初級翻訳・罪と罰 第153話

ドストエフスキー

ご幸福を祈ります』……まあ、そうした種類の手紙はこんな風に書くもんですよ!」

「そのテレビヨーワってのは、君がいつか三度目の自由結婚をやったとか言ってた、あの女じゃありませんか?」

「いや、厳密に判断すれば、やっと二度目ですよ! しかし、よしんば四度目であろうと、十五度目であろうと、そんなことはくだらない枝葉の問題ですよ! わたしなんか、いつか自分の両親が死んだのを悔んだことがあるとすれば、それはもう言うまでもなく今です。もしもまだ両親が生きていたら、それこそプロテストでもって、うんと心胆を寒からしめてやったものをと、そんなことを何度空想したかもしれないくらいです! わざとでもそうしたはずですよ……子供はいわゆる『切り離されたパンのきれ』で、親のふところへ戻りっこないなんて、ちょっ、そんな旧式の消極主義はだめです! わたしは親たちに思い知らせてやったんだがなあ! びっくりさせてやったんだがなあ! まったく、誰もいないのが残念ですよ!」

「びっくりさせるためにですか? へ、へ、それはどうでもお好きなように」とルージンはさえぎった。「それより、一つお尋ねしたいことがある。あなたはあの亡くなった役人の娘を知っているでしょう、あの貧相なひ弱そうな女! あの娘のことでみんなが言っているのは、全く事実なんですかね、え?」

「それがいったいどうしたんです? わたしに言わせると、つまりわたし一個の確信によると、あれは女としてもっともノーマルな状態ですよ。なぜあれがいけないんでしょう? つまりディスタンギュオン(特性)なんですものね。現在の社会では、そりゃもちろん、全然ノーマルとはいえません。現在は強制的なものですからね。しかし未来の社会では完全にノーマルなものになります。なぜなら、自由な行為なんですもの。それに、今だってあの娘はその権利を持っていたんです。あの娘は苦しんだが、それはあの女の基金、つまり資本で、あの娘はそれを自由にする権利があったんですよ。もちろん、未来の社会では、基金も不必要になるでしょうが、あの娘の役割は別の意味を付せられるようになり、整然とした合理的な条件を与えられるでしょう。ところで、ソフィヤ・セミョーノヴナ一個に関しては、現在わたしは彼女の行為を社会制度に対する勇敢な、具象化された反抗と見ています。そして、このために彼女を深く尊敬しているのです。彼女をながめていると、喜びを感じるくらいです!」

「だが、この家からあの娘をいびり出したのは、ほかでもない君だってことを聞きましたぜ?」

レベジャートニコフは猛烈な勢いで怒り出した。「そらまた中傷だ!」と彼は絶叫した。「真相はまるで、まるで違っています! それこそ話が違いますよ! それはみなカチェリーナ・イヴァーノヴナが何もわからないもんだから、あの時でたらめを言ったんです! それに、わたしはけっしてソフィヤ・セミョーノヴナをねらったことなんかない! わたしは全くそういう野心なしに、ただもうあの女に反抗の意識を呼び起こそうと努力し、彼女の精神発達を志したきりです……わたしにはただ反抗が必要だったんです。それに、ソフィヤ・セミョーノヴナ自身が、もうこの家にいられなくなったんじゃありませんか!」

「じゃ、共産団へでも入れとすすめたんですかね!」

「あなたは始終ひやかしてばかりいらっしゃる。しかも、それがはなはだまずいんですよ。失礼ながらご注意しておきます。あなたはなんにもおわかりにならないんです! 共産団にはそんな役割はありません。共産団はそんな役割をなくするために設立されているんですよ。共産団になると、この役割は現在の本質をすっかり変えてしまいます。そして、ここで愚劣だったものも、あちらでは賢明なものになる。ここで、現在の状態では不自然なものも、あちらではきわめて自然なものになる。万事はすべて、人間がいかなる状況の中に、いかなる環境の中にいるか、で左右されるものです。すべては、環境のいかんにかかっているので、人間そのものは問題じゃないのです。」「ソフィヤ・セミョーノヴナとわたしは、今でも円満に交際していますが、これで見ても、彼女がまだ一度もわたしを自分の敵だとか、侮辱者だとかいう風に思わなかった、立派な証拠じゃありませんか。
わたしは彼女に共産団入りをすすめていますが、ただしそれはぜんぜん、ぜんぜん別な基礎の上に立つ共産団です! あなた何がおかしいんです? 今われわれは従前のものよりいっそう広い基礎の上に、自分自身の特殊な共産団を創立しようとしているのです。
われわれは信念の点からいって、さらに一歩進んでいるのです。
われわれはさらに多くを否定するものです! もしドブロリューボフが棺の中からよみがえってきたら、わたしは彼と一論争したでしょう! ベリンスキイなんか一ぺんでやっつけてやりますよ! がまあさしあたり今のところ、ソフィヤ・セミョーノヴナの啓発を続けますよ。あれは実に実に美しい性質の持主です!」

「ふん、つまりその美しい性質を利用しようってんでしょう、え? へ、へ!」

「けっして、けっして! けっしてそんな! まるで反対です!」

「ふん、まるで反対もすさまじい! へ、へ、へ! よく言ったもんだね!」

「ほんとうですというのに! いったいどんな理由があって、あなたに隠す必要があるんでしょう、まあ考えてもごらんなさい! それどころか、わたしは自分でも不思議なくらいなんですよ――わたしとさし向かいになると、彼女はなんだかとくべつ固くなって、恐怖に近いほど純潔なはにかみやになるんですからね!」

「それで君が大いに啓発してるわけなんでしょう……へ、へ! まあ、そういう羞恥なんて無意味なものだと、証明してやってるんでしょうな?……」

「まるで違います! まるで違います! あなたはまあなんてがさつに、なんて愚劣に――いや、これは失礼――啓発という語を解釈していらっしゃるんでしょう! あなたはなあんにもおわかりにならないんだ! ああ、驚いた、あなたは実にまだ……できていないんですねえ! 我々は女性の自由というものを求めているのに、あなたの頭にあるのはただ……わたしは女性の純潔とか羞恥とかいう問題は、それ自体無益な偏見だと思うから、頭から問題にしないことにしていますが、彼女がわたしに対して純潔な態度を持しているのは、十分に十分に認めてやります。なぜって、そこに彼女の意志と権利の全部があるからです。もちろん、もし彼女が自分からわたしに向かって『あなたと一緒になりたい』と言えば、わたしは自分を非常な幸運児と考えるでしょう。わたしはあの娘がとても気に入ってるんですからね。しかし今のところ、少なくとも今までは、わたし以上に礼儀ただしくいんぎんに彼女に対し、彼女の価値に尊敬を示した人間は、かつて一人だってありゃしませんよ……わたしは待っているんです、望みをかけてるんです――ただそれだけです!」

「君それより何かあの女に贈物をしたらいいでしょう。僕は賭けでもするが、君はまだこのことを考えもしなかったに違いない」

「今も言ったことだが、あなたはなあんにもわからないんですね! そりゃもちろん、彼女の境遇はそういったものに違いないです。

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