初級翻訳・神州天馬侠 第166話

吉川 英治

天目山や仙元峠などから一目で見通されるような縄張りはせぬ!」
鼻かけ卜斎は、流れるような弁舌でとうとうと一気にまくしたてました。
卜斎の素性を知らず、彼をただの鏃(やじり)鍛冶だとばかり思っていた大久保長安の家来たちは、あまりの雄弁さに少し呆気にとられています。
しかし、卜斎の返答は口先だけで、ところどころうまく誤魔化しているのが腹立たしいと感じた村上賛之丞は、少し熱くなってこう言い放ちました。
「ならば問おう」と開き直り、
「今の縄張りによれば、多摩の長い流れを唯一の頼みとし、武蔵野の平地と上流の敵にのみ備えているように思える。だが仮に、御岳の裏にあたる御前山へ奇兵を差し向け、西風に乗じて火を放てば、前方の険しい地形は城兵の墓穴となり、砦も自滅するほかあるまい。いかがか?」
と、鋭く突っ込みました。
卜斎はカラカラとあざ笑って言いました。
「お若い、お若い! 築城の縄張りをするにあたって、後方の備えを考えぬ者などおろうか」
「しからば、火攻めの防ぎは?」
「要所を伐採するまでのことだ」
「樹木を伐れば、城の生命線である水の水源が枯れる恐れがある」
「扇縄の一角に、雨水を蓄えておくまでのこと」
「夏のひどい日照りに、もし籠城することになれば?」
「掛樋(かけひ)を使って裏山から秋川の水を引くときは、城の水が枯れることはあるまい」
「兵法にいわく、『天からの水に頼る城は危うく、人工の水に頼る名城も保つべからず』。人体の血脈ともいえる大事な城の水を、掛樋で引くなどというのは築城の逆法だ!」
「いや、逆法ではない」
「逆法と存ずる!」
「貴殿が尊奉する越後の天鼓流では、まだ作事や築工に時勢遅れのところがあるゆえ、それを逆法と思われるかもしれぬが、自分の信ずる越前の……」
と言いかけて、卜斎はグッと詰まりました。
――越前北ノ庄の城を実際に築いた我が八風流では! と、ここで大見得を切って威張りたかったところですが、なぜか顔を真っ赤にして絶句してしまったのです。
それを口にすれば、柴田勝家の遺臣という自分の前身が暴露してしまいます。
滅びた柴田の残党をまだ狙っている者も多く、ことに豊臣家の者がいる場所でそれを言うのは禁物でした。
賛之丞はここぞとばかりに、矢と軍扇を握りしめながら「ご自身の信ずる流派は何だ!」と攻め立てました。
「う……」と卜斎はますますタジタジになり、「いや、わしは信じる」
「何をだ」
「逆法ではない。決して。逆法とは言わせん」
とすこぶる曖昧に誤魔化しましたが、その態度は狼狽しているのがありありと見えました。静かだった空気を破って、ドッと嘲笑がわき起こり、強情な卜斎もついに、半分欠けている小鼻の脇へタラタラと脂汗を流してしまいました。

二

「築城論、打ち切り!」
奉行の声がかかったので、卜斎はからくも引き分けの体裁で下がりましたが、群衆は正直なものです。村上賛之丞の陣営に向かって歓声を浴びせました。
八車流の築城家・牧野雷堂と、月花流の柳川左太夫。
この二人の論争も、細かな築城法の意見が衝突し、城の間道埋設の要点でかなり火花を散らしましたが、ついに八車流の敗北となり、月花流の熊本方は白扇を振って勝ちどきを上げました。
ですが、見物人たちは少々退屈していました。
築城試合も、実際に縄張りの早さでも腕比べをしてくれればありがたいが、議論だけでは少し難しすぎて肩が凝るぞ、という顔つきです。
ところが――。その直後、万雷のような拍手がわき起こりました。相州鎌倉地福寺の学僧で、一刀流の剣の名手として名高い慈音(じおん)というお坊さんの姿が見えたからです。

