初級翻訳・山彦乙女 第32話

山彦乙女

剪定(せんてい)をしない果物の木が、実を成るがままに成らせた結果、その重さに耐えきれず自分で折れてしまうように、人間が作り上げた社会も、その矛盾と人間離れした仕組みのせいで、このままでは破滅するまで進んでしまうに違いない。
――人間として、本来あるべき生き方に戻らなければならない。
――人間に生まれてきた甲斐のある、人間らしい生き方に。
またしても彼はそう思った。それはまるで、誰かが、どこかから、自分に向けて呼びかけてきているかのようだった。
――間違っている、そんなことをしていて何の意味がある。早くこっちへ来い、早く、早く。

三

半之助は、ぶんぶんと首を横に振った。
――人間は特別な生き物なんかじゃない。ほかの多くの動物や植物や昆虫と同じだ。子孫を残す本能のほかに、考える力があるというだけの違いにすぎない。その頭がいいせいで、余計に自然のルールに逆らって、意地悪でずるくなっているだけなんだ。

しかし、そう思ったあとに、その暗い絶望を押し退けるようにして、あの声が再び彼を誘い出そうとする。
――そうではない。人間は意味もなく生まれてきたわけではない。現実はいま間違った方向に進んでいるけれど、その支配から抜け出して、本来の生き方に戻りさえすれば、中身の詰まった意味のある人生を手に入れることができる。

たしかに、それはまるで誰かの呼び声のようだった。
その声は、ときどき彼に語りかけ、どこかへ(人間らしい本当の生活の方へと)彼を手招きし、誘い込んでいるように思えるのだった。

「村野さん、またお酒をひと口どうですか」
半之助は毎晩のように、沈んだ調子でそう言うようになっていた。

ある日のこと。
彼はすっかり気力をなくし、疲れたような気持ちで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
机の上には、新井白石の書いた『東雅(とうが)』という本が開いてあった。
メモを取るための筆や紙も用意してあったが、ノートのページはまだ三枚ほどしか進んでいなかった。
窓の外には、若い赤松の林を越えて、きれいに耕されたばかりの黒々とした、新しくて柔らかそうな畑の土が見え、そこからなだらかな丘へと続き、丘の上にある雑木林と、一本だけ切り残された大きな松の木が見えていた。

「そうだ、なをは死んでしまったほうがよかったんだ」
梅雨のようにじめじめと陰気で細かい雨が、赤松の木を濡らし、畑の土を濡らし、丘の斜面や雑木林、そして大きな松の木をしっとりと濡らしていた。
彼はまるで魂が抜けたように、その鼠色に沈んだ景色を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「少なくとも二人は、愛し合ったまま、心を通わせたままの状態で死ぬことができたんだ。あふれんばかりの緊張感と、やりきった充実感、そして大きな喜びを味わいながら」

この世にいれば、人間はどう転んでも現実のさまざまなルールや都合に縛られてしまう。
死ぬということは、あの二人にとっては、むしろ一つの美しい完成だったのだ。

いったいどんな連想からだったのか、そのとき半之助は叔父のことを思い出した。
母親がおり、愛する妻子がいる家庭がありながら、遠藤兵庫(えんどうひょうご)は「かんば沢」という場所に心を奪われ、ついにはそこで自分の存在を消し去ってしまった。
妻に裏切りがあったからなのだろうか。
もしそれだけが理由なら、解決する方法はいくらでもあったはずだ。
甲府勤番(こうふきんばん)という遠い土地へ左遷されたのは、道楽が行き過ぎたせいだと言われている。
それがどれほどのものだったのかは分からないが、左遷されるほどの派手な遊びと、妻の裏切りとによって、叔父は世間の人々の表と裏をいやというほど知り尽くし、都会での生活にすっかり嫌気がさしてしまったのだろう。そして、こうした状況をなんとか打破して良くするどころか、いっそそこから逃げだしたくなってしまったに違いありません。
甲府へ行くことは、新しい生活を始めることでもありましたが、そこで「かんば沢」という、思いがけないものに捕らわれてしまったのです。
――叔父は捕らわれた。
完全に兵庫は捕らわれてしまったのです。
うろ覚えではありますが、下僕の孫七の話によると、かんば沢に惹かれる叔父の様子は、常軌を逸していて、ほとんど正気を失っているように見えたということです。
「いったい何がそんなに、叔父を惹きつけたのだろう」
半之助はこう呟いて、自分の声にハッとして、思わず座り直しました。
それから、古くて脆くなった糸の玉を、大切にそっと解きほぐすかのように、彼は叔父に関する記憶を、できるだけ細かく思いだそうとしました。
聞いたのは子供の頃のことですし、話はバラバラでまとまりがなく、ただ漠然とした恐ろしさや、気味の悪い妖しさといった印象だけが、はっきりと残っていたのです。
深夜に甲冑を着た武者の亡霊が大行列を作ったとか、狸たちが集まる会議場があるとか、近づくものは何でも引きずり込んでしまう椹ヶ池(さわらがいけ)とか……そして、人間が入ることを許さず、足を踏み入れた者は二度と生きて帰れない「かんば沢」などです。
当時それを聞いたときの強烈なショックは、(今思うと子どもじみていてバカげていますが)かなり鮮明に思いだすことができました。
「しかし、叔父が取り憑かれたのは、そんな化け物のしわざに対してではないはずだ」
それは孫七の話の中に、いくつかのヒントが隠されているようでした。
兵庫は秘密の公務を帯びて、甘利郷(あまりごう)へ調査に出かけたのです。
そのような任務は以前にもありましたが、出張した者はそのまま帰ってこなかったり、たとえ帰ってきてもまるで頭が働かないようになってしまい、まもなく死んでしまったりしたということでした。
兵庫は最初に出かけたときにかんば沢で消息を絶ち、五十日ほど経ってから戻ってきましたが、様子がすっかり変わっていました。
仕事の報告すらまともにできない状態だったので休養を命じられたのですが、二回目に、ある日突然、家から飛び出して行ってしまったのです。
そのときも自分でふらりと帰ってきましたが、今度はすっかり病人のようになり、体もひどく衰弱し、そして何より、とてもおかしな言動が目立つようになったのです。
なかでも忘れられないのは、叔父が孫七に向かって、
――これからは自分が勝手に外へ出ないように、しっかり見張っていてくれ。どんなことがあっても絶対に外へ出さないようにしてくれ。
と言い、さらに、もし必要なら、自分の体を縛りつけてもいいとまで言ったことでした。
……何かが兵庫を強く惹きつけていたのです。
この場合、何かというのは「かんば沢」のほかに考えられませんが、もちろんただの地理的な場所という意味だけではありません。そこに何か恐ろしい秘密があって、自分で自分の心を抑えきれないほど、強く兵庫を惹きつけていたのです。
孫七は、実際にその主人をロープで縛りつけなければならないこともあった、と話していました。
それほどその執着は激しく、まるで狂ったようなものだったのです。
そして、叔父はやがてまた家を飛び出し、ついに行方知れずになってしまいました。

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