初級翻訳・妖怪博士 第44話

妖怪博士

機敏な明智探偵が、このさわぎをぼんやり見ているはずはありません。
探偵は二十面相がおそわれたと知ると、すぐさまポケットのピストルを取りだして、賊の胸にねらいをさだめました。
小林少年もリスのように、びんしょうでした。
賊がおどろきのあまり取りおとした懐中電灯を、すばやく拾いあげて、そのまるい光を、サッと二十面相の上半身にさしむけました。
だれもものも言いません。
ただ、やみの中にはげしい息づかいが聞こえるばかりです。
二十面相は思わず両手を高くさしあげて、だんだんあとずさりをはじめました。
その姿を追って、懐中電灯の光が、それから、明智探偵のピストルの筒口が、じりじりと、せまっていきます。
十歩、二十歩、賊は洞くつの岩はだにそって、カニのように、横に歩いていきましたが、ふと気がつくと、その懐中電灯に照らされた、老人の顔が、なぜか、ニヤニヤと、きみ悪く笑っているではありませんか。
おや、これはどうしたというのでしょう。
ピストルをつきつけられて、絶体絶命の怪盗が、さもおかしそうに笑いだしたのです。
それを見ますと、明智探偵も少年たちも、ハッとして立ちすくんでしまいました。
二十面相がこんな笑い方をするからには何かわながあるのです。
ゆだんできません。
立ちすくんで、じっと目をこらしているうちに、おお、あれはいったいなんでしょう。
二十面相のうしろのやみの中から、ぼんやりと、何か大きな物があらわれてきたではありませんか。明智探偵には、その奇怪な物の姿が、きゅうにはなんとも見当がつきませんでしたが、少年たちは一目でそれを見わけることができました。
コウモリです。
あのいやらしい大コウモリです。
人間ほどの大きさの怪獣が二ひきも、化け物のように姿をあらわしたのです。

「先生、あれは人間です。人間がコウモリに化けているのです。」
小林君が、明智探偵の手首をにぎってささやきました。

と、そのときです。
探偵たちのうしろの暗やみから、
「アッ。」
というするどいさけび声が聞こえてきました。
その声のちょうしが、どうやら最年少の羽柴壮二君らしいのです。

明智探偵と小林君は、ギョッとして、声のしたほうをふりむき、懐中電灯をさしむけました。
すると、どうでしょう。
その電灯の光の中に、ゾーッとはだ寒くなるような、おそろしい光景がうきあがったではありませんか。

コウモリは正面の二ひきだけではなかったのです。
そこにも一ぴき、大コウモリが、あとあしで立ちあがり、羽柴少年を手もとに引きよせ、そのひたいにピストルの筒口をあてて、今にも引き金をひこうと身がまえていたのです。

いや、そればかりではありません。
その大コウモリのうしろのやみに、まだ二ひきの怪物がぼんやりと見えています。
前後あわせて五ひきのお化けコウモリです。
しかも、それらの怪物が、みな一ちょうずつのピストルを前あしの指にはさんで、明智探偵や少年たちに、ねらいをさだめているのです。

コウモリがピストルを持つなんて、なんだかおかしい話ですが、それらの大コウモリは、みな二十面相の部下の人間が変装しているのですから、ピストルのねらいをさだめたところで、少しもふしぎではありません。

「ワハハハ……。」
とつぜん、二十面相がたまりかねたように、笑いだしました。
すると、その声が洞くつにこだまして、あちらからも、こちらからも、ぶきみな笑い声が聞こえてくるのです。
いや、こだまばかりではありません。
五ひきの大コウモリが、声をそろえて笑っているのです。
あのいやらしいまっかな口をひらいて、白い牙のような歯をむきだして、げらげらと笑っているのです。

「おい、探偵先生、おどろいたかい。
ワハハハ……、おれがたったひとりぼっちだと思っていたのかね。
きみたちのような大敵を相手に、いざというときの用意をしておかなかったとでも思っているのかね。
さあ、そのピストルと懐中電灯をこちらへわたしたまえ。
え、いやかね。
ハハハ……、まさかいやとはいうまい。
あの子どもの命と引きかえだからね。
さあ、わたせ。
わたさなきゃ、おれのあいず一つで、あの子どものひたいに穴があくんだぞ。」

あの子どもとは、いうまでもなく、一ぴきの大コウモリにおさえつけられた羽柴壮二君のことです。
いくらくやしいといって、羽柴君がうち殺されるのを見殺しにするわけにはいきません。
明智探偵はさもざんねんそうに、無言のままピストルを賊にわたしました。
小林君も、それにならって、懐中電灯を賊のほうへさしだしたのです。

二十面相は、ピストルと懐中電灯を受けとりますと、またげらげらと笑いだしました。

「ワハハハ……、探偵さん、二十面相の腕まえがわかったかね。
じゃあきみたちはそこでゆっくり考えるがいい。
一月でも二月でも、一年でも二年でも、ウフフフ……。」
といったかと思うと、パッと懐中電灯を消して、そのままどこかへ立ちさっていくようすです。

あとにはただ、目がつぶれてでもしまったような、真のやみがあるばかりでした。
そのまっくらやみの中に、バサバサと大きな鳥の羽ばたくような物音が聞こえるのは、あのぶきみな五ひきの大コウモリが、やはりどこかへ立ちさっていく物音にちがいありません。

少年たちが持っていた三個の懐中電灯は、とっくに、賊のために取りあげられていましたし、今また明智探偵の懐中電灯もわたしてしまったのですから、探偵と十一人の少年は、もうおたがいの顔を見る望みさえなく、ただ手さぐりでやみの中をはいまわるほかはないのでした。

光があってさえ、まよいやすいこの迷路を、目のふじゆうな人のような手さぐりで、どうして遠い入り口までたどりつくことができましょう。
いや、たとえそれができるとしたところで、途中には板の橋をとりさられた大穴が、みんなを一のみにしようと口をあけているのです。

ああ、日本一の名探偵も名少年助手小林芳雄君も、それから、十人の勇敢な少年探偵団員も、このおそろしい鍾乳洞の奥に生きうめになってしまう運命なのでしょうか。
暗やみの中で手を取りあいながら、飢え死にをしなければならないのでしょうか。

二十面相の最後

「勝ったぞ、勝ったぞ。うらみかさなる明智のやつを、とうとう生きうめにしてしまった。」ああ、おれは生まれてから、こんなにせいせいしたことはない。
もうこれからはおれの天下だぞ。
思うさまあばれてやるんだ。
」
 二十面相は、懐中電灯を消して、勝手を知っている暗闇の迷路を、入り口のほうへ急ぎながら、楽しくてたまらないという様子で、声に出してつぶやいていたのでした。
ですが、あの板の橋をはずしてしまった大穴を、どうやって越つつもりなのでしょう。
そこを通らなければ、洞窟の外へ出られないではありませんか。
ところが、二十面相はお穴から十メートルほど手前まで来ると、ひょいと立ち止まって、懐中電灯をつけ、そこにある岩肌を照らしました。
「フフン、こんな仕掛けがあろうとは、いくら名探偵でも気がつくまい。
よしよし、ここだ、これがおれのほかに誰も知らない目印だ。

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