ふしぎな運命
人間には、それぞれに「宿命」というものが決まっている。
生まれてから死ぬまでのあいだに、どんな事件にぶつかるか。それは、最初からちゃんと決まっているものなのだ。
運命というのは本当にふしぎなものだ。
その運命のせいで、私たちは思いがけない出来事にぶつかる。夢にも思わなかったような目にあって、ひどく驚かされる。
自分の運命をすべて見通している人なんて、まずいないだろう。もしあらかじめ分かっていれば、驚くこともないはずだからだ。
先が分からないからこそ、私たちは生きているあいだに何度も何度も驚かされる。そしてそのたびに、自分の身に降りかかった運命のふしぎさに、思わずため息をついてしまうのだ。
わが玉太郎少年が、恐竜島に足跡を残すような運命になったのも、まさにこのふしぎな運命のいたずらである。
そして、いよいよそんな奇怪な運命の舞台に上がる前には、必ずふしぎなきっかけというものが存在する。
それはとても神秘的な力を持っていて、ほんの少しのきっかけから大きな爆発を起こし、本人を運命の舞台へとドーンと放り投げるのだ。
読者よ。わが玉太郎少年が、あやしい運命に流されて、一体どんな冒険へ向かうのか。まずはそのことについて、注目していただきたい。
モンパパ号の船客
玉太郎が乗っていたのは、フランス籍の「モンパパ号」という、千二百トンほどの貨物船だった。
貨物船とはいっても、船客を乗せる設備も整っていた。
さすがに一等船室はないけれど、二等船客なら十二名、三等船客なら四十名、合計五十二名を乗せることができる。
ちなみに四等船客というものは存在しない。
ところが、船室は決して満員ではなかった。いや、むしろガラガラだと言った方がいいかもしれない。
二等船客はたったの三名。その一人はポール・ラツール氏といって、フランスの新聞「ル・マルタン」の社会部記者だった。
玉太郎は三等船客の一人だったが、三等船客も定員四十名のところ、たった十名しか乗っていなかった。
要するに、こんなボロ貨物船に乗って太平洋をのろのろと渡るような客というのは、あまりお金に余裕がない連中か、あるいは何か特別な事情がある人々に限られていたのだ。
小島玉太郎の場合は、夏休みを利用してオーストラリアを見てこようと思い、コツコツ貯めた貯金を全部引き出して、この旅行にあてたというわけだった。
ふつうなら四等船客の切符代にも足りない金額で、このモンパパ号の切符が買えると聞き、すごく得をした気分でこの船を選んだのだ。もう一つの理由は、この船がふつうの汽船とはちがい、サンフランシスコを出て目的地のシドニーに着くまでに、ラボールという場所に一度寄港するだけで、ほとんど直行に近い航路だったからだ。
その分、スピードは遅いのだが、あちこちに寄港する他の船よりも、このモンパパ号の方が結局二日ほど早く目的地に着く予定になっていた。
玉太郎にとって、二日を節約できることは大変ありがたかったのである。
しかし、この玉太郎の計画が最終的に失敗に終わってしまうことになるとは、何とも気の毒なことである。
とはいえ、神様ではない人間には知る由もないことであり、出発前の玉太郎にそれを予測する力がなかったのも、仕方のないことだった。
玉太郎とラツール記者は、乗船の翌日には早くも仲良しになってしまった。
そのきっかけは、玉太郎の愛犬「ポチ」が、トランクの中から飛び出したことにはじまる。(じつはこのポチの乗船券は買っていなかった。だから厳しく言えば、ポチは密航者ということになる)
玉太郎に追いかけられて通路をあちこち逃げ回ったポチは、ついにラツール氏の船室へ飛び込んでしまったのだ。
ラツール氏は何にでも気がつく人だったから、すぐにポチが「密航犬」であることを見破ってしまった。
玉太郎も正直にそのことを打ち明けた。
そこでラツール氏は、「このままにしておくのは良くない」と言って、自ら事務長にかけあってくれた。この所有者不明の(そういうことにして……)密航犬を、発見者であるラツール氏自身が飼うことにして、さらに犬の食費として十ドルを支払うことで、船側の許可を取り付けてくれたのだ。
こうしてポチは、息苦しいボロトランクの中で震える必要がなくなり、大いばりで船中や甲板を走り回れるようになった。
玉太郎の喜びは、ポチ以上であったことは言うまでもない。
ラツール記者は、結局十ドルを損したことになる。
しかしそれは、十ドルを払ったその時のこと。やがて彼は、その十ドルが自分の命を買ったお金だったことに気づく日が来るはずだ。
たった十ドルで命が買えるなんて、ラツール氏はなんていい買い物をしたことだろう。
だが、その時のラツール氏は、まだそのことには少しも気づいていなかった。
大きな自然の懐に抱かれて、原始人のような素朴な生活が続いていったのである。ある時は、まるで油を流したかのように静かな青い海の上を、モンパパ号は威張った様子で進んでいきました。
またある時は、低い暗雲の下で、帆柱のてっぺんにまで届くような荒れ狂う大波をかぶり、もみくちゃになって漂うこともありました。
朝焼けの美しい空を見ては自然の息吹に誇りを感じ、夕映えの豪華な彩りに染まる空を仰いでは神の国に思いを馳せ、古今を通じて流れる遥かな時間と自分の短い命を比べて涙することもありました。
航路は三日を過ぎると熱帯に入り、それからはほとんど赤道に沿うようにして、西へ西へと船の速度を上げていたのです。
突然、恐ろしい破局がやってきたのは、サンフランシスコを出港してから十三日目のことでした。
おそらく明日あたり、ニューアイルランド島の影が見え始めるはずでした。
それが見えれば、本船は先端のカビエンという町を左に見ながら南へ針路を変え、島沿いにラボール港まで下っていくことになっていたのです。
いや、カビエンやラボールの話は、今となっては無意味です。
わがモンパパ号は、カビエンもラボールも、どちらの町も見ることはありませんでした。
それどころか、ニューアイルランド島の影さえ、ついに見ることはなかったのです。
恐ろしい破局が、それよりも前に訪れたからです。
モンパパ号は、深夜の海に轟音を響かせて爆発し、沈没してしまったのです。
その時のことを、少し抜き出してここに記しておきます。
愛犬の行方
玉太郎は、ふと目が覚めました。
恐ろしい夢にうなされていたのです。
自分のうめき声に気づいて目覚めたのでした。
体は三等船室のベッドの上に、パンツ一枚の赤裸の状態で横になっているのを確認して安心しましたが、胸は激しく高鳴っていました。
近くには、同じ三等船客が眠っていました。
彼らは玉太郎のうめき声に気づいた者もいたはずですが、誰も親切心を持っていなかったのか、この少年を呼び起こしてやる者はいませんでした。
もっとも、玉太郎はそんなことを気にも留めていませんでしたが……。
それよりも、目覚めた玉太郎がすぐに感じた不安がありました。
それは、いつも自分のベッドの下で寝ている愛犬ポチの気配がしなかったことです。
彼はむっくりと起き上がると、ベッドの下を覗き込みました。
ポチはいませんでした。
やっぱりそうだったのか。
不思議なことです。
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