彼は全身ずぶ濡れのまま、十一時二十分という遅い時間に、ヴァシーリエフスキイ島のマールイ通り三丁目にある、許嫁(いいなずけ)の両親の狭い住まいへ入っていったのです。
彼はやたらに表の戸を叩いて、無理やり開けさせました。家族は一瞬、大パニックに陥りましたが、スヴィドリガイロフという男は、その気になればどこまでも魅力的に振る舞える人物でした。そのため、許嫁の両親が抱いた「どこかで酒をあおって、前後不覚に酔っ払っているに違いない」という推測(もっとも、かなり鋭い予想でしたが)は、彼が話し始めるとすぐに消え去ってしまいました。
気立ての優しい、しっかり者の母親は、体が弱っている父親を車輪付きの椅子に乗せて、スヴィドリガイロフのもとへやってきました。そして、いつものように遠回しな質問を始めました。この母親は、決して単刀直入に用件を切り出すことはありません。まずは愛想笑いと手もみから始まって、最終的には「アルカージイ・イヴァーヌイチは、結婚式をいつにするつもりなのかしら?」という一番聞きたい本題にたどり着くために、パリの宮廷生活について好奇心旺盛に、ほとんど貪欲といっていいほど質問を重ね、少しずつヴァシーリエフスキイ島の我が家へと話を誘導していくのでした。もちろん、普段なら彼のような人物が相手であれば、誰もがその堂々とした振る舞いに深い敬意を抱くところでしょう。しかし、今のアルカージイ・イヴァーヌイチは、どうしたわけかひどくせっかちになっていて、一刻も早く許嫁に会いたいと、まるで命令するような口調で言い出したのです。
もっとも、最初から「娘はもう寝てしまいました」と断られていたにもかかわらず、です。
それでも結局、許嫁は部屋から出てきました。アルカージイ・イヴァーヌイチはいきなり彼女に向かって、実はどうしても解決しなければならない重大な用事があり、しばらくペテルブルグを離れることになったのだと告げました。そして、さまざまな紙幣を混ぜ合わせた一万五千ルーブルという大金を、彼女の手に握らせたのです。
「ほんのつまらないものですが、結婚前に贈ろうと思っていたものです。結婚祝いとして受け取ってください」
そう彼は言いました。この突然の贈り物と、急な出発、そして夜中の雨の中をわざわざ訪ねてきたという事情の間に、どんな論理的なつながりがあるのか――もちろん、彼の説明からはさっぱり分かりませんでした。
けれど、話は驚くほどすらすらと進んでいきました。この手の場面なら必ず飛び出すはずの「まあ!」とか「あら!」といった驚きの声や、質問の数々さえ、どこか不思議なほどおとなしく、控えめになっていたのです。
その代わり、燃えるような熱烈な感謝の言葉が交わされ、それはこの上なく分別のある母親の、うれし涙によって裏打ちされました。アルカージイ・イヴァーヌイチは立ち上がると、からからと笑い、許嫁にキスをしてその頬を軽く叩きました。「すぐに戻ってくるから」と何度も繰り返しましたが、娘の目の中に子供のような好奇心と、それと同時に、何か恐ろしいほど真剣で、言葉にできないような疑念の色を見つけると、少し考え込み、もう一度彼女にキスをしました。
そして彼は、せっかくの贈り物が、世界中の母親の中でも一番の「分別」を持つこの母親の手によって、すぐに鍵のかかった箱へしまい込まれてしまうだろうと思うと、心底からいまいましい気分になりました。彼は一同をただならぬ興奮の中に取り残したまま、ぷいと部屋を出て行きました。
彼が去った後、気立ての優しい母親は、半ばささやくような早口で、すぐにいくつかの重大な疑念を解決しようとしました。
要するに、アルカージイ・イヴァーヌイチは偉い人であり、さまざまな事業に関わり、親戚や知り合いも多い金持ちなのだから――頭の中で何を考えているかなんて、誰にも分かりはしない。思い立てばどこかへ出かけるし、思い立てば大金をくれる。だから、何も驚くことはないのだ、と。
もちろん、全身ずぶ濡れだったのは奇妙だけれど、例えばイギリス人なんてあれよりもっと突飛なことをやるものだ。それに、あれほどの身分のある人は、世間で何を言われようと平気なもので、遠慮や気兼ねなどしないものなのだ。もしかしたら彼は、自分は誰だって怖くないのだということを見せつけるために、わざとあんな格好をして歩いているのかもしれない。
何より肝心なのは、このことを一言も他人に漏らさないことだ。なぜなら、これから何が起こるか分からないからである。お金は一刻も早く、しっかり鍵をかけてしまわなければならない。
それにしても、一番都合がよかったのは、女中のフェドーシャがずっと台所にいてくれたことだ。とにかく大事なのは、決して、決して、絶対に、あの海千山千のレスリッヒには何一つ知らせてはならない――等々、彼女たちは夜中の二時を過ぎるまで、座り込んだままひそひそと話し合っていました。
もっとも、許嫁の娘はもっと早い時間に床に入っていましたが、どこか呆気にとられたような、少しもの悲しいような顔をしていました。
その間、スヴィドリガイロフはちょうど真夜中にペテルブルグスキイ区を目指して、××橋を渡っていました。雨は上がっていましたが、風がごうごうと鳴り響いています。彼はぶるぶると震え出しました。
そして、ほんの一瞬、ある特殊な好奇心と、疑念の色さえ浮かべながら、小ネヴァ河の黒い水を眺めました。けれど間もなく、水の上に立っているのがやけに寒く思われてきました。彼はくるりと背を向けて、××通りへと足を向けました。
彼は暗い板敷きの歩道で何度もつまずきながら、果てしなく続く××通りをもうだいぶ長く、ほとんど三十分も歩き続けました。そして、好奇の眼差しで通りの右側を何か探し続けていたのです。
彼は最近、通りすがりにどこかこのあたりで、もう通りの外れに近いところに、木造ながら広そうな宿屋を見つけたことがありました。その名は、彼の覚えている限りでは、何か「アドリアノーポリ」といったような響きのものでした。
彼の見当は間違っていませんでした。その宿屋はこんな場末では、暗闇の中でさえ見つけずにはいられないほど、際立った目印になっていたのです。それは長い木造の黒ずんだ建物で、もう時刻も遅いというのに、中ではまだ明かりがついており、なんとなく賑やかそうな気配が漂っていました。
彼は中へ入っていき、廊下で出会ったぼろ服を着た男に部屋を尋ねました。男はスヴィドリガイロフに一瞥を投げると、ぶるっと武者震いをし、廊下の端にある、階段の下に当たる陰気で狭い部屋へと、すぐに客を案内したのです。そのほかには、もうあいにく部屋は残っていませんでした。
全部ふさがっていたのです。
ぼろ服の男は、何かを問いかけるような目つきでスヴィドリガイロフを見ました。
「茶はあるか?」とスヴィドリガイロフが尋ねました。
「ええ、できますよ」
「それから、何がある?」
「牛肉と、ウォッカと、おつまみなら」
「牛肉と茶を持ってきてくれ」
「ほかにご注文はございませんか?」とぼろ服の男は、不思議そうな顔をして尋ねました。
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