初級翻訳・罪と罰 第46話

ドストエフスキー

自分じゃ何にもわかっていないくせにさ。だけど、僕はもちろん、大いに応援してやってるよ」それでな、ここにはドイツ語の原文が二冊分ほどあるんだ。僕に言わせりゃ、ひどく馬鹿げた山師みたいな論文なんだけどね。手っ取り早く言えば、「女は人間なのか、それともそうじゃないのか」っていう問題を研究してて、最後にはもちろん、堂々たる理屈で「人間である」って証明しているのさ。
ヘルヴィーモフはこれを婦人問題の本に仕立てようとしていて、僕が翻訳を引き受けたってわけだ。
先生、この二冊半ばかりの代物を、六冊分くらいに引き延ばして、ページ半分も埋まるような大きなタイトルをつけて、五十カペイカで売り出すんだよ。
それで立派に商売が成り立つんだぜ! 僕は翻訳料として一冊分で六ルーブリもらうから、全部で十五ルーブリ手に入る計算なんだけど、もう六ルーブリは前借りしちゃった。
これが終わったら、次はクジラの本の翻訳を始めるつもりさ。
それから『懺悔録』の第二部の中からも、思い切ってくだらない無駄話を削っておいたから、これもそのうちに訳す予定だよ。
誰だったかヘルヴィーモフをつかまえて、「ルソーは一種のラジーシチェフ(十九世紀初頭に現れたロシアの先駆的思想家で、農奴制度に世間の注目を集めた第一人者)だ」なんて言ったからさ。
僕はもちろん反対なんかしない。
あんなやつ、どうだって勝手にしやがれってんだ! そこでだ、君も『女は人間なりや』の一冊目を訳してみないか? やる気があるなら、今すぐテキストを持っていきなよ。
ペンも紙も持っていくといい――みんな官費だからね――それから、三ルーブリも持っていっていいよ。
僕は一冊目の分と、二冊目の分もすっかり前借りしちゃったから、三ルーブリは当然、君のものになるわけさ。
その一冊分を済ませば、また三ルーブリ受け取れるぜ。
ああ、それからな、これは僕が君に何か恩でも着せているなんて、そんなふうには思わないでくれよ。
それどころか、僕は君が入ってきた途端に、「こいつは僕にとって、ありがたい助っ人になってくれるな」って心の中で決めたんだよ。
第一に、僕は正字法が苦手だし、第二に、ドイツ語の方だって全然ヘナチョコだから、まあどっちかと言えば、自分で創作する部分の方が多くなるんだ。
もっとも、その方がかえって良くなるもんだから、それを慰めにしてはいるけどね。
しかし、ことによったら良くなるどころか、悪くなっているかもしれない。
そんなこと、誰にも分かりっこないさ……君、引き受けるか、どうする?」

