初級翻訳・愛護若 第6話

愛護若

『愛護若名歌勝鬨(なごのかちどき)』では、二条蔵人と古曾部庄司という二つの家の争いがあり、両家の宝を奪って出世しようと企む高階弾正と、その手下である悪役・御嶽悪五郎が登場します。二条家の忠臣には田畑早苗之助、古曾部家の旧臣には荒木左衛門がいます。

そのほか、愛護若の恋人である古曾部家の娘がいて、その兄であり、かつ妹の恋人でもあるという、二組の「ロミオとジュリエット」のような関係も描かれています。愛護の家に仕える女には、大津の坂本にある猿堂守りの娘で、穴生(あのう)生まれの猿の扱いを心得た「常夜(とこよ)」という女性がいます。彼女は早苗之助の妻となる人物です。

「刃の大刀(やいばのたち)」は二条家の宝物であり、「天の唐鞍(あまのからくら)」は古曾部家の重宝として、両家に分けられています。そのほかにも「鞍打杢作(くらうちもくさく)」という人物が登場します。これは物語の仕掛けや仕組みに関わる人物なのでしょう。

常夜の故郷である穴生に早苗之助と常夜が住んでおり、早苗が帥阿闍梨(そつあじゃり)を訪ねて比叡山に登ったあと、愛護若が桃を盗んだといって追いかけてくるのが、小兵衛・九助という百姓たちです。常夜は愛護を助けるために、狐が乗り移ったような身振りでこう言います。

「指をさすなら怨みの葛の葉、今となっては忍んでも怨みの言葉ばかり。小兵衛、聞きなさい。麻は蒔いても苧(お)になるな。穴生の里の九助、恨めしい。……桃のせいで命を捨てるというのか。私が死んだとしても、この桃の花は咲いても実はなるな。穴生の里がある限りは」

こうして怨みを込めた言葉は、木にさえ心があるかのように響きます。そのほか、白い猿を恋人から若君に贈る場面や、辛崎の松で愛護若が危難を救われる場面などは、説経節の原型を引いているようです。

『愛護曾我』は、前述の作品よりも、おそらく古いものらしいです。名前が示す通り、「愛護桜」から「由縁江戸桜」の方へと物語が踏み込んでいったものと考えられます。享保20年正月に、同時に三種類の愛護の物語が出ていますが、金平本(きんぴらぼん)の『愛護』は、おそらくもっと以前に刊行されていたものを、早稲田図書館の書目担当者が勘違いしたのではないでしょうか。『一代記』の方は、完全に八文字舎(はちもんじや)本の翻刻であり、年号は享保20年正月となっていますが、実際にはもっと遅い時期のものと思われます。

『女筆始(おんなふではじめ)』は『鳴雷不動桜(なるかみふどうざくら)』などを出した八文字舎によるものなので、愛護の脚本や小説類を総合し、翻案した跡がはっきりと見て取れます。その序文にはこうあります。

「世間の人々は愛護若の噂をし、昔から世の中全体が引三味線の調子に乗ってやってくる。馬に唐鞍を箱に納め、刃の大刀には血を塗らずして、悪人を追い退ける。家の内柱はどっしりと据わって動かない一つ松。志賀のよい花園は昔を今に語り伝え、五つの説経のうちの一つを取り、新たに狂言を五冊に綴る」

このように書かれていますが、これは説経節以後の形式も混ぜ合わせた作り物です。しかも、江戸の助六狂言の影響があるかどうかは、すぐには判断が難しいところです。ただ、田畑之助が「大道寺」という姓を持っているのは、あるいは『愛護桜』から暗示を得ているのかもしれません。

この書物は、後の愛護の民話に変化を与える看板となっているようですから、少し詳しく説明してみましょう。

二条家の宝物は、「刃の大刀」「降天(こうてん)の唐鞍」のほかに、「真の鞭(しんのむち)」というものがあります。后の御悩は、嵯峨天皇のご病気ということになっています。継母は桜井御前という名で、藤原仲成の妹。二条家には再婚で入り、流離の際に人に預けた「小松姫」という子がいます。家来には、家老として荒木左衛門尉、執権職を辞めて近江の穴生に住む大道寺田畑之助およびその妻のふじ、二人の間に生まれた長子の「手白の猿」、継母の腹心である太岳悪五郎、古くからの家臣の遺児である「おふで」といった人物が登場します。

おふでが、お家の危急を知って自ら「小松姫」と名乗って二条家に入り込み、愛護若を助けて二つの宝を悪人の手に渡さなかったという話は、ほどなくして現れる『ひらがな盛衰記』の烈婦・おふでの導火線となっています。

田畑之助が若君にお家の危急を知らせるために、妻に長子の手白(猿)を舞わせる場面は、『名歌勝鬨』第一段の「松枝・常夜の猿使い」の段をそのまま写したものです。また、柴屋町の揚げ屋で荒木左衛門と巡り会って争うのは、あるいは『愛護桜』の影響ではないでしょうか。

遊女・花園が秘蔵する「真の鞭」は、思うに四の宮の祭りに一の鳥居に立てる「真の榊(さかき)」の変形でしょう。愛護若が家を逃れる際に縄を食い切る鼬(いたち)は、説経節における母の霊がもたらしたものです。穴生の乳母は熊手婆(くまでばば)で、盲目の娘の実は、小松姫と共に暮らしています。愛護若がその家の桃を食べて麻畑に隠れる件も、説経節の通りです。

愛護若が辛崎の浜で、ついてきた松の枝を挿す場面は、説経節を乗り越えて、直接「日吉の縁起」に迫っています。その時の「誓いの言葉(うけひごと)」にはこうあります。

「松も一本、葉も一つ、都の方へ根も挿さず、志賀辛崎の一つ松、愛護がしるしとなし給え」

そして、その松の木に小袖を掛けて、湖水に身を投げます。細工小次郎に相当する人物は、この作品では関寺半内となっています。愛護若を追って身投げするのは、説経節に出てくる百八人の代表者です。『神霊矢口渡』は、非常に読本(よみほん)のような雰囲気が強くなっています。桜井御前が愛護若に恋心を抱くという設定は、説経節のままです。手白(たじろ)と愛護若との出会いは、鷲にさらわれそうになった猿を愛護若が助けたことから始まりました。やがて猿の親子はそろって人間に化け、若君に恩返しをするようになります。

『女筆始(おんなふではじめ)』という物語では、田畑早苗之助の役どころが、仲麻呂や桜井御前の子を守る「秦黒道(はたのくろみち)」という人物に変わっています。また、二つの宝物である「鞍」と「大刀」は、「綾丸の大刀」と「遠山の鏡」と名を変え、烈婦である小松姫が志賀六(黒道)を討ち取って奪い返し、二条家に献上したという筋書きになっています。

このうち『名歌勝鬨(なごのかちどき)』は、当時かなり有名な浄瑠璃でした。役行者や弘法大師の母、そして苅萱(かるかや)の物語を取り入れた「山の段」だけは、今でもまれに語られることがあります。『瑠璃天狗』という書物にも、道行きやこの山の段が注釈されているのを見ても、できの悪い作品の割には、当時から人々に喜ばれていたことがわかります。

芝居の鬘(かつら)に「愛護」という型があるのは、このあたりから生まれたものと思われます。『愛護曾我』の評判記の挿し絵に描かれた愛護若は、いわゆる「愛護の児輪(ちごわ)」という髪型に結っていますが、説経正本や『一代記』、あるいは神仏の伝記などでは、みな「児茶筅(ちごちゃせん)」という髪型になっています。

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