い奴だろうが、今日から急に臭くなったわけじゃないだろ」と返すと、「お前、まだ気づかないのか。昨日わざわざ俺たちを誘い出して、喧嘩の真っ只中へ引きずり込んだのは、あいつの策略なんだよ」と教えてくれた。
なるほど、そこまでは気が回らなかった。
山嵐は乱暴に見えて、俺なんかよりずっと頭が切れる男だと感心した。
「ああやって喧嘩をさせておいて、すぐあとから新聞屋に手を回して、あんな記事を書かせたんだ。本当に油断ならない悪党だ」
「新聞まで赤シャツの言いなりなのか。そいつは驚いたな。でも、新聞がそんなに簡単に赤シャツの言うことを聞くか?」
「聞かないわけがない。新聞屋に知り合いがいれば、わけはないさ」
「お前、知り合いがいるのか?」
「いなくても簡単さ。嘘をついて『実はこうだった』と話せば、すぐに記事にするさ」
「ひどい話だな。本当に赤シャツの仕業なら、俺たちはこの件でクビになるかもしれないな」
「運が悪ければ、やられるかもしれないな」
「それなら、俺は明日辞表を出してすぐに東京へ帰るよ。こんな下等な場所に頼りきって居座るなんて御免だ」
「お前が辞表を出したところで、赤シャツは困りもしないだろう」
「それもそうだな。どうすればあいつを困らせることができるだろうか」
「あんな悪党のやることだから、証拠が残らないように、残らないようにと細工しているんだ。言い返すのは難しいぞ」
「厄介だな。それじゃあ、冤罪を着せられたままってことか。面白くないな。天の正義はどこへ行ったんだ」
「まあ、あと二、三日様子を見ようじゃないか。それでいよいよとなったら、温泉の町でとっ捕まえて問い詰めるよりほかないだろう」
「喧嘩の件は、喧嘩の件として片付けるのか?」
「そうだ。こっちはこっちで、あいつの急所を締め上げてやるのさ」
「それもいいな。俺は策略なんて下手だから、全部お前に任せるよ。いざとなれば何でもやってやる」
俺と山嵐はそこで別れた。
赤シャツが本当に山嵐の言った通りに動いたのなら、とんでもない極悪人だ。頭脳戦で勝てる相手ではない。結局、最後は腕力で決着をつけるしかないんだ。なるほど、世界から戦争がなくならないわけだ。人間同士も、とどのつまりは腕力なんだな。
翌日、新聞が来るのを待ちかねて開いてみたが、訂正どころか取り消しの記事すら載っていない。
学校へ行って「狸」こと校長に催促すると、「明日あたり出るでしょう」と言う。
明日になって、ようやく豆粒みたいな小さな文字で取り消しが出た。
だが、新聞社側からの正式な謝罪や訂正は一切ない。
もう一度校長に談判すると、「あれ以上、手続きのしようがないんだ」と答える。
校長なんて狸みたいな顔をして、偉そうにフロックコートなんか着ているけれど、驚くほど無力なものだ。
嘘の記事を書いた田舎新聞一社すら、まともに謝らせることができないなんて。
あまりに腹が立ったので、「それなら俺が一人で主筆のところへ乗り込んで文句を言ってやる」と言ったら、「それはいかん。君が行けば、また悪口を書かれるだけだ」と止める。
つまり、新聞屋に書かれたことは、嘘であろうと本当であろうと、どうすることもできないということらしい。
「諦めるしかない」と、坊主の説教みたいなことを言われた。
新聞なんてものがそんなに偉いなら、一日も早く潰してしまったほうが世の中のためだ。
新聞に書かれるのと、スッポンに噛みつかれるのが同じくらい逃げられないものだなんて、今日の今日まで狸の説明を聞くまで知らなかったよ。
それから三日ほどして、ある日の午後、山嵐が怒った様子でやってきて、「いよいよ時機が来た。俺は例の計画を実行するつもりだ」と言うので、「そうか、じゃあ俺もやるよ」と、即座に仲間に入ることにした。
ところが山嵐は、「お前はやめておいた方がいいだろう」と首を傾げる。
なぜかと聞くと、「お前は校長に呼ばれて『辞表を出せ』と言われたか?」と尋ねるから、「いや、言われてない」と答えた。
「お前は?」と聞き返すと、今日校長室で「まことに気の毒だが、事情がやむを得ないから、ここを辞めてくれ」と言われたというのだ。
「そんな理不尽な裁判があるか! 狸の奴、きっと腹鼓を叩きすぎて胃の位置がひっくり返ったんだな。お前と俺は、一緒に祝勝会に出て、一緒に高知の踊りを見て、一緒に喧嘩を止めに入ったんじゃないか!」辞表を出せというのなら、公平に二人とも出せと言えばいいんだ。
どうして田舎の学校ってやつは、そんな当たり前の理屈が分からないんだろう。
「もどかしいな」
「それは赤シャツの差し金だよ。俺と赤シャツは、これまでの経緯を見れば絶対に相容れない仲だが、お前のことは今のまま置いておいても害はないと思っているらしいんだ」
「俺だって赤シャツと相容れるものか。害にならないなんて、生意気なことを言いやがる」
「お前はあまりに単純すぎるから、置いておいてもどうせ上手く言いくるめられると踏んでいるのさ」
「なおさら腹が立つ。誰がそんな言いなりになるものか」
「それに、少し前に古賀が辞めてから、まだ代わりの先生が到着していないだろう。その上にお前と俺を同時に追い出しちゃったら、授業に穴が開いて学校運営に差し支えるからな」
「じゃあ俺を、間のつなぎのくさびとして使い潰すつもりなんだな。こん畜生、誰がそんな手に乗るものか」

翌日、俺は学校へ行って校長室へ乗り込み、談判を始めた。
「どうして私に辞表を出せと言わないんですか」
「へえ?」と、狸はポカンとして驚いている。
「堀田には出せと言って、私には出さなくていいなんて、そんな筋が通る話がありますか」
「それは学校側の都合でして……」
「その都合が間違ってるんですよ。私が出さなくて済むなら、堀田だって出す必要はないでしょう」
「その辺りは説明が難しいのですが――堀田君は去ってもらわねばなりませんが、あなたは辞表を出していただく必要はないと判断していますので」
なるほど、さすがは狸だ。要領を得ないことばかり並べて、しかも涼しい顔をしている。俺は仕方がないので、こう言い放った。
「それなら私も辞表を出します。堀田君一人を辞職させて、自分だけ安穏と居座り続けるなんて、私にはそんな非情な真似はできません」
「それは困る。堀田も去り、あなたまで去ってしまったら、学校の数学の授業が完全に立ち行かなくなってしまうから……」
「立ち行かなくなっても、私の知ったことじゃありません」
「君、そうわがままを言うものじゃない。少しは学校の事情も察してくれないと困るんだ。それに、赴任してから一ヶ月も経たないうちに辞職したとなると、君のこれからの履歴にも関わるから、その辺りもよく考えたらどうだい」
「履歴なんてどうでもいい。履歴より義理が大切です」
「そりゃあごもっとも――君の言うことは一々ごもっともだが、私の言うことも少しは察してほしい。君がどうしても辞職するというのなら、辞められても仕方がないが、代わりが見つかるまではどうか続けてもらいたい。

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