ラスコーリニコフは無言のままドイツ語の論文を取り上げ、三ルーブリを手にすると、一言も口をきかないで、ぷいと部屋を出てしまった。
ラズーミヒンはあっけにとられて、そのあとを見送っていた。
が、一丁目のところまで来ると、ラスコーリニコフは急に踵を返し、またラズーミヒンの部屋へと戻っていった。
そして、ドイツ語のテキストと三ルーブリをテーブルの上へ置くと、またもや一言も発さずに、さっさと出ていってしまった。
「君はいったい脳炎でも患っているのか!」とうとうラズーミヒンは、かんかんになって怒鳴りつけた。
「なんだってそんな道化芝居を打ってみせるんだ! 僕でさえ面食らわされるじゃないか……それくらいなら、なぜやって来たんだ、ちくしょう!」
「いらない……翻訳なんか……」と、ラスコーリニコフは階段を降りながら、こうつぶやいた。
「じゃあ、いったい貴様は何が欲しいんだい!」とラズーミヒンは上から怒鳴った。
相手は黙々と階段を降り続けた。
「おおい! 君はいったいどこへ行くんだ!」
答えはない。
「ちっ、そんなら勝手にしやがれ!……」
しかし、ラスコーリニコフはもう通りへ出ていた。
ニコラエフスキイ橋の上で、きわめて不愉快な出来事があり、彼はもう一度はっきりと我に返った。
ほかでもない、ある幌馬車の御者が三度も四度も怒鳴りつけたにもかかわらず、彼が危うく馬の首の下へ入り込みそうになったので、鞭でピシッと背中を叩いたのである。
鞭の打撃は、彼の心に激しい憤怒を呼び起こした。
彼は欄干の方へ飛びのいて(なぜ歩道ではなく、車道になっている橋の真ん中を歩いていたのか、それはまるで分からない)憎々しげに歯を食いしばり、ギリギリと鳴らした。
あたりには言うまでもなく、どっと笑い声が起こった。
「いい気味だ!」
「どっかのやくざ野郎め」
「分かり切ってるさ、酔っぱらいの真似をして車の下に敷かれようとして、『さあどうしてくれる』って言いたい口さ」
「それが商売なんでさ、お前さん、それが商売なんでさ……」
けれどその時、彼はまだ依然として欄干の脇に立ったまま背中をさすりながら、しだいに遠ざかって行く馬車のあとを、無意味で毒々しい目つきで見送っていた。すると、ふと誰かが手に金を握らせてくるのに気がついた。
見ると、それは頭巾をかぶって山羊革の靴をはいた、もう年配の商家の女房で、そばには帽子をかぶって緑色のパラソルを持った女の子がいた。
たぶん娘なのだろう。「お受け取りください、おじさん。キリスト様のためにね」

彼はそれを受け取った。二人はそのまま通り過ぎていった。
手渡されたのは二十カペイカの銀貨だった。二人は、彼の身なりや様子を見て、彼を完全なホームレス、街角にいる本物の物乞いだと思い込んだらしい。二十カペイカもの大金を奮発したのは、あの鞭打ちの光景が、その女性に哀れみの心を呼び起こしたからに違いない。

彼は二十カペイカ銀貨を手に握りしめたまま十歩ほど歩くと、宮殿が見渡せるネヴァ川の流れの方へ顔を向けた。空には雲ひとつなく、水面はほとんどコバルト色をしていた。ネヴァ川としては珍しい光景だった。橋の上から眺めると、寺院の黄金のドームが、礼拝堂から二十歩ほど離れたこの場所から見るほど鮮やかに浮かび上がる地点は他にない。いま、そのドームはまばゆい光を放ち、澄み切った空気を通して、装飾の一つひとつまでがはっきりと見て取れた。

鞭で打たれた痛みは引き、ラスコーリニコフは打たれたことなどすっかり忘れてしまった。ただ一つ、不安で、まだ形のはっきりしない想念が、いま彼の心を完全に支配していた。彼はじっと立ったまま、長いあいだ瞳を据えて、はるかかなたを見つめていた。ここは彼にとって、とても馴染み深い場所だった。大学に通っていた頃、たいていいつも――といっても、おもに帰り道のことだが――かれこれ百回くらいは、ちょうどこの場所に立ち止まって、この真に壮麗な景色をじっと見つめたものだった。

そして、そのたびにある一つの、ぼんやりとした、言葉では説明できないような感覚に驚かされていた。いつもこの壮麗な景色が、なんとも言えないうそ寒さを吹きつけてくるのだった。彼にとって、この華やかな光景は、口も耳もないような、どこか不気味なものに満ちているように感じられた……彼はそのたびに、自分でもこのしつこく謎めいた感覚に驚かされていた。そして、自分自身の感覚を信じきれないまま、その解釈を未来へと先送りしていたのだ。

ところが、いま彼は急に、そんな昔の疑問や不思議な気持ちを、くっきりと鮮やかに思い起こした。

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