初級翻訳・名なし指物語 第2話

名なし指物語

「マタンちゃん、いけないってば!」
ジュリーが右手を引っ張ると、マタンは引っ張られるままに降りてきました。
けれど、どうしたことでしょう。マタンは左手を押さえて、その場にしゃがみ込んでしまいました。顔色は真っ青でした。
「あっ、マタン……!」
ジュリーは、何かに怯えたように鋭く叫ぶと、エプロンで顔を覆ってしまいました。

「わたしの名なし指は、そうしてなくなってしまったのさ」
そう言って、おじいさんはもう片方の木靴を仕上げてしまいました。
子どもたちは大きく目を見開いて、話を聞いていました。
「クルミの殻をかぶったまま、なくなってしまったのさ」
膝の上にたまった木くずを払い落としながら、おじいさんは言いました。
「痛かったでしょう?」
と、ひとりの子どもが聞きました。
「痛かったさ。おまえたちなら、飛び上がって泣き叫ぶだろうね」
「お母さんに叱られなかった?」
と、別の子が聞きました。その子は外でケガをして帰るといつもお母さんに叱られるので、そんなことを気にしたのです。
「お母さんにかい? そりゃあ、ひどく叱られたよ。よく叱られた。けれど、叱ったあとでお母さんは、いつもわたしの手を胸に押し当てて、『かわいそうに、かわいそうに、誰がこんなひどいことをしたの』って泣いてくれたんだ」
「お金持ちのほうから、謝ってきたの?」
一番年上の少年が聞きました。
「謝りなんかしないさ。よその家のリンゴを盗ろうとしたほうが悪いのだって、言っていたそうだよ」

子どもたちは黙り込んでしまいました。
なるほど、よその家のリンゴを盗ろうとしたのは、確かに悪いことに違いありません。
けれど、たった一つのリンゴを盗ろうとしたからといって、指を一本切り落として、それが当然だと言い放つのは、あまりに残酷ではないかと感じられました。
「それで、その名なし指は、どうなっちゃったんでしょう?」
木靴屋さんになりたい子どもが、一番前にしゃがみ込んで尋ねました。子どもたちの熱心な様子に、マタンおじいさんは心を動かされました。
「まだ聞きたいのかい。それじゃ、聞かせてあげようかな。ちょっと、待っといで」
もう日が西のほうへ傾いていましたので、マタンおじいさんは、子どもたちの上にかぶさっていた日よけの幕を、くるくると巻き上げました。それから仕事台に腰をおろして、次の片方の木靴を掘り始めました。

マタンは小学校を卒業すると、木靴職人になりたいと思いました。本当は、山の美しいスイスの国へ行って、羊飼いになりたいというのが望みでしたが、悲しいことに、それはあきらめねばなりませんでした。というのは、羊飼いになるには笛をうまく吹けなければならないと、少年のマタンは思っていたからです。ところで、名なし指のない者に、どうしてうまく笛が吹けるでしょう。

マタンが木靴職人になりたいと思ったのにも、理由がありました。それは、ジュリーがお母さんのお下がりの古い木靴ばかりを履いて、歩きにくそうに「カコ、カコ」と歩き、少し急いだりすると木靴が脱げて飛んでいってしまうのを、かわいそうに思ったからでした。マタンは自分で、ジュリーの足にぴったりの木靴を作ってあげようと考えたのです。

村から何キロも離れた、川口に面した大きな町には、立派な木靴職人が住んでいました。少年のマタンは、その職人のところへ小僧として弟子入りしました。
「指が一本足りないんじゃ、こいつは良い木靴職人にはなれないかもしれないな」
親方はそう思って、マタンの左手を自分の手にとって見ていました。けれどマタンは、驚くほど熱心でした。仕事をしているとき、その小さな瞳は青い宝石のように輝いていました。壁にかかったランプの芯が、頼りなく細く、消えかかってくるころまで、マタンは仕事場の隅でコツコツと仕事をし続けました。

「マタン、もう寝よう」と、親方のほうから言い出すのでした。
「親方、おいら、まだ眠くないよ」と、マタンは顔を上げて言うのでした。
「おまえの目は眠くなくても、ランプの目がもう眠いってさ」

マタンが、初めて自分の手一つで木靴を一対掘り上げたのは、この町に来てから三年後のことでした。初めて作り上げたもの。こんなに懐かしく、こんなに美しく、こんなに良いものが、この世にあるでしょうか。マタンは、その木靴を胸に抱きしめたり、両手にそろえて乗せ、その手をいっぱいに伸ばして首をかしげて眺めてみたりしました。夜は枕元にきちんとならべて置き、それでもなお、ネズミにかじられはしないだろうかと心配したほどでした。

「ジュリー」と名前を彫りつけて、マタンは初めて作ったその木靴を、村のジュリーのところへ送ってやりました。きっとジュリーは、涙をこぼして喜んだことでしょう。長いお礼の手紙が、マタンのところに届きました。
「マタンちゃんの作ったものかと思うと、足にはくのがもったいないような気がします」とか、「市の日やお祭り、日曜日に教会に行くときだけ履くことにします」とか、「マタンちゃんのお手々のように大切にします」とか、そんなことが長々と書いてあり、「ありがとう、ありがとう」という言葉が何度も繰り返されていました。

けれども、市の日やお祭りに履いているだけでは、木靴もなかなかすり減るものではありません。それから三年もたったある日、マタンのところに届いたジュリーの手紙には、こんなことが書いてありました。
「マタンちゃん、どうしましょう。あたしの足が少しずつ大きくなるのに、あの木靴は大きくなってくれません。昨日も我慢して教会まで履いていきましたら、豆つぶが二つできてしまいました」
「おお、かわいそうに。おいらは、ジュリーのあんよが大きくなることを、すっかり忘れていたよ」

もうそのころには、ひとかどの立派な職人になっていたマタンは、さっそく節のない、木目の良い木を選んで、新しい木靴を作り始めました。そして、それができあがったとき、親方から長い奉公のお暇をいただきました。

「マタン。おまえが初めてわしの店へやってきたとき、わしはおまえの手を見て、指が一本欠けているんでは、まあ、ろくな職人にはなれまいと思っていた。だがおまえは一生懸命に仕事に励んで、今じゃ、親方のわしより良い腕前になってしまった。わしはおまえを手放すのが惜しくてたまらないよ」
親方はそう言って、たくさんの金をマタンに渡し、別れを惜しんでくれました。マタンは、お金と木靴を大切に身につけて、川のほとりの賑やかな町を去ったのでありました。それは秋の終わりごろのことでした。肌寒い風が東から吹き、野原には人の姿も見当たりません。マタンは寂しさを感じながらも、心の中には深い喜びをわき立たせ、ウキウキとした足取りで道を急いでいました。

いくつもの丘を通り過ぎました。どの丘の上にも、四本の腕を持つ風車が、果てしない秋の空の下でキリキリと回っています。そして、風車の腕に招かれるように、雲は東の地平線からつづれ綿のように流れ出し、どこへともなく消えていきました。

ある風車の下を通りかかると、その影からひとりの男があらわれました。
「もしもし」
男はマタンに声をかけました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました