「あらまあ、あれは隣のアフロシーニュシカじゃないか!」どこからか、泣き叫ぶような女の声が聞こえました。
「皆さん、助けてください! 誰か引き上げて!」
「ボートだ! ボートを持ってこい!」と群衆の中で誰かが叫びました。
けれど、もうボートを待つ必要はありませんでした。
一人の巡査が河岸の石段を駆け下りると、上着と長靴を脱ぎ捨て、いきなり水の中へ飛び込みました。
救助はとても簡単でした。女は石段から二歩ほどのところを流れていたので、巡査は右手で女の服をつかみ、左手で仲間が差し出した竿をしっかりと握りました。
こうして女はすぐに引き上げられ、石段の花崗岩(かこうがん)の上に寝かされました。
彼女はすぐに正気を取り戻して身を起こすと、ペタンと座り込み、両手で濡れた服を無意味にこすりながら、くしゃみをしたり、鼻をフンフン鳴らしたりし始めました。
彼女は一言も喋りませんでした。
「お酒の飲みすぎですよ、皆さん、飲みすぎなんです」今度はアフロシーニュシカのそばにいた、先ほどの女の声が言いました。
「この前も首をくくろうとして、やっと縄から下ろしたばかりなんですよ。
私は買い出しに行っていたので、娘にそばで見張らせていたのに――もう、こんな騒ぎを起こして! この近所に住んでいる町内の人間なんです。あそこの端から二軒目の……」
群衆は少しずつ散っていきました。
巡査たちはまだ女の世話を焼いていました。誰かが「警察へ……」などと言い合っています。
ラスコーリニコフは、そのすべてをひどく冷淡で、無関心な様子で眺めていました。
彼は、なんだかひどく嫌な気分になってきました。
(いや、こんなことは汚らわしい……水は……ダメだ)と彼は心の中でつぶやきました。
(何事もなかったんだ)と彼は付け加えました。
(何も待つことはない。警察がどうのこうのと言っていたが、あれはどういうことだ? 警察は九時過ぎには開いているはずなのに……)彼は欄干に背を向け、あたりを見回しました。
(ふん、それがどうした! それもいいじゃないか!)彼はそう強く自分に言い聞かせると、橋を離れて警察署の方角へと歩き出しました。
彼の心はうつろで、からっぽでした。
何も考える気力が湧いてきません。
悲しみも消え失せ、あの「すべてを終わらせよう」と家を出た時の意気込みも、跡形もなくなっていました。
代わりに、深い無関心が心を満たしていました。
(なに、これだってひとつの結末だ)と、彼は濠端の通りを歩きながら、静かに、そして物憂げに考えました。
(とにかく終わらせるんだ。そうしたいんだから……だが、本当にこれが結末か? いや、どうだっていい! わずかな空間があればいい――へっ! しかし、いったい何の終わりなんだろう? 本当にこれが終わりなのか? 俺はあいつらに白状するのか、それとも……ええい、くそっ! 第一、俺はひどく疲れているんだ。どこでもいいから、少しでも早く横になるか、座り込みたい! 何より恥ずかしいのは、すべてがあまりにも馬鹿げているってことだ。だが、それも知ったことか。ああ、なんてくだらないことが次から次へと頭に浮かんでくるんだ……)
警察署へ行くには、このまま真っ直ぐ進んで二つ目の角を左に曲がらなければなりませんでした。そこから警察署まではすぐそこです。
しかし、最初の角までやってきたとき、彼は立ち止まって少し考え、そのまま横道へとそれてしまいました。そして彼は、二つ先の通りまで大回りをして歩き続けました。なぜそんなことをしたのか、本人にも分かりません。ただ、せめてあと一分でも先延ばしにして、心の準備を整えたかったのかもしれません。
彼は地面ばかりを見つめて歩いていました。
すると突然、耳元で誰かが何かをささやいたような気がしました。
ハッとして顔を上げると、いつの間にか彼は、あの家のすぐそば、しかも門の目の前に立っていたのです。
あの事件の晩以来、彼はこの場所へ来たこともなければ、わざと避けて通り過ぎることさえありませんでした。
しかし、言葉では言い表せない強烈な衝動が、彼を抗いがたい力でそこへ引き寄せたのです。
彼は家の中へ足を踏み入れ、門の下を通り抜けました。そして右手にあるいつもの入り口をくぐると、見覚えのある階段を四階へと上り始めました。
狭くて急な階段はひどく薄暗い場所でした。
彼は踊り場ごとに立ち止まっては、何だか珍しいものを見るような目つきで辺りを見回しました。
一階の踊り場では、窓枠がすっかり取り外されていました。
「あの時は、こんなことにはなっていなかったはずだ」と彼は考えました。
やがて、ミコライとミトレイが仕事をしていた、あの二階のアパートの前を通りました。
「鍵がかかっているな。戸も新しく塗り直されている。……つまり、いよいよ誰かに貸すことにしたんだな」
さらに三階、そして四階へとたどり着きました。「ここだ!」と、彼は不思議な驚きに包まれました。
部屋のドアが全開になっていて、中には人がいるらしく、話し声が聞こえてきたのです。まったく予想外の出来事でした。
少し迷いましたが、彼は最後の数段を上りきり、そのまま部屋の中へと入って行きました。
この部屋もまた、新しくリフォームされていました。
中には職人たちがいて、彼らもまた、突然現れたラスコーリニコフを見てギョッとしたような顔をしました。
彼はなぜか、この部屋が事件当時のままの姿で、床の上にはまだ死体が転がっているのではないか、というような気がしていました。
ところが実際に行ってみると、壁は裸同然で、家具は一つもありません。
なんだか変な気分です! 彼は窓際へ歩いていき、窓枠に腰を下ろしました。
職人は全部で二人。どちらも若者で、一人は少し年上で、もう一人はずっと若造でした。
彼らは、以前の黄色く汚れた壁紙を剥がして、薄紫色の花模様がついた新しい白い紙を壁に貼っている最中でした。
ラスコーリニコフは、なぜかその新しい壁紙がひどく気に入らない様子です。
何もかもが塗り替えられてしまうことを惜しむかのように、彼は敵意を込めた鋭い目で、その新しい壁紙をじろじろと眺めていました。
職人たちは作業が遅れていたのか、大急ぎで道具を片付け、帰る準備をしているようでした。
ラスコーリニコフが部屋に入ってきたことなど、彼らにとってはさほど気にするほどのことでもなかったようです。
二人は仕事の手を止めず、何か話を続けていました。ラスコーリニコフは腕組みをして、その会話に聞き耳を立てました。
「あの女がさ、ある朝おれのとこへやって来たんだよ」と、年上の男が若い方に言いました。
「ものすごく早起きして、めいっぱい着飾ってさ。『おいおい、なんでそんなに人前でデレデレしてるんだ。なんでそんなにベタベタすりゃ気が済むんだい?』って言ってやったんだ。そしたらやつめ、『ねえ、チート・ヴァシーリッチ、私これから先ずっと、あなたに自由にしてほしいのよ』なんて言いやがった。まったく、どういうことだよ! しかも、その服装といったら、雑誌から抜け出してきたみたいに派手だったんだぜ!」
「おっさん、雑誌ってなんだい?」と若い方が尋ねました。彼はどうやら、この年上の男から世の中のことを教わっているようでした。
初級翻訳・罪と罰 第70話
ドストエフスキー
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