「もしあなたがわたしのことを信じていないなら、どうしてひとりでこんなところへ来るなんて、命知らずな真似ができたんですか? いったい何のためにいらしたんです? ただの好奇心からですか?」
「わたしを苦しめないで、言ってください、早く言ってください!」
「あなたがしっかりしたお嬢さんなのは、言うまでもありません。
正直なところ、あなたはきっとラズーミヒン氏に頼んで、ここまでついて来てもらうものだと思っていました。
ところが、彼はあなたと一緒でもなければ、周りにも見当たりませんでしたね。
わたしはよく見ていたんですから。
これは、かなり大胆な行動ですよ。
つまりあなたは、ロジオン・ロマーヌイチのことを守りたかったんですね。
もっとも、あなたの持っているものは、すべてが気高いものばかりですから……。ところで、あなたのお兄さんの件については、これ以上何を話せばいいのでしょう? あなたは今、ご自分で兄さんを見たばかりじゃありませんか。
まあ、どんな様子でしたか?」
「あなたはまさか、たったそれだけのことを根拠にしているんじゃないでしょうね?」
「いや、そんなことではありません。
兄さん自身が言った言葉が根拠ですよ。
現に兄さんは、二晩続けてソフィヤ・セミョーノヴナのところへ通いつめていたんです。
二人がどこに座っていたか、それは先ほどお見せした通りです。
そこで兄さんは、あのひとに一部始終を告白したんですよ。
兄さんは人殺しです。
自分で質を入れに行っていた、ある官吏の後家さんで、質屋をしているお婆さんを殺したのです。
それから、その現場に偶然居合わせた、妹のリザヴェータという古着商の女も殺してしまった。
二人とも、持参した斧で打ち殺したんです。
つまり、金品を奪うために殺したんですよ。それを実行したんです。金や、その他の品物を盗んだんです……。これを兄さんはそっくりそのまま、詳しくソフィヤ・セミョーノヴナに話したんです。
秘密を知っているのは彼女ひとりきりですが、彼女は言葉でも行動でも、殺人には一切関係ありません。
それどころか、今のあなたと同じように、ぞっとするほど驚いていましたよ。
でも、ご安心ください。彼女は決して兄さんを売ったりはしませんから」
「そんなことがあるはずないわ!」ドゥーネチカは死人のように青ざめた唇でつぶやいた。
彼女は肩で息を切らしていた。
「そんなことがあるはずがございません。
何ひとつ、これっぽっちの根拠もないはずです、動機だって少しもない……それは嘘です、嘘です!」
「兄さんは金品を奪いました。
これがいっさいの動機です。
兄さんは金と品物を盗んだんですよ。
もっとも、本人の白状によれば、金も品物も手はつけずに、どこかの石の下へ隠してしまったそうで、今でもそこにあるそうですがね。
しかし、それはただ、使う勇気がなかっただけのことですよ」
「だって、兄がものを盗んだり、強奪したりするなんて、そんなことがあっていいはずがありません! 兄はそんなこと、考えることさえできない人なんです」ドゥーニャは叫んで、椅子から飛び上がった。
「だって、あなたも兄を知っているでしょう? 直接会ったでしょう? 兄に泥棒ができるなんて、本気で思っているんですか?」
彼女はまるでスヴィドリガイロフに、必死に嘆願しているような様子だった。
自分の身の危険など、すっかり忘れてしまっていた。
「アヴドーチャ・ロマーノヴナ、こういうことには、何千、何百万もの組み合わせや分類があるものですよ。
泥棒はものを盗みますが、その一方で内心ひそかに、自分は卑劣な人間だと自覚しているものです。
ちなみにわたしは、郵便物を強奪したある高潔な人物の話を聞いたことがありますよ。いや、その男は、自分こそが本当に立派なことをしたのだと、本気で思っていたのかもしれませんね! もちろん、もしこれがただの噂話として耳に入っただけなら、あなたと同じように、わたしだって決して信じはしなかったでしょう。
しかし、現実に自分の耳で聞いた以上、信じないわけにはいかなかったのです。
兄さんはソフィヤ・セミョーノヴナに対して、ありとあらゆる原因を説明しました。彼女だって最初は自分の耳を疑っていたんです。
けれど、最後には信じざるを得なかった。自分の目を信じるしかなかったのです。何しろ、兄さん自身が、自分の口で彼女に語ったのですからね」
「いったいどんな……理由だというのですか?」
「話せば長くなりますよ、アヴドーチャ・ロマーノヴナ。
そこには、そうですね、何と言えばいいか、ある種の『理論』があるのです。
つまり、こういうわけです。
たとえば、目的さえ正しければ、多少の悪事くらいは許されるべきだという、あれと同じ理屈ですね。
一つの悪事に対して、百の善行! そのうえ、並外れて自尊心が強く、才能のある青年が、もし三千ルーブルかそこいらの金さえあれば、人生の歩みも将来もすっかり別物になるはずなのに、その三千ルーブルがないために、屈辱を味わわなければならないとしたらどうでしょう。
そこへ追い打ちをかけるように、飢えと、狭苦しい部屋と、ぼろぼろの服、自分の社会的地位のみじめさに対する明らかな自覚。それに加えて、妹や母の境遇を思う心――こうしたものが重なって生まれる焦燥を計算に入れてみてください。
しかし、何よりも一番の原因は虚栄心です。自負心と虚栄心ですよ。
もっとも、これはある意味では若いとき特有の情熱かもしれませんね……。わたしは何も兄さんを責めているわけではありませんよ。
どうかそんなふうには思わないでください。それに、わたしには関係のないことですしね。
そこにはもう一つ、独特の理論がありました。かなり筋の通った理論ですよ。それによると、人間は単なる『材料』と『特別な人間』に分類されるというのです。
後者は、高い地位にいるため、掟に縛られることはありません。それどころか、他の人間――つまり材料、塵やあくたのような連中に対して、自ら掟を作ってやるというわけです。
なに、それなりに理屈の通った理論ですよ。『その他の理論と同じような理論』です。それに兄さんは、ナポレオンにすっかり夢中でした。
というより、多くの天才が、個別の悪にこだわらず、ためらうことなく一線を越えていったという事実に惹かれたのですね。
兄さんはどうやら、自分も天才だと考えたらしい――つまり、しばらくの間、そう固く信じていたのです。
兄さんはひどく苦しみました。そして今も苦しんでいる。なぜなら、理論を考え出すことはできたけれど、ためらうことなく踏み越えていくことができなかった。だから自分は天才ではない、とそう考えたからです。
これなどは、自尊心の強い青年には、それこそ屈辱ですからね。
特に今の時代にあっては、なおさらですよ……」
「でも、良心の呵責というものはどうなるのですか? そうすると、あなたは兄に道徳的な感情がまるっきり欠けていると思っているのですね? まあ、いったい兄がそんな人間だと本気で思っているのですか?」
「ああ、アヴドーチャ・ロマーノヴナ、現代は何もかもが濁りきってしまっています。
もっとも、今までだって、特別にきちんとしていたわけではありませんがね。
初級翻訳・罪と罰 第207話
ドストエフスキー
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