「対戦相手は誰だ?」
「心貫流の丸目文之進だろうか」
「いや、吉岡流の祇園藤次じゃないか」
「なに、諸岡一羽なら慈音とちょうどいい勝負だ」
そんなふうに観衆から評判が飛び交い、会場はいっきに活気づきました。

ところが、西側の鯨幕(くじらまく)がサッと開かれると、すらりと現れたたくましい男の手には、遠目にもチカッと光る本物の槍が握られていました。

「笹の才蔵だ! 笹の才蔵だ!」

誰からともなく名前が呼ばれます。山崎の合戦で、敵の首を腰につけきれず、笹に刺して持ち帰ったという伝説から、「可児(かに)」という本名よりも「笹の才蔵」の名で庶民には親しまれています。秀吉の命を受け、井上大九郎、真田源次郎と共に、わずか三人で豊臣家を代表してやってきた可児才蔵その人です。

才蔵の槍は黒樫の柄で、宗旦(そうたん)仕上げの美しいもの。抜き身であり、今にも水が滴りそうなほど鋭い輝きを放っています。それを手にして、涼しげな顔で歩いてくる姿。白布の汗止めをきっちりと後ろで結び、袴を高くたくし上げた姿は、群衆の目にとても涼しげに映りました。

二人は黙礼しました。地福寺の慈音と笹の才蔵。慈音はもちろんお坊さんの姿です。手には、タラリと長い木剣を持っています。木剣といっても、枇杷の木で作られた二尺八寸の薄刃ですから、それは真剣とほとんど変わりません。

ひょっと脇見をしていた人が目を戻すと、もうそこには砂がパッと舞い上がっていました。才蔵は槍を低く構えて慈音に迫ろうとし、慈音の眼差しは中段に構えた枇杷刀の峰にじっと据えられています。見物人たちはハッと息をのんだのですが、その瞬間、あちこちの幕の内側から、ワーッという侍たちの声が上がりました。

槍術の使い手の側と、剣術の側の者たちが、自然と自分たちの仲間に向けて発した声援のようでしたが、それも一瞬でピタリと静まりました。

おお、その時です!
才蔵の手がサッと槍を隠しました。見えているのは指と穂先だけです。
パン! と慈音の肩の上で突然、乾いた音が響きました。

槍は高く伸び、一条の光となって斜めに打ち合わされました。才蔵の手さばきはあまりに素早い。ブンッと唸った二度目の突きは、先ほどより槍の寸法が倍に伸びたかのように、慈音の胸板へ向かって走りました。

「かッ!」
口を結んだ慈音は、突きをかわした途端に、まるで黒い鸞(らん)が舞ったかのように刀を振りかざして、才蔵の手元へ飛び込みました。

しかし! 遅かったのです。
笹の才蔵は後ろへ身をひらりとかわし、白い槍の穂先が墨染の袖を掠めて、慈音の利き手を狂わせました。
明らかに勝負ありです。敗れた慈音は、衣紋を正して控えの場所へ下がりました。

にわかに剣術組が騒ぎ出しました。試合目付を通じて、笹の才蔵へもう一勝負と申し込みます。愛洲陰流の疋田浮月斎が雪辱を果たすべく挑みましたが敗れ、香取流の某(なにがし)もまた敗れました。いよいよ試合がこじれ、この結末が何かただならぬ凶事を招くのではないかと案じられるほど、一種の殺気が群衆の心理を圧倒し始めました。四番試合、五番試合を要求する者も、それをぼんやり眺めている者も、なんとなく荒っぽい気分に熱くなっていきました。

「少し面白くなってきたな」
「うむ、こうこなくっちゃ御岳の兵法大講会らしくない」
そう言ってニッコリと顔を見合わせていたのは、会場の一角にいて、周囲のどよめきを愉快がっていた忍剣(にんけん)と龍太郎でした。

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