初級翻訳・海底都市 第14話

海底都市

カビ博士は学生たちには少しも構わず、配電盤の前に立って計器を見上げたり、急ぎ足で僕を乗せている台の下へもぐり込んだりと、ひとりで忙しそうに動き回っていました。
そんなわけで、博士はもちろん、僕の訴えに耳を貸す様子もありません。

「ねえ、諸君。お互いに人格を尊重しようじゃないですか。膝を突き合わせて話すならともかく、僕は観察されることを望んでいるわけではないんです。諸君、なによりもまずこの透明な牢獄の壁を持ち上げて、向こうへ移動させてくれませんか。さあ、お願いですから手を貸してください」

男女の学生たちの表情には、明らかに興奮の色が現れました。
その興奮をきっかけに、彼らはこの透明な壁に飛びついて持ち上げてくれるかと思いきや、彼らは肩越しに重なり合って僕の方へ首を突き出すばかりで、僕の注文に応じてくれる者はひとりもいませんでした。
僕はがっかりすると同時に、新しい怒りに赤く燃え上がりました。

その時でした。
のぼせ上がった頭が、すうっと涼しくなりました。怒りが急にどこかへ行ってしまったような気がします。
すると、ぽっと目の前がうす紫色に見えだしました。
よく見ると、それは透明な壁が、どうしたわけか、うす紫色に着色したのです。
なおよく見ると、それは縞模様になっていて、その縞が細かく震えています。
――僕はますます爽快な気持ちになっていきました。

が、変なことが起こりました。
僕の着ている服が、やけにだぶだぶしてきたのです。そして服が、僕の体から逃げようとするではありませんか。
(へんてこだぞ、これは……)
誰か見えない人間が僕のまわりにいて、僕の服を脱がそうとして引っ張っているようでもあります。
まさかそんな人間がいるはずはないのですが。
服が脱がされては困ります。僕は忙しく、一生懸命に自分の服のあっちを引っ張り、こっちを引っ張りして、目に見えない相手と力くらべをしました。
ああ、しかし、服は僕の力に打ち勝ち、体から、手から、足から逃げ出しました。
僕が必死になって一人相撲をとっているうちに、とうとう僕は赤裸々になってしまいました。

「これが二十年前の彼の姿である。非常に興味深い体を持っている。よく観察されるといい」

これはカビ博士の声でした。
見ると、博士はいつの間にか透明なお椀の側に立って、僕の方を指して講義を始めているではありませんか。
学生たちも、今までにない真剣な顔で、僕を穴が開くほど見つめています。
僕は恥ずかしさのあまり、全身が火と燃える思いでした。
男子学生はともかく、女子学生に僕の裸を見られていると思うと、地面に消えて入りたいほどでした。
僕は逃げ出した服を追いかけました。が、お椀の壁のそばにぽっかりと空いていた穴の中に、僕の服はするすると入ってしまい、僕は捕まえ損ねました。

「二十年前の人間は、悪病と栄養失調と非衛生、そして驚くべき無知無能のために、このような衰弱した体を持っている。よくご覧なさい。これでも十五歳の少年なのである」

十五歳の少年? カビ博士はなんという馬鹿なことを言っているのだろうと、僕は吹き出しそうになって、その時ハッと気づきました。
手を顔にやってみたところ、髭がないではないか。あのピンと立てた僕のトレードマークであるはずの髭がないのだ。僕は自分の手を見、足を見ました。
手足はいつの間にか、ちいさくなっていました。
(ああッ、僕は元の少年の姿に戻っている。時間機械が故障したのか? それとも元の世界へ連れ戻されたのか。あるいは……)
と、少年の姿に戻った僕は大パニックになりながら、あたりを見回しました。
ところが目の前には、さっきと同じように、十四、五人の男女の学生やカビ博士が、興味津々といった様子で僕をじっと見つめています。
これは一体、どういうことなのでしょうか。

いつの間にか十五歳の少年の姿に戻された僕は、カビ博士とその学生たちの前で、さんざんに標本としての役割を演じさせられました。
博士は僕の健康状態や知能の欠点ばかりを指摘して、学生たちに講義をしました。
口を大きく開けさせて、虫歯だらけの不揃いな歯を見せつけたり、肺のあたりにうようよと潜んでいる結核菌を拡大して見せたり、精神力の弱さをモニターに波形として映し出したりと、あらゆることをやってみせたのです。
僕はなるべく聞かないようにしていましたが、それでも博士の講義は耳に入ってきます。
そして僕は、自分の体がまるで半分腐りかけた日陰のカボチャのように、貧弱で情けないものであることに恥ずかしさを感じ、自分自身が嫌になってしまいました。

カビ博士の講義が終わると、今度は男女の学生たちが僕の体をいじり回しました。
直接手で触るのではなく、ピカピカ光る長い棒のような道具を、透明な椀の外から中へ突き刺し、その先についている五本指の触手のようなもので僕の体を触ってくるのです。
僕には、いくら押しても鋼鉄の壁のように硬くて動かない透明な椀の壁も、学生たちが棒を手に取って突き刺すと、いとも簡単にぷすりと通り抜けてしまいます。
一体どんな力を使っているのか、ものすごい威力です。
しかし、棒の先についている触手は手触りのよい柔らかいものだったので、痛みは感じませんでした。その代わり、みんなが無遠慮に十数本もの棒で僕の脇の下や喉、足の裏などを構わず触ってくるので、くすぐったくてたまりません。
その間、僕に話しかけてくる学生もいました。
僕はやりきれなくて、適当な返事をしてごまかしました。
本当にやってられません。
この世界に留まっていたいからこそ、こんな苦痛を耐えているわけですが、さすがに我慢の限界というものです。

「博士、標本にされている人間の肌の色が変わってきましたよ。足なんかも長くなりました」
よく喋る一人の女子学生が、カビ博士の胸を叩いて注意を促しました。
博士は眉を上げて僕の方を見ました。
「ほう、なるほど。磁界が弱くなったらしいな。君、ダリア嬢。あの配電盤の黄色い『3』という計器の針を18のところまで上げてくれたまえ。そうだ、もちろんその計器の調節ハンドルを回してだ」
ダリア嬢と呼ばれた、猿の生まれ変わりみたいな顔のお喋り姫は、博士に命令されるとすぐさま配電盤のところへ行き、言われた通りに操作しました。

すると、僕は急に気分が悪くなりました。
見ると、自分の足が小さく縮んでいき、肌の色が悪くなっていきます。
――どうやら僕は、ある機械が出している磁場の中にいるらしく、今しがたその磁場が弱まったために、僕の体は二十年後の世界の方へ滑り出していたようです。
それを今、ダリア嬢が磁場を強くして、元に戻したらしいのです。
とにかく、妙な仕掛けを使っているようです。それは周囲に並んでいる装置のどれからしいのですが、時間機械と同じような働きをしているようでした。
いや、それは後になって学生と博士の会話を聞き、確信に変わりました。

僕はそれを知って、むしろホッと胸を撫で下ろしました。
カビ博士の機械によって一時的に二十年前に戻されるのは我慢できます。なぜなら、待っていれば博士が必ずこの海底都市の世界へ戻してくれると分かっているからです。

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