ハンター先生の教えを受けるにつれて、ジェンナーは先生が生半可な医学者ではないことを知り、先生ならば自分が長年いだいている考えにも賛成してくださるにちがいだと思いました。ある日、ジェンナーは、
「実は先生、これまでだれに話しても笑い飛ばされて相手にされませんでしたが、先生ならばきっと、私の考えに賛同してくださると思います。
私の地元では、牛の疱瘡にかかった者は天然痘にかからないという言い伝えがございます。
その後、私は注意して乳をしぼる人たちに聞いてみましたが、どうやらそれは本当のようです。
そこで私は、牛の疱瘡を人工的に人間にうえることができれば、おそろしい天然痘を予防して人類を救うことができると考えているのですが、先生はこの私の考えをどう思われますか?」と、返答はいかにとおそるおそる告げました。
すると、
「おお、そうか?」と、ハンターは即座に答えました。
「それは本当か、そんな事実があるのか。
それは実にすばらしいことを考えたね。
大いに研究するんだね。
考えてばかりいて迷っていても何ひとつ解決しないから、チャンスがあったら、実際にやってみるんだね」「だけど、人間のいのちに関わることだから、うっかりミスがないようにしっかりやりたまえよ。
何事もがまん強さが一番大切だ。
あきらめずに自分のゴールに向かって進んでいこう」
これを聞いたジェンナーは、目に涙をためて大喜びしました。
ハンター先生のこの一言が、どれほどジェンナーの心強い支えになったことでしょう!
世の中に「自分のことを本当にわかってくれる人」を「知己(ちき)」と言いますが、ハンター先生こそはまさにジェンナーにとって最高の知己だと言わなければなりません。
その後、ハンター先生はジェンナーのこの素晴らしいアイデアをまわりの人たちにも自慢げに話して聞かせました。
そして、会うたびにジェンナーに向かって、
「迷わずにやってみるんだよ。がまん強く、ミスがないようにしっかりね」と、おなじみの励ましの言葉を何度もかけてくれたのです。
こうして3年の月日が経ち、ジェンナーはハンター先生のもとでしっかりと勉強を重ね、いよいよ自分の故郷へ帰って医者を開業することになりました。お別れのときにも、ハンター先生はいつもの励ましの言葉を贈ってくれたのでした。
さて、ジェンナーは故郷へ帰るとすぐに、牛痘の材料を集めようと動き出しました。ところが、いざお医者さんを開業してみると、「あのロンドン帰りのお医者さまらしい!」といううわさが広がり、患者さんが家の玄関に押し寄せるほどの超大忙しになってしまったのです。
彼は患者さんにとびきり優しかったので、重い病気の人の家には泊まり込んでまで治療のお世話をしました。そのため、あっという間に4年、5年という歳月が過ぎていってしまいました。
けれども、そんなに忙しい毎日の中でも、種痘(しゅとう)のことは決して頭から忘れませんでしたし、生き物の研究(博物学)もサボりませんでした。
たとえば、あの「カッコウ」という鳥が、自分で子育てをしないで他の鳥の巣にこっそり卵を産み、その鳥に自分のヒナを育てさせるという不思議な習性を観察して学界に発表したのは、ロンドンから帰ってきてすぐの頃のことでした。
それほどまでに、ジェンナーには自然の様子をじっくりと見つめるバツグンにすごい力があったのです。
だからこそ、乳しぼりをする女性たちの話を聞いたときに、パッとひらめいてすぐに種痘法(しゅとうほう)のアイデアを思いつくことができたのでした。
ニュートンがりんごの木から落ちるのを見て、「りんごが下に落ちるというより、地球が引っ張っているんだ!」と考えて『万有引力の法則』を発見したように、偉大な人物というのは、みんなが何とも思わないような日常の出来事から、ものすごい大発見をするものなのです。
ですから、私たちも日ごろから物事をよく観察する力をみがくことが、何よりも大切なんですね。
さて、ジェンナーは、「いつまでものんびりしていては、恩師のハンター先生にも申し訳ないぞ」と思い、29歳のときにいよいよ本格的に種痘の研究をスタートさせました。
研究を始めるといっても、動物をいじって実験するわけではありません。
まずは、過去に牛の疱瘡(ほうそう=牛痘)にかかったことがある人を探し出して、その人たちが天然痘(てんねんとう)が大流行したときに、本当に病気にかからずにすんだのかどうかを、正確に一人ひとり調査していくしかなかったのです。
しらべればしらべ上げるほど、ジェンナーの「これまでの考えはやっぱり正しかったんだ!」という確信はどんどん強くなっていきました。
もうこうなったら、実際に人間の体に牛痘のうみを植えつけて実験してみるよりほかに方法はない! と彼は思いましたが、もちろんそれは簡単なことではありませんでした。
なんせ一人の人間のいのちがかかっていることですから、いい加減な気持ちでうっかりやるわけにはいきません。
こうした実験は、まだ体の小さな子どもでなくてはうまくいかないはずですが、自分にはまだ子供はいませんし、他人の子どもをむやみに借りてくるわけにもいきません。
おまけに、地元のほかの医者たちは相変わらずジェンナーの考えをバカにしていたので、もし万が一、うっかり他人の子どもで実験でもしようものなら、世間からどんなものすごいおそろしい非難を浴びせられるかわかったものではありませんでした。
そうこうしているうちに、なんと10年という長い歳月がすぎてしまいました。
みなさん、10年といえば本当に長い年月ですよ。
そのあいだのジェンナーの気持ちをちょっと想像してみてください。
自分の信じるやり方は絶対に正しいと確信できているのに、いざ実際に試してみようとすると大きな壁にぶつかって進めない――なんてじれったくて悔しい思いだったことでしょう!
けれど、ついにその時がやってきました。
その年、つまり39歳のときに、ジェンナーはやさしい素敵な女性と結婚することができたのです。
その翌年の春、ジェンナー夫婦のあいだに待望の男の子が生まれ、彼は「エドワード」と名付けられました。
そのときジェンナーは、心に決めました。「この子が実験をするのにちょうどいい年齢になったら、いよいよ試してみよう」と。
そして、その子が1歳6ヶ月になったとき、ジェンナーはなんと、**「ぶたの疱瘡のうみ」**をその子の腕にちょこんと植えたのです。
なぜ、彼が牛の疱瘡ではなくぶたの疱瘡を植えたのかといいますと、彼は人間の疱瘡も、牛の疱瘡も、ぶたの疱瘡も、もとはみんなよく似た同じ仲間の病気だと考えていたからでした。
おそらくそのときは、ちょうど本物の牛の疱瘡のうみが手に入らなかったのでしょう。
それでも、「一刻も早く自分の信じるやり方が正しいのか確かめたい!」と思ったのでしょう。
自分の大事な子供のいのちに関わる重大な実験をあえて実行した彼の胸の中の、苦しくて悲壮な決意は、察して余りあるものがあります。
もし少しでもやり方を間違えてしまえば、たった一人のいちばん大切な自分の子どもを死なせてしまうことになります。
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