初級翻訳・子供と馬の話 第2話

子供と馬の話

「そりゃそうでしょうとも、ここから横浜までは十里以上もありますからねえ」
「六郷川の仮橋を渡ってこられたのですか」
「ええ、そうです。この荷物を降ろしたら、今夜のうちにすぐにまた引き返すつもりです」
と、馬を引いてきた男は言いました。
「また、そんな遠い道を歩いて帰るんですか?」
「明日のお夕暮れごろに向こうに着きます。そして、あさっては一日中、馬を休ませてやりますよ」
と、男は答えました。
夜警の人々は、この話を聞いて、人間も馬も、どれほど疲れ果てていることだろうと胸が熱くなりました。
こんな大変なことは、ふだんなら滅多にあることではありません。
ふだんなら汽車が通っていて、荷物はぜんぶ汽車で運ばれるのですから。
こうした一大事が起きたときには、みんなが助け合い、力を合わせなければならないのでした。
男は再び手綱をキュッと引き、出発しようとしました。
すると馬は、もうすっかり疲れ切っているのか、その場にじっと動かないまま、なかなか歩こうとしませんでした。
「もっとこうして休んでいたよ」と、そう思っていたのかもしれません。
けれど、男には、いつまでもそうしていられないことが分かっていました。
休めば休むほど、あとからドッと疲れが出てきて、ますます歩けなくなってしまうものだからです。
「おっ、おっ、さあ、歩くんだよ」
男は、馬を心から思いやるように、やさしく声をかけました。
そのとき、男は決して馬を怒鳴ったり、ムチで叩いたりしませんでした。
人間だけでなく、馬であれ牛であれ、心の痛みが分かる生き物というものは、叱るよりもやさしくしてやった方が、よっぽと言うことを聞いてくれるものなのです。
馬はまた、重い荷車をぐっと引いて、一歩一歩歩き出しました。
「こういう時には、馬も本当によく頑張ってくれて、骨が折れるものだなあ」
そのとき、太郎のお父さんといっしょに夜警をしていた人たちは、しみじみと感じ入ったのでした。
それは翌日のことでした。
太郎と二郎が、またしてもちょっとしたことがきっかけでケンカをはじめてしまったとき、お父さんは、昨夜見たあわれな子どもたちのことや、遠いところから歩いてきた馬の話を、二人にじっと聞かせました。
「あんなにかわいそうに頑張っている人たちのことを思ったら、こんなことでケンカなんかしちゃいられないはずだよ」
お父さんにそう諭されたとき、二人は心の底から深く反省し、感心したのでした。
太郎と二郎は、自分たちがもう読み終わってきれいに重ねておいた雑誌や本、それに大切なおもちゃなどを、あの不幸な子どもたちにぜひあげたいとお父さんに申し出ました。
「それはとてもいい考えだね」
とお父さんはうなずき、褒めてくださいました。
そして二人は、またお父さんに向かって、こう尋ねたのでした。
「あの白馬は、もう無事におうちへ帰れたでしょうかねえ」
兄弟は、その日のうち何度もその馬のことを思い出しては、お父さんに尋ね続けていたのでした。

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