初級翻訳・青い顔 第2話

三島 霜川

あなたと一緒になってから、もう三年にもなりますけれど、いつの日曜日に『散歩でもしないか』とおっしゃったことがあって? いつだって家にばかり引きこもって、他人を虐(いじ)めてばかりいらっしゃるのではありませんか」

全くその通りで言い返せなかったため、俊男は黙ってニヤニヤしていましたが、ふいに、「そりゃあ、人には気まぐれというものがあるさ」と言いました。

「じゃあ、気まぐれで私を虫干しになさるんですか」

「そうさ。気まぐれでもなきゃ、俺にはお前を虫干ししてやる同情心さえない。正直なところな」
俊男は思い切ってそう言いました。感情が高ぶってきたのか、まぶたのあたりにポッと赤い色が差しました。

「そんなに私が憎いのですか。憎いなら、憎いように……」
近子はひどく怯えた様子で、突っかかるような勢いで言いましたが、俊男は冷ややかに返しました。

「いや、誰も憎いとは言っていないよ。もし憎いなら、誰に遠慮も義理もあるものか、とっくに追い出しているさ。俺の気持ちは、憎いわけでもなければ、可愛いというわけでもない。ただ、しっくりと性が合わないというだけのことなんだ。趣味も一致しなければ理想も違うし、第一、人生観が違う……。おっと、またお前の嫌いな難しい話になってきたな。こんなことは、ただ風に向かって喋るような無駄なことさ」

「じゃあ、すっぱりとお暇(いとま)をくださったらいいでしょう」

「そりゃあ、たまにはそう思わないでもないな。しかしお前は、俺には用のある人間だ」

「用なんて、下女で十分間に合いますわ」

「全くその通りだ。だが、下女は下女、妻は妻さ。下女で用が足りるくらいなら、世間の男は誰だって、うるさい妻なんか持ちはしない」

また同じような話かと思うと、近子は気分が悪くなり、胸がモヤモヤとしました。それでも近子はじっと耐えて、

「そうおっしゃるなら、女だって同じでございましょうよ。できることなら一人でいた方が、どれだけ気楽かわかりません」と冷ややかに言いました。

「そうよ。奴隷よりは自由民の方がいいからな」

「その通りですとも」

「それならなぜ、お前は俺のような夫を選んだんだ」

「誰もあなたを選びはしませんよ」
そう言って、少し顔を赤らめ、言葉に詰まりながら、「あなたの方で、私をお選びになったのではありませんか」と続けました。

「そうだったかな」
俊男はとぼけるように、ちらりと空を仰ぎながら言いました。
「とすれば、そりゃあ俺がお前を選んだんじゃない。俺の若い血がお前に惚れたんだろう」

「それはどちらだって構いませんけれど、私は何も自分から進んであなたと一緒になったのではございませんから、どうぞそのおつもりでね」

「いいさ。俺だって、どちらでもいいさ。ただ、これだけは白状しておこう。俺はお前の肉体を吟味したが、心までは吟味しなかった。ところで、肉体と肉体とが接触したら、その渇望は満たされて、お前に対してさらに別の望みを持つようになった。ところが、お前はなかなかその望みを叶えてくれるような女じゃない。だから、だんだんと飽きてくるようになったんだ。お前も『間尺に合わない』と思っているだろうが、俺だって満たされないさ。ある意味で言うと、俺たちはこの家で埋もれているようなものだからな。何しろ、この家の寂しさはどうだ。いくら人数が少ないと言っても、書生もいれば下女もいる。それなのに、めったに笑い声さえ聞こえないというのだから、まるで冬の野原のような光景だ」

「それは誰のせいなのでございましょう」

「誰のせいかな」

「私はあなたに無理にお願いをしてバイオリンの稽古までして、家庭を賑やかにしようと心掛けているようなわけではございませんか」

「そのバイオリンが、また俺の耳障りになるんだ。あいにくな」

「それじゃあ、仕方がないじゃありませんか」

「本当に、仕方がないのさ」

「じゃあ、どうしたらいいのでございましょう」

「わからんね。要するに、お前の顔は赤い。俺の顔は、青い」だから、どうしようもないことになっているのだ。
「……」
どうしようがあろうとなかろうと、それは私の知ったことではない! と言わんばかりの顔をして、近子はぷうと膨れていました。
そしてやがて俊男のそばを離れると、縁側をあちらこちらと歩き始めました。
俊男は俊男で、知らんぷりをして、激しく降る雨に煙る庭の木立を眺めていました。
このような突き放すような態度を取られたので、近子は少し拍子抜けした気分でしたが、何と思ったのか、またゆっくりと俊男のそばへ寄って言いました。
「あなたは、何かにつけて家が寂しい、寂しいとおっしゃいますけれども、そりゃあ家に病気がちな人間がいれば、自然と陰気にもなりますわ」
別に深い意味で言ったわけではありませんでしたが、俊男はなんだか自分に当てつけられたように感じて、カチンと癪に障りました。
「フム、それじゃあなんだな。お前は俺がこの家を陰気にしていると言いたいわけだね」
と冷静に言ってから、急に激しい口調になりました。
「なるほど、一家の中に体の弱い陰気な人間がいれば、他の者は面白くないに決まっている。だが、虚弱なのも陰鬱なのも天性なら仕方がないじゃないか。人間の体質や性質というものが、そう簡単に直せるものじゃない。俺の虚弱なのと陰鬱なのは生まれつきで、今さら自分の力でも、また他の力でもどうすることもできない。例えば、お前の頬っぺたの赤みを剥ぎ取って、青くすることができないのと同じように」
と、細い指先を震わせながら、躍起となって叫びます。
「まあ、あなたもいい加減になさってください。私はあなたの体が弱いことや、気難しいことを悪いなんて言ったのではありません。ただ、あなたが家が寂しくて不愉快だと言ったから、それは誰のせいでもない、あなたご自身の体が悪いからだと言ったまでのことなんです。男らしくもない、弱い者いじめもほどほどになさるものですよ」
とぶつぶつ言います。その態度はどこまでも冷ややかで、言うこともきちんと筋道が立っています。
俊男は、その聡明な頭の良さが気に入りません。また、見た目には柔和そうに見えるのに、案外理屈っぽいのと、根性が据わっているところが憎いのです。
そこで、ギロリとその横顔を睨みつけて言いました。
「そうか。それじゃあお前は、俺は馬鹿でお前が賢いと言いたいんだね。よろしい、弱い者いじめというのなら、俺はまあ、馬鹿になってやろうじゃないか。俺の方が賢く振る舞うと、お前は涙という武器で俺を苦しめるんだからな。……だが近子、断っておくが、陰鬱なのは俺の性分で、本を読むのと考えるのが俺の生命なんだ。ちょうどお前が浮世の栄華に憧れているように、俺は知識欲に飢えている……だから社交も嫌なら、芝居見物も嫌さ。家を賑やかにしろというのは、何も人を呼んでキャッキャと騒いでいろという意味じゃない。お互いの間に温かい点があってほしいということなんだ……だが、俺の家では、お前も独り、俺も独りだ。お互いに頑固に孤独を守っているのだから、当然お互いに冷たい。いや、これも自然の結果なら仕方がない」
「なぜ、お互いに独りでいなければならないのでしょうか」
「色が違うからさ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました