初級翻訳・銀河鉄道の夜 第12話

宮沢 賢治

」
「イルカですよ。」カムパネルラがそちらを見ながら答えました。
「イルカだなんて、わたし初めてだわ。
でも、ここ海じゃないんでしょう?」
「イルカは、海にいるとは限らないんですよ。」あの不思議な低い声が、またどこからか聞こえてきました。
本当に、そのイルカたちの動きがおかしくて、二つのヒレをちょうど両手を下げて「きをつけ」の姿勢をとっているみたいにして水から飛び出してきて、うやうやしく頭を下げたまま、その姿勢のまままた水の中へ潜っていくのでした。
見えない天の川の水も、そのときはユラユラと青い炎のように波を立てるのでした。
「イルカは、お魚なんでしょうか?」女の子がカムパネルラに話しかけました。
男の子は、ぐったりと疲れたように座席にもたれて眠っていました。
「イルカは魚じゃありません。
クジラと同じような、哺乳類(ほにゅうるい)という動物ですよ。」カムパネルラが答えました。
「あなた、クジラを見たことがあるの?」
「ぼくはありますよ。
クジラは、頭と黒いしっぽだけが見えるんです。
潮を吹くと、ちょうど本に載っている絵のようになります。」
「クジラなら、大きいわねえ。」
「クジラは大きいですよ。子どもだって、イルカくらいありますから。」
「そうよね、わたし『アラビアンナイト』で読んだわ。」お姉さんは、細い銀色の指輪をいじりながら、楽しそうにお話ししていました。
(カムパネルラ、ぼく、もうどこかへ行ってしまいそうだよ。ぼくなんか、クジラだって見たことがないや。)
ジョバンニは、どうしようもなくイライラしながらも、グッと唇を噛んでこらえて、窓の外を見つめていました。
その窓の外では、もうイルカの姿は見えなくなり、川は二つに分かれていました。
その真っ暗な島の真ん中に、高くて高いやぐらが一つ組まれていて、その上に、ゆったりとした服を着て赤い帽子をかぶった男の人が立っていました。
そして両手に赤と青の旗を持って、空を見上げて信号を送っていたのです。
ジョバンニが見ている間、その人はしきりに赤い旗を振っていましたが、急に赤旗を下ろして後ろに隠すようにし、青い旗を高く高く掲げて、まるでオーケストラの指揮者のように激しく振りました。
すると空中にザァッと雨のような音がして、何か真っ黒なものがいくつもいくつも、鉄砲の弾みたいに川の向こうの方へ飛んでいくのでした。
ジョバンニは思わず窓から体を半分乗り出して、そちらを見上げました。
美しく澄み切った桔梗(ききょう)色の空の下を、本当に何万という小さな鳥たちが、幾組も幾組も、それぞれ忙しそうに鳴きながら通り過ぎていくのでした。
「鳥が飛んでいくぞ。」ジョバンニが窓の外に向かって言いました。
「どれどれ。」カムパネルラも空を見上げました。
そのとき、あのやぐらの上のゆったりした服の男が、急に赤い旗を上げて狂ったように振り回しました。
するとピタッと鳥の群れは通らなくなり、それと同時に「バシャーン」という何かが潰れたような音が川下の方でして、それからしばらくの間、シーンと静まり返りました。
と思ったら、あの赤帽子の信号手がまた青い旗を振って叫んでいたのです。
「いまこそ渡れ、渡り鳥。いまこそ渡れ、渡り鳥。」その声もはっきりと聞こえました。
それと同時に、また何万という鳥の群れが空をまっすぐに駆け抜けていきました。
二人が顔を出している窓の真ん中から、あの女の子が顔を出して、美しい頬を輝かせながら大空を見上げました。
「まあ、この鳥、たくさんですわねえ。あらまあ、空のきれいなこと。」女の子はジョバンニに話しかけました。
けれどジョバンニは、生意気だな、いやだなと思いながら、黙って口を結んで空を見上げていました。
女の子は小さくホッと息をついて、黙って席に戻りました。
カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込めて、地図を見ていました。
「あの人は、鳥に教えてあげているのかしら?」女の子がそっとカムパネルラに尋ねました。
「渡り鳥に信号を送っているんです。きっとどこかから狼煙(のろし)が上がるから、それに合わせてでしょう。」
カムパネルラが少し自信なさそうに答えました。
そして車の中は、またシーンとなりました。
ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですが、明るい場所へ顔を出すのがつらかったので、黙ってこらえてそのまま立ち、口笛を吹いていました。
(どうしてぼくは、こんなに悲しいんだろう。)もっと気持ちを落ち着けて、ゆったりと構えなくちゃいけない。
あの岸のずっと向こうに、まるで煙のような小さな青い火が見える。
あれは本当に静かで、冷たい光だ。
僕はあれをじっと見て、心を落ち着けるんだ。

ジョバンニは、熱を持って痛む頭を両手で押さえるようにして、そちらの方を見つめました。
(ああ、本当にどこまで行っても、僕と一緒にいてくれる人はいないんだろうか。カムパネルラだって、あんな女の子と楽しそうに話しているし、僕は本当に辛いなあ。)
ジョバンニの目はまた涙でいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ行ってしまったかのように、ぼんやりと白く見えるだけでした。

そのとき、汽車はだんだんと川から離れて、崖の上を通るようになりました。
向こう岸の黒い崖も、川を下るにつれてだんだんと高くなっていきます。
そして、ふと大きなトウモロコシの木が目に飛び込んできました。
その葉はぐるぐると縮れていて、葉の下には美しい緑色の大きな実の包みが、赤い毛を吐き出し、真珠のような実がチラリと見えていました。

それはだんだんと数が増えてきて、今ではまるで列のように崖と線路の間に並んでいます。ジョバンニが思わず窓から顔を引っ込めて反対側の窓を見たときには、美しい空の野原が広がっていました。地平線の果てまで、その大きなトウモロコシの木がほとんど一面に植えられていて、風にさやさやと揺れています。その立派にちぢれた葉の先からは、まるで昼の間にたっぷりと日光を吸い込んだダイヤモンドのように、露がいっぱいに付いて、赤や緑にキラキラと燃えるように光っていました。

カムパネルラが「あれ、トウモロコシだねえ」とジョバンニに言いましたが、ジョバンニはどうしても気持ちが晴れなかったので、ただぶっきらぼうに野原を見たまま「そうだろう」とだけ答えました。

そのとき、汽車はだんだんとスピードを落とし、いくつかの信号機と線路の切り替えポイントの明かりを過ぎて、小さな駅に止まりました。
その正面にある青白い時計は、ちょうど二時を指しています。風も止み、汽車も動かず、静かな静かな野原の中で、時計の振り子がカチッ、カチッ、と正確に時を刻んでいました。
そして、その振り子の音の合間から、遠く遠くの野原の果てから、かすかな、あまりにかすかなメロディーが、一本の糸のように流れてくるのでした。

「新世界交響曲だわ」と、向こうの席のお姉さんが、独り言のようにこちらを見ながらそっと言いました。
本当に、車の中ではあの黒い服を着た背の高い青年も、みんな優しい夢を見ているようでした。
(こんなに静かで良いところで、どうして僕はもっと楽しくなれないんだろう。どうしてこんなに一人ぼっちで寂しいんだろう。それにしてもカムパネルラはひどいよ。

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