初級翻訳・罪と罰 第2話

ドストエフスキー

きっかり七百三十歩です。
いつだったか、空想にふけっていた時に数えたことがありました。当時はまだ、自分でもその計画を信じてはいませんでした。ただ、恐ろしくも魅力的な、大胆な妄想に自分をイライラさせていただけだったのです。
しかし、ひと月たった今、彼はそれまでとは違う目でその計画を見ていました。自分の意志の弱さを自嘲しながらも、気づけばその「醜悪な」空想を、すでに実行可能な一つの計画として捉えるようになっていたのです。もちろん、まだ自分自身を完全には信じてはいませんでしたが……それでも今、彼はまさにその計画を試すために歩いているのでした。

一歩進むごとに、心臓が激しく波打ちます。
胸の奥がしびれるような、神経質な震えを感じながら、彼は巨大な建物に近づきました。その建物は、片側が溝に、もう片側が××通りに面していました。
建物の中は細かく区切られたアパートになっていて、仕立屋、錠前屋、料理女、ドイツ人たち、あるいは自分の体で稼ぐ女性や下級官吏など、さまざまな人々が巣くっていました。
住人たちの出入りが激しく、二つある門の下や中庭はいつも騒がしい様子でした。
そこには数人の門番がいましたが、幸い誰にも出会わなかったので、青年は満足しながら門から右手の階段へと、人目を避けるように滑り込みました。
階段は暗くて狭い「裏階段」でした。
しかし、彼はすでにその建物の構造を調べ尽くしていました。この暗さなら、好奇心旺盛な誰かに見られる心配もありません。
『今からこんなにビクビクしていて、いざ実行という時になったら、一体どうなるんだ?……』四階に上がりながら、彼はふと考えました。
踊り場では、ある部屋から家具を運び出そうとしている兵隊上がりの人夫が、行く手をふさいでいました。
このアパートには家族持ちのドイツ人官吏が住んでいることを、彼は以前から知っていました。
『なるほど、あのドイツ人が引っ越すんだな。ということは、四階のこの踊り場には、当分あの婆さんの部屋しか残らないわけだ……こいつは都合がいい……万が一の時も安心だ』と彼は考え、老婆の部屋の呼び鈴を鳴らしました。
呼び鈴は真鍮ではなくブリキで作られたかのように、弱々しく、がらんとした音を立てて響きました。こうした家の、こうした小さな住まいには、たいていどこにでも、こういった呼鈴がついているものです。
彼はもうこの呼鈴の音を忘れていましたが、今この特殊な響きが、ふいに彼にあることを思い起こさせ、はっきりと暗示を与えたような心地がしました……彼は思わず、びくりと体を震わせました。
ただでさえ、このところ神経が極度に弱っていたのです。
しばらくしてからドアがほんのわずかだけ開き、その隙間から女あるじが、さもうさんくさそうに客を見回しました。
ぎらぎらと光る小さな目だけが、暗がりの中に見えます。
けれど、踊り場に人が大勢いるのを見ると、彼女は少し安心したのか、ドアをいっぱいに開けました。
青年は敷居をまたいで、板壁で仕切られた暗い控室へ入りました。
仕切りの向こうは、狭い台所になっています。
老婆は無言で彼の前へ突っ立ち、何か言いたげに相手を見つめていました。
それは意地悪そうな鋭い目と、小さいとがった鼻をした、小柄でかさかさした六十歳くらいの老婆で、頭には何もかぶっていません。
全体に亜麻色をした、白髪のまじった髪には、油をてらてらに塗りたくっています。
鶏の足に似た細長い首にはフランネルのぼろ布が巻きつけられ、肩からは、この暑い時期だというのに、一面にすり切れて黄色くなった毛皮の上着がだらりと下がっていました。
老婆はひっきりなしに咳をしたり、喉を鳴らしたりしています。
彼女を見た青年の目に何か特別な表情でも浮かんでいたのでしょうか、とつぜん老婆の目には、また先ほどと同じ猜疑の色がひらめきました。

「ラスコーリニコフですよ、大学生の。ひと月ばかり前に伺ったことのある……」
もっと愛想よくしなくてはいけないと思い出したので、青年は軽く会釈して、こうつぶやきました。
「覚えてますよ、よく覚えてますよ。あなたのみえたことは」
と老婆はやはり彼の顔から、例の疑わしげな目を離さないで、はっきりと言いました。
「そこでその……また同じような用でね……」
ラスコーリニコフは老婆の疑り深さに驚き、いささかうろたえ気味で言葉を続けました。
『しかし、この婆さんはいつもこんな風なのに、俺はこの前気がつかなかったのかもしれない』と彼は不快な気分を抱きながら心の中で思いました。
老婆は何か考え込んだように少し黙っていましたが、やがて脇の方へ身をひくと、中へ通じるドアを指さして、客を通らせながらこう言いました。

「まあ、お入りなさい」
青年が通って行ったあまり大きくない部屋は、黄色い壁紙が貼られ、窓には幾鉢かのゼニアオイが置かれ、紗(しゃ)のカーテンがかかっていました。ちょうど夕日を受けて、かっと明るく照らし出されています。
『その時もきっとこんな風に、日が差し込むに違いない!……』
どうしたわけか、思いがけなくそんな考えがラスコーリニコフの頭にひらめきました。
彼はすばしこい視線を部屋の中にあるいっさいのものに走らせて、できるだけ家の様子を研究し、記憶しようと努めました。
しかし部屋の中には、何もとりたてて言うほどのものはありません。
家具類はひどく古びた黄色い木製品で、ぐっと曲がった背もたれのある大きな長椅子と、その前に置かれた楕円形のテーブル、窓と窓の間の壁に据えられた鏡つきの化粧台、壁ぎわの椅子が数脚、そして小鳥を持っているドイツ娘を描いた黄色い額入りの安っぽい絵――これが全部でした。
片隅には灯明が一つ、小さからぬ聖像の前で燃えています。
全体がこざっぱりとしていて、家具も床も、つやが出るほど磨き上げられ、何もかもてらてらと光っています。
『リザヴェータの仕事だな』と青年は考えました。
住まい全体どこを見ても、塵一つ見当たりません。
『因業な年寄り後家の所は、よくこんな風にきれいになっているものだ』とラスコーリニコフは腹の中で考えつづけ、次の小部屋へ通じる戸口の前に垂らしたサラサのカーテンを、好奇の念を抱きながら横目に見やりました。
そこには老婆の寝台と箪笥が置いてありましたが、彼はまだ一度もその中をのぞいたことがありませんでした。
以上二つの部屋が、この住まいの全部でした。

「で、ご用は?」
老婆は部屋へ入ると、いかつい調子で尋ねました。
そして、客の顔をまともに見ようとして、さっきのように彼のまんまえに突っ立ちました。
「質を持ってきたんですよ、これを!」
彼はポケットから古い平たい銀時計を出しました。
裏蓋には地球儀が描いてあって、鎖は鉄製です。
「でも、先の質草がもう期限ですよ。おとといで一月たったわけだから」
「じゃ、一月分の利子を入れます。もう少し辛抱してください」
「さあね、辛抱するとも、すぐに流してしまうとも、そりゃこっちの勝手だからね」
「時計の方は奮発してもらえますかね、アリョーナ・イヴァーノヴナ!」
「ろくでもないものばかり持ってくるね、おまえさん。

コメント

タイトルとURLをコピーしました