初級翻訳・罪と罰 第133話

ドストエフスキー

あの人はコンコンと咳をしながら、道行く人に施しを求める。そして今日のように、どこかの壁に頭をぶつけ始める……子供たちは泣き叫び、やがてあの人は倒れて警察へ運ばれる。それから病院に送られて、そのまま死んでしまう。では、子供たちは……」

「ああ、違います……そんなことは神様がお許しになりません!」
締め付けられるようなソーニャの胸から、やっとのことでその言葉がほとばしり出ました。
彼女は言葉にできない哀願を込めて両手を合わせ、まるで運命のすべてが彼の意志ひとつで左右されるかのように、祈るような目つきで彼を見つめ、じっと耳を傾けていました。

ラスコーリニコフは立ち上がり、部屋の中を歩き始めました。
一分ほどが過ぎました。
ソーニャは深い悩みに押しつぶされそうになり、手と首をぐったりと垂らしたまま、そこに立ち尽くしていました。

「貯金することはできないのですか? 万が一の時のために用意しておくことは?」ふいに彼女の前に立ち止まり、彼はそう尋ねました。

「いいえ」とソーニャはささやきました。

「もちろん、無理でしょうね! しかし、やってみたことはあるのですか?」と、彼は少しあざけるような調子で付け加えました。

「やってみましたわ」

「そして、持ちこたえられなかったんですね! いや、そんなことは分かりきった話だ! 聞くまでもなかった!」
彼は再び部屋の中を歩き出しました。
また一分ほどが過ぎました。「……毎日もらえるわけじゃないんでしょう?」

ソーニャは、さっきよりもいっそう動揺した様子でした。
ふたたび、パッと顔を赤く染め上げます。
「いいえ」彼女は、せつない努力を振り絞るように、ささやきました。

「ポーレチカも、お前と同じ運命をたどることになるんだろうな」
ラスコーリニコフは、だしぬけにそう言いました。

「いいえ! いいえ、そんなことあるはずがありません、そんなの違います!」
ソーニャは死にもの狂いの様子で叫びました。まるで、誰かに不意打ちで刀で切りつけられたかのような叫び声でした。
「神様が、神様が、そんな恐ろしい目にはあわせません!」

「だって、ほかの人たちはみんな、そんな目にあっているじゃないか」

「いいえ、いいえ! あの子は神様が守ってくださいます、神様が……!」
彼女は我を忘れて、何度も同じ言葉を繰り返しました。

「だが、もしかすると、その神様さえ、どこにもいないのかもしれないよ」
ラスコーリニコフは、どこか意地悪な快感を覚えながら、笑みを浮かべて彼女の顔をのぞき込みました。

その瞬間、ソーニャの顔に恐ろしい変化が走りました。顔じゅうがぴりぴりとひきつったのです。
言葉では言い表せないほどの非難の色を浮かべて、彼女は彼をじっと見つめました。
何かを言いたそうに口を動かしましたが、一言も声が出ません。ただ両手で顔を覆い、なんともいえない悲痛なすすり泣きを始めました。

「君は、カチェリーナ・イヴァーノヴナの頭がめちゃめちゃになりかけていると言ったけれど、君自身の頭だって、もうめちゃめちゃになりかけているんだよ」
しばらく無言の時間が流れたあと、彼はそう言いました。

それから五分ほどが過ぎました。
彼は相変わらず黙ったままで、彼女の方を見ないようにしながら、部屋の中をあちこち歩き回っていました。
やがて、彼はふいに彼女のそばへ歩み寄りました。
彼の目はギラギラと光っていました。

彼は両手でソーニャの肩を押さえつけ、じっとその泣き顔を見つめました。
彼のまなざしは乾ききっていて、それなのに燃えるように鋭く、唇はわなわなと激しく震えていました……。
突然、彼はすばやく全身をかがめると、床にひざまずき、彼女の足にキスをしました。

ソーニャは愕然として、まるで相手が狂人か何かのように、彼から一歩あとずさりしました。
実際、彼の目は完全に狂人のそれでした。
「あなた、何をなさるんです、何をなさるんです? わたしなんかの足元に!」
彼女は真っ青になってつぶやきました。
その瞬間、彼女の心臓は、痛いほど強く、締め付けられました。

彼はすぐに立ち上がりました。
「僕は、お前に頭を下げたのじゃない。僕は、人類全体の苦痛の前に頭を下げたのだ」
彼はどこかよそよそしい声でそう言うと、窓の方へ離れていきました。

「実はね」
一分ほどして、また彼女のそばへ戻ってくると、彼はこう付け加えました。
「僕さっき、ある無礼なやつに言ってやったんだ。そいつなんかの命は、お前の小指一本の値打ちもないってね……それから、今日僕が妹をお前と並んで座らせたのは、妹に光栄を与えたわけなんだ」

「まあ、あなた、何をおっしゃったんですか! しかも妹さんの前で?」
ソーニャはおびえたように叫びました。
「わたしと並んで座るのが! 光栄ですって! だってわたしは……汚れた女じゃありませんか……ああ、あなたはなんてことを!」

「僕は、お前の不名誉や罪悪に対してそう言ったんじゃない。お前の抱える『偉大なる苦痛』に対してそう言ったんだ。
とはいえ、お前が偉大なる罪人であることは、たしかにその通りだ」
彼は感激に満ちた調子で言い足しました。

「お前が罪人なのは、何よりもまず、自分を殺し、自分を売り飛ばして、何の役にも立たないことをしているからだ。これが恐ろしいことでなくて何だろう! そうさ、自分自身がこれほど憎んでいる泥沼の中に住んでおきながら、少し目を凝らせば、こんなことをしたって誰の助けにもならないし、どんな不幸を救うことにもならないと、自分でもちゃんとわかっているんだろう。これが恐ろしいことでなくて何だろう!
それに、どうしても聞きたいことがある」
彼は、狂気にも近い勢いで言いました。
「どうしてそんな汚らわしい卑しいことと、それとは正反対の聖なる心が、ちゃんと両立していられるんだ? いっそ真っ逆さまに水の中へ飛び込んで、一思いに片付けてしまったほうが、ずっと正しい。千倍も正しくて、賢いやり方じゃないか!」

「……じゃあ、あの人たちはどうなりますの?」
ソーニャは悩ましげに、けれど彼の問いかけに驚く様子もなく、ちらりと彼を見上げて、弱々しい声でそう問い返しました。

ラスコーリニコフは不思議な顔をして彼女を見つめました。
彼は、彼女のまなざしひとつで、すべてを悟りました。
つまり、この考えは、彼女自身もずっと前から抱いていたことだったのです。
もしかすると彼女は、何度も何度も絶望のあまり、どうすれば一思いに片付けてしまえるだろうかと、真剣に考えたことがあったのかもしれません。いま彼が口にした言葉を聞いても、彼女がさして驚いた様子を見せなかったのは、おそらく彼女自身もそれについて真剣に考えたことがあったからだろう。
彼女は彼が放った言葉の残酷さにも気づいていなかった。(彼の非難の意図や、彼女が置かれている汚れきった境遇に対する彼独特の捉え方など、彼女が理解できていないことは、彼自身もよく分かっていた)。
しかし、この卑しく恥ずべき境遇を思う心が、ずっと以前から彼女を悪夢のように激しく苦しめ、さいなんでいたことだけは、彼にも痛いほど理解できた。

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