ウェーゼル川の南岸に、静かで気楽なハメリンという町がありました。
ところがいつの頃からか、町にはネズミがうようよと増えてしまいました。あちこちで「チュウチュウ」、ネズミたちの住みかはどこもかしこもネズミだらけ。
ネズミたちは猫にまでかみつき、赤ん坊のゆりかごをかじり、犬とケンカしては大暴れ。帽子の中に巣を作れば、自慢の服はボロボロに。奥様たちのおしゃべりさえも、ネズミのキーキーという鳴き声にかき消されてしまうありさまでした。
町の人たちはすっかりあきれ果て、顔を合わせればネズミのうわさばかり。最後には、ため息をつくことしかできなくなりました。
「こんなことではいけない!」と、みんなが役場に押しかけました。役場は大騒ぎです。
「市長さん、議員のみなさん! どんなに頭をひねってもいいから、ネズミを退治する方法はないのか! もしできなければ、あんたたちの威張った態度は何事だ。そんな立派な服は脱ぎ捨てて、今すぐここから出て行け!」
これには市長や議員たちもびっくり。みんな青ざめてしまいました。
なんとかしてうまい知恵をしぼり出さなければ、自分たちの立場が危うい。そうして急いで開かれたのが、町の大協議会でした。
机を囲んで眉間にシワを寄せ、深刻そうに話し合いましたが、もともと知恵のない彼らに名案が浮かぶはずもありません。ただただ時間だけが過ぎていきます。
頭をかきながら、市長が言いました。
「カタツムリじゃあるまいし、知恵を出せと言われても無理なものは無理だ。知恵がないのだから仕方ない。ああ、どこかにネズミが逃げ込むような穴はないものか……」
その時、入り口で「トントン」と音がしました。
「まさか、またネズミか?」とみんな胸がドキドキ。しょぼしょぼした目やキョロキョロした目で恐る恐る見守っていると、客だとわかって一安心。「お入りなさい!」と、みんな急に偉そうな顔をしました。
入ってきたのは、なんと世にも不思議な姿の男でした。
赤と黄色がまだら模様になった、奇妙なマントを羽織っています。やせてヒョロヒョロと背が高く、顔はツルツルでヒゲ一本ありません。髪はふさふさで、顔色はどす黒く、針のように細い青い目がギョロリと光っています。いつも笑っているような口元が、なんとも気味の悪い男です。
「まるで人間じゃないみたいだ。墓の下から出てきたのか?」と、ひとりの議員がこっそりつぶやきました。
男は気にせずズカズカと入り、机のそばまでやってきました。
「みなさん、ごきげんよう。私は『魔法の笛』を吹く男。飛ぶ鳥も、這う虫も、泳ぐ魚も、あらゆる生き物を音色で引き寄せる。この不思議な笛が私の名前代わりです」
それから男は、笛で立てた数々の手柄話を語り始めました。
なるほど、黄色と赤のまだら模様の服には、魔法の笛がぶら下がっています。男は手先をムズムズさせて、今すぐにでも吹きたそうにしています。
感心したような議員たちの顔を眺めながら、男は自信たっぷりに言いました。
「どうです、みなさん。お困りのネズミは、私が退治してあげましょう。その代わり、報酬として千円いただきます」
男の話を最後まで聞くか聞かないかのうちに、市長も議員たちも