チョン、チョン、チョン。
そこで一寸法師は、象の背中へくるりとしゃっちょこ立ちをしました。
かと思うとまたまたくるりと起き上がり、行列を見かえって、
「オーケストラ、ゴォー。
行列, 進めー……」
三
鍛冶屋の新吉は、頭ががーんとするほど、うちょうてんになり、今の曲馬団について、何でもかまわず、めちゃくちゃにしゃべってみたくなりました。
けれど仕事の最中に一言でもよけいなことを口に出したら、親方の金づちがごつんと飛んで来ます。
仕方なく新吉は、大金づちを力いっぱいふり上げて、トッテンカン、トッテンカンと打ちおろしていました。
そうして、曲馬団の楽隊の音が、遠く町はずれへ消え去ってから、ようやく頭の中がしずまりました。
鍛冶屋の仕事は、夕方暗くなってからやっとしまいます。
その仕事のしまわないうちに、役場|裏の大テントの方からは、はたして、曲馬の楽隊が鳴りひびいて来ました。
そうして遠くからきこえて来る楽隊の音は、また何ともいえない、やわらかい静かないい調子となってひびいて来ます。
クラリオネットとラッパの音とが、離れたりもつれたり、何か見知らぬ遠い国からきこえて来る夢のようなひびきを伝えて来ます。
そのうち店の前を、三人五人と、楽隊の音に吸われるようにして、急いで行く人たちが通りはじめました。
兄弟同士が手をつないで走って行く子供たちもありました。
それを見ると新吉は今の自分の身の上が急に悲しくなりました。
新吉は、両親がなく、たった一人の姉さんは東京のおじさんの家へ奉公に行ってしまい、自分は小学校へ二年ほどかよったきりで、この鍛冶屋の丁稚になってしまったのです。
兄弟で曲馬を見に行くなどはおろか、一人ぽっちでも見に行ける身の上ではないのです。
新吉は、三日に一度、町の風呂へ行くとき、おかみさんから一銭銅貨を三つだけうけ取るきり、お小使銭としては、ただの一銭ももらえない約束になっているのです。
「せめて、曲馬の外まわりだけでも見てこよう。」
新吉はわずかにそれだけで、がまんしようと思いました。
仕事がしまいになると、新吉はいそいで仕事場をかたづけ、大いそぎで冷やめしをかっこみはじめました。
と、毎晩寝つきのわるい赤ん坊が、いつものとおりぎゃんぎゃん泣き出しました。
「新吉、いつまでめしを食ってるんだえ。さっさとお守りをしな。」
おかみさんがかん高い声でどなりました。
新吉は、かさぶた頭の赤ん坊をおぶって、耳もとでぎゃんぎゃん泣かれながら、その声のしずまるまで、店の前を何十ぺんでも行ったり来たりしていなければなりませんでした。
そのうちに曲馬はおしまいになってしまうだろう。
新吉はとうとう、火の見の下の暗いところへ立って、ぽろりぽろりと涙をこぼしました。
四
しかしつぎの夜は、新吉は町の風呂へ行ける番でした。
曲馬の楽隊はもうとっくから、すばらしいにぎやかさで鳴りひびいて来ています。
新吉は夕飯をかみながら外へとび出しました。
そして風呂屋とははんたいの曲馬の方へ、自分にもこんなにはやく走れるのかと思うほどはやく、まっ黒な顔をふり立てながら、まるで風のようにすっ飛んでいきました。
行って見て新吉はびっくりしてしまいました。何というすばらしい光と色のお家でしょう。
テントのてっぺんからは四方八方へ、赤と青の電灯の綱がはりめぐらされて、それが湖から吹いて来る夜風にゆらりゆらりとゆれてきらめいています。
テントの正面には、金と銀の垂れ幕が下がり、絵看板がならび、赤と黄と青の旗がそれをかこみ、きらきら光る電灯が何十個も明るく照らし出し、その中で楽隊がわき立つような音楽を響かせています。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。
空中の曲芸は大飛行のはじまり、はじまり!」
客引きが片手をほっぺたにあてて大声で叫びます。すると正面の幕がさっと上がり、中から、胸に金銀の星が輝く赤い服を着た少女を、二人ずつ乗せた馬が三頭、四頭と出て来ます。
それと入れ替わりに、同じ格好をした少年少女たちが中に入って行きます。
出て来た馬は右と左に分かれます。
見ると、そこには同じような馬がずらりと並んでいて、その背中にはまるで作りものの人形のような少女たちが、まばたき一つせずじっと座っています。
そうして見れば見るほど、新吉はびっくりするようなものばかりを見つけ出し、ここは海の底の竜宮城か、雲の上の天国か、自分はもうこの世の中に生きているとは思えないような気持ちになってしまいました。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい!
猛獣使いがライオンと相撲をとりますよ。さあさあ!」
中からは見物人の拍手が、あらしのように鳴り響いて来ます。
楽隊の音は、大きなどうぶつの波のようにあたり一面に広がります。
新吉は、自分の体が空中に浮かんでいるような夢見心地で、テントのまわりを何度も何度も歩きまわりました。
すると、ある場所にちょっとしたすき間があり、そこからちらりと中の様子が見えました。
新吉はそのすき間に顔をくっつけるようにして中をのぞき見ました。
すると、ちょうど竹渡りの芸をやっているところでした。
玉虫色の服を着た美しい女の人が、片手に絵日傘を持ち、すらりとした足を静かにすべらせようとしています。
二丈(約六メートル)もあるかと思われる高い場所です。
両端を綱につるされた長い竹竿が、ぶるぶると細かくふるえています。
「あっ、あぶない!」新吉は思わずそこから飛びはなれました。
胸がどきどきと激しく鳴っています。
「ものすごいすごい芸当なんだなぁ。あんなところからのぞき見したりしたら、バチがあたるかもしれない。」
新吉は胸をおさえながら、またテントの正面の方へと戻りました。
いつの間にか、かなりの時間がたっていました。
お風呂に三回も入ったくらいの時間がたっていたかもしれません。
ぐずぐずしていると、またおかみさんに大声で怒鳴られてしまいます。
新吉はくやしそうに何度もふりかえりながら、家の方へ帰りかけました。
テントのあかりがちょうど見えなくなる曲がり角まで来ると、新吉は両手を地面について、股のぞきをして後ろを振り返ってみました。
足の間からさかさまに世界を見ると、曲馬団のテントは一段と美しく華やかになり、まるで空中に浮かんだ大きなお城のように見えました。
五
次の日、新吉は体じゅうがぞくぞくするほど幸福な気持ちでいっぱいでした。
どうしてこんなに幸せなのか、自分でも理由ははっきりわかりません。
そして、いつもの親方の怒鳴り声もろくに耳に入らず、重い金づちをふりあげることも、全然つらいとは思いませんでした。
その次の日も、またさらにその次の日も、新吉の気持ちは同じように明るく満たされていました。
というよりも、一日が過ぎるごとに、幸せな気持ちが胸の中にどんどん広がっていきました。
ところが、そのまた次の日の夕方には、いつもの曲馬団の楽隊の音がまったく聞こえてこませんでした。
新吉の知らないうちに、あの曲馬団はどこかへ行ってしまったのでしょうか。
そう考えると、新吉は急にあかりが消えたように、胸がすうっとさびしくなってきました。
すると、店の前を何台もの馬車ががらがらと通りかかりました。
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