また、この家族には頼れる親戚や知人が、鳥取の町中に一人もいませんでした。
ある冬の日のこと、父親は仕事から帰ってきて「気分が悪い」と言って床に就いたまま、病気は急激に悪化し、それきり起き上がれなくなりました。
一週間ほど薬も飲めずに苦しんだ末、とうとう父親は亡くなってしまいました。
二人の子供を残された母親は、布団の中で毎日泣いていましたが、間もなく病気が重くなり、母親もついに息を引き取ってしまったのです。
二人の子供は、抱き合って泣くよりほかありませんでした。
どこへ行っても知らない他人ばかりで、助けてくれる人は一人もいないのです。雪に埋もれた町の中で、子供たちは働こうにも何一つ仕事が見つかりません。
子供たちは、家の中の品物を一つずつ売って暮らしていくしかありませんでした。
売る物といっても、もともと貧しい暮らしですから、そんなにたくさんあるはずもありません。
亡くなった両親の着物、自分たちの着物、布団を四、五枚、それから粗末な家具を二つ三つ。そういった物を二人は順々に売り払い、ついに一枚の掛け布団しか残らなくなってしまいました。
そうしてついに、何も食べるものがない日がやってきました。
言うまでもなく、家賃を払っている余裕などありません。
それは冬の中でも「大寒」と呼ばれる、いちばん寒い季節でした。
この地方では、その時期になると大人の背丈ほども雪が積もり、それが春の四月頃まで溶けずに残るのです。
二人の子供の食料が尽きたその日も朝から雪で、午後からはひどい吹雪になりました。
二人の子供は外へ出ることもできません。空っぽのお腹を抱えながら、二人はたった一枚の布団にくるまって、部屋の隅でちぢこまっていました。
あばら屋のことですから、壁はどこも隙間だらけです。その隙間から吹雪は遠慮なく吹き込んできます。
二人はぶるぶると震えながら、しっかりと抱き合い、子供らしい言葉で互いを慰め合うしかありませんでした。
「お前、寒いだろう」
「いいえ、兄さんが寒いでしょう」
二人はそれを何度も繰り返して言い合っていました。
そこへ、家主がやってきたのです。
無慈悲な家主は怖い顔をして、荒々しく怒鳴り散らしながら家賃の催促をしました。
二人の子供は驚きと悲しみのあまり、何も言うことができませんでした。ただ首をすくめ、目をしばたたいているばかりでした。
家主は家の中をじろじろと見回していましたが、金目の品物が何一つないことを知ると、乱暴にも子供たちがくるまっていた唯一の布団をひったくってしまいました。
そのうえ、子供たちを家の外へ追い出し、戸にはしっかりと鍵を下ろしてしまったのです。家を追い出された二人の兄妹には、行くあてなどどこにもありませんでした。
少し離れたお寺の建物からは、暖かそうな明かりが窓から漏れて見えていましたが、雪が子供たちの胸の高さまで積もっていたので、そこまで歩いていくことさえできません。
それに子供たちは薄い着物を一枚着ているだけだったので、体中が凍りついてしまい、もう一歩も動けそうになかったのです。
そこで二人は、怖い家主が立ち去ったのを見計らって、もとの家の軒下へこっそりと戻りました。
そうしているうちに、二人はだんだんと眠くなってきました。
長い間あまりにひどい寒さにさらされていると、人は誰でも眠くなってしまうものなのです。
兄妹は少しでも暖まろうと、互いにぎゅっと抱き合いました。
そしてそのまま、静かな眠りに落ちていきました。
こうして兄妹が眠っている間に、神様は新しい布団――真っ白で、それはそれは美しく、やわらかい布団を、抱き合った兄妹の上にそっと掛けてくださいました。
兄妹はもう寒さを感じませんでした。
そしてそれから幾日も幾日も、そのままで安らかに眠り続けました。
やがて雪がやんだある日、近所の人が、雪の中に冷たくなっている二人の兄妹の体を見つけ出しました。
兄妹は冷たくなってしまっても、互いにしっかりと抱き合ったままでした。
宿屋の主人はこの話を聞き終えると、しばらくの間だまって目をつぶり、神様に祈るような姿をしていました。
それから宿へ帰って、言葉を話す不思議なその布団を持ち出すと、二人の兄妹が住んでいた家の近くのお寺へ持っていき、納めました。
そして、そこのお坊さんに頼んで、小さく美しい二人の魂のために、丁寧にお経をあげてもらったのです。
それからというもの、その布団は言葉を話すことはなくなりました。
そして宿屋も、その後たいへんに繁盛したということです。
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