やがて寺の本堂へつきました。大きな屋根は朽ち、広い回廊は傾きかけ、太い柱は歪み、見るからに怪物の住みそうなありさまに、勘太郎も始めはうす気味悪くなりました。
しかしぐっと胆力をすえて、本堂の中へ入ってみました。そして中の様子を隈なく調べました。
それから廊下つづきの庫裡(くり)の方へ入っていきました。そこも雨は漏り、畳は腐り、天井には穴があき、そこら中がかび臭かったのです。
勘太郎は土間の上がり框(あがりかまち)のところにある囲炉裏の所へ行ってみました。
すると、自在鉤(じざいかぎ)が掛かっている下には、つい昨夜焚火をしたばかりのように新しい灰が積もり、木の枝の燃えさしが散らばっていました。
さらによく見ると、その炉端には鳥の羽や、獣の毛や、人間の骨らしいものが散らばっていました。
「なるほど、鬼どもは生け捕ってきた獲物をこの囲炉裏で焼いて食うのだな。それじゃ一つ、この炉の上の天井に隠れて今夜の様子を見てやろう」
勘太郎はそうひとりごとを言って、それから土間の柱をよじ登り、ちょうど炉端が具合よく見える、穴のあいた天井の上に隠れました。
三
やがて日は暮れました。日が暮れると短い夏の夜はすぐ更けていきました。
一寸先も見えない真っ暗な寺の中はガランとして、物音一つしません。勘太郎は息を殺し、今か今かと鬼どもの来るのを待っていました。
すると夜中の一時頃でしょうか、本堂の方の廊下を歩く大きな足音が聞こえてきました。
その足音は、少なくとも八本か十本ぐらいの足で踏みならす音でした。
間もなくその足音は、勘太郎の隠れている天井の下の炉端に近づきました。
そして、どさりと炉端にあぐらをかく音がします。木の枝を折る音がします。
しかし真っ暗なので、勘太郎はただ耳で様子を聞くよりほかありませんでした。
と、同時に囲炉裏には火がめろめろと燃え出しました。
勘太郎は天井の穴に目をつけて、下を覗き始めました。
めろめろとした赤い炎は、炉端に座っている四匹の鬼の顔を照らしました。
土間を正面に見た旦那座(だんなざ)に座っているのが、鬼の大将でしょう。
腰の周りに獣の皮を巻いて大あぐらをかいています。口の両端から現れている牙が炎に照らされて、金の牙のように光っていました。
勘太郎も一目見て、なるほどこいつぁうっかりかかったら、頭からひとかじりにやられそうだと思いました。家来の三匹の鬼は、大将ほど大きな牙は生えていませんでしたが、その目がギラリと光るのを見ただけで、勘太郎は体中がすくむような思いがしました。
勘太郎は天井にぴったりと腹ばいになったまま、身動き一つせず、じっと下の様子をうかがっていました。
やがて鬼たちが話を始めました。
まず家来の鬼が言いました。
「今夜みたいに運の悪い夜はねえ。腹が減ってたまらねえよ。」
「本当にろくな晩じゃねえ。人間の子一人つかまえられなかった。腹の虫がグーグー鳴るわい。」と、もう一人の家来が相槌を打ちました。
すると大将の鬼がみんなを見回して言いました。
「そのうちに村の若者がやって来る。落ち着いて待っていろ。」
「いや親分、いくら人間が馬鹿だといっても、今夜も来るようなことはあるまい。もうこりごりしているはずだよ。」
「ところが、きっと来る。人間という奴は、自分たちが世界で一番強いものだと思い込んでいるからしようがない。村中の連中がみんな食われてしまうまで、次から次へとやって来るに決まっているよ。」大将の鬼は、さすが大将らしく偉そうな口をききました。
「そりゃそうだな。力もろくにないくせに、知恵も足りないときているんだから、人間というのもかわいそうなもんだ。」家来の鬼たちはそう言って、鼻を高くしました。
「ところで、人間がおれたちより弱いとなると、世界中で一番強いものって何だろうな。」今まで黙って火を燃やしていた家来の鬼が尋ねました。
「そんなもの、何もないよ。おれたちの敵なんて世界中どこにもいやしないんだ。」と、別の家来がいばった顔で言いました。
「いや、一つだけある。たった一つだけ、おれたちより強いものがいる。」大将の鬼が真面目な顔で言いました。
「何だろう。」
「さあ、何だろう。」
「わからないのかね。それは人間どもに飼われている『鶏(とり)』という生き物だ。」
「鶏! 初めて聞く名前だな。だが、いったいどうしてそんなに強いんだ?」
「それはこうだ。その鶏という奴は『トッテクー』と鳴くのだ。『取って食う』と鳴いたら最後、どんな相手でも取って食ってしまうのだ。恐ろしい奴だよ。」
「なるほど、そんな鳴き声をする奴は他にいない。そいつはよっぽど強い奴に違いないな。」
この話を天井で聞いていた勘太郎は、「しめた!」と思いました。
するとその時、大将の鬼が鼻を天井に向けてモガモガとさせながら、「何だか人くさいぞ」と言い出しました。
ぐずぐずしていたら、あべこべに自分が取って食われると考えた勘太郎は、寺中に響き渡るような大声で、
「トッテクー……!」と叫びました。
さあ大変です。鬼たちはあわてふためき、逃げ出そうとしました。
家来の一匹は土間へもんどり打って転げ落ち、腰を折ってしまいました。他の二匹の家来は柱に頭をぶつけて、頭の鉢をぶち割ってしまいました。
大将の鬼は、旦那座から一足飛びに土間へ飛び下りようとして、囲炉裏にかけた自在鉤(じざいかぎ)に鼻の穴をひっかけてしまいました。
すると、
「鶏につかまった! ああ……鶏につかまった!」と叫びながら、もう手足を動かすこともできず、自在鉤にぶらりとぶら下がってしまいました。
勘太郎は腹を抱えて笑いながら天井から下りてきて、見事に大将の鬼を生け捕りにしました。
勘太郎は、鬼の鼻の穴にひっかかった自在鉤をそのままにして、残りの綱で鬼の両手をうしろに回して縛り上げ、先を歩かせながら村へと帰ってきました。
今まで勘太郎を馬鹿にしていた村の人たちは、これを見て勘太郎の前にみんな両手をついて謝り、勘太郎の偉い手柄を称えました。
そして勘太郎を一番強い人物としてあがめ奉ったということです。
勘太郎はその後、寺の住職となり、後には知徳のすぐれた名僧になったということです。
コメント