そのとき進一君が、懐中電灯のあいずをした窓は、ユリ子人形のいる窓よりも、ずっと人形部屋に近かったので、だいじょうぶ、さきまわりができるのです。
進一君は、足音をたてないようにかけ出して、人形部屋へはいりました。
そして壁のスイッチをおすと、パッと電灯がつきました。
その光で、ひと目、部屋の中を見たとき、進一君は、「あっ!」と声をたてて、立ちすくんでしまいました。
いつのまにかユリ子人形が、ちゃんと、部屋に帰っていたからです。
「そんなはずはない。廊下は一本なんだから、ぼくのほうがはやかったにきまっている。ユリ子人形は、まだ廊下をはんぶんも歩かないころだ。」
進一君は、そう考えました。
それにまちがいはないのです。
「はてな?」と、こくびをかしげていましたが、やがて、ハッとあることに気がつきました。
「あっ! そうだ。ユリ子人形はふたりいるんだ。ひとつは、こちこちの、ほんとうの人形、もうひとつは、そっくり同じ着物をきた、生きた人間! そうだ! そうにきまっている。いままで、どうして、そこへ気がつかなかったのだろう。ぼくが追っかけてきたときには、人間のほうは、おしいれの中かなんかにかくれてしまって、人形のほうだけが、いすにこしかけているもんだから、ごまかされたんだ。」生きた人間がいっぺんに、こちこちの人形にかわってしまったように見えたんだ。
それじゃこんどは、こっちが、おしいれの中にかくれて、あいつの帰ってくるのを待ちぶせしてやろう。
進一君は、とっさのあいだに、これだけのことを考えました。
そして、すばやくおしいれにはいって、ふすまを細めに開き、じっと、ようすをうかがっていました。
すると、こつ、こつ、こつ、こつと、廊下に、人形の足音が、聞こえてきたではありませんか。
あくまで人形が歩いていると思わせるために、足になにか、かたいものをはいているのでしょう。
つまり、人形が生きて動くという、怪談をつくり出して、みんなをおどかそうとしているのです。
進一君は、息をころして、ふすまのすきまから目をみはっていました。
心臓のどきどきする音が聞こえるほどです。
ドアがスーッと開きました。
ああ、はいってきたのです。
ユリ子人形が、はいってきたのです。
こちらにこしかけているユリ子人形、ドアのところに立っているユリ子人形、そっくりです。
着物のもようも、帯も、そして、顔までも。
長いふり袖、はでなゆうぜんもよう、ピカピカ光るきんらんの帯、美しい人形がふたりならんでいるのです。
進一君は、息もできないほどでした。
こんなふしぎなことが、あるものでしょうか、人形とそっくりの顔をした少女が、もうひとりいるなんて。
いや、そうではありません。
少女が人形に似ているのではなくて、この少女をモデルにして、人形をつくったにちがいありません。
それならべつに、ふしぎでもなんでもないのです。
ユリ子人形とそっくりの少女は、ドアの前をはなれて、こちらへ歩いてきます。
やっぱり、このおしいれの中へかくれるつもりでしょう。
進一君は、グッと心をひきしめました。
このぶきみな少女と、たたかわねばならないのです。
少女は、もう二メートルほどに近づきました。
一メートルになりました。
いまです!
進一君は、パッとふすまを開いて、おしいれの中からとび出しました。
「あっ!」
少女が、おどろきの叫び声をたてました。
そして、くるっとうしろをむくと、いきなり、ドアのほうへかけ出すのでした。
「まてっ!」
進一君も、すぐに、そのあとを追いました。
ドアをとび出して、廊下を走りました。
少女は、走りながら、帯をといています。
帯が、すっかりとけました。
庭にめんした窓に走りより、そこに出ているくぎに、帯のはじをひっかけました。
そして、あっと思うまに、少女は、窓の外へとび出したのです。
進一君も、その窓へかけつけました。
少女はくぎにひっかけた帯をつたって、庭へおりていきます。
そして、パッと地面へとびおりました。
「おうい、だれかきてくれえ。
……ユリ子人形をつかまえてくれえ……。」
進一君は、ありったけの声を、ふりしぼって叫びました。
そして、じぶんも、帯をつたって、庭へおりていくのです。
少女は庭におりると、へいのほうへ走りながら、ふり袖の着物をぬぎすててしまいました。
その下に、黒のうすいワンピースを着ていたのです。
進一君も、庭へとびおりました。
そして少女のあとを追いながら、
「おうい、はやくだれか、ユリ子人形をつかまえてくれえ……。」
と叫びましたが、だれも家の中から出てくるようすがありません。
少女はもう、へいによじのぼっていました。
かるわざ師のように、身の軽いやつです。
進一君もへいの下にかけつけて、少女の足をひっぱろうとしましたが、もうまにあいません。
へいの上に、すっくと立った少女のすがたは、パッと、外の道路へとびおりてしまいました。
それにしても、この少女は、このあいしてから、いったいどこにかくれていたのでしょう。
ずっと、おしいれの中にいるわけにはいきません。
ひょっとしたら、あの黒いワンピースを着て、ふり袖や帯をかかえて、毎晩、外からしのびこんでいたのかもしれません。
チンピラ隊の活躍
そのときへいの外には、三人のチンピラ隊が待ちかまえていました。
チンピラたちは、進一君の叫び声をきいたのです。
「ユリ子人形を、つかまえてくれ。」
とは、いったい、どういういみなのかと、ふしんに思いましたが、しかしカンのいいチンピラたちには、すぐにさっしがつきました。
ユリ子人形は、いまに、この道路へ逃げだしてくるだろうと、へいの外の地面に身をふせて、待ちかまえるのでした。
むこうのへいの上に、黒いかげが動きました。
そして、またしても、進一君の叫び声がしたかと思うと、その黒いかげが、パッと地面にとびおりました。
ユリ子人形はふり袖を着ていると聞いていたのに、この少女は黒い洋服のようです。
長いあいだまっ暗なところにいて、やみに目がなれているので、チンピラたちには、それがよくわかりました。
「へんだなあ。あれ、ユリ子人形だろうか?」
「だって、へいからとびおりたんだから、まちがいないよ」
「じゃあ、あいつを、つかまえようか」
「もちろんさ」
チンピラたちは、そんなことをささやきあったかと思うと、地面にふせていたのがパッと立ちあがり、恐ろしいいきおいで、少女のそばにかけよりました。
少女はへいからとびおりて、ちょっと、ころんだものですから、たちまち、チンピラたちにつかまってしまいました。
「あらっ、あんたたち、あたしをどうしようっていうの。まあ、きたないこじきの子どもじゃないの!」
少女は、らんぼうなことばで、チンピラたちをしかりつけました。
そして、ふりはなして、逃げだそうとするのですが、どうして、はなすものではありません。
「なにい、こじきだってばかにするねえ。おいらは少年探偵団の別働隊で、チンピラ隊っていうんだ。明智先生の弟子だぞっ!」
三人のチンピラは、口ぐちに、そんなことをわめきながら、少女の上にのしかかって、組みふせてしまいました。
そのときです。
とつぜん、やみの中から太い声が聞こえてきました。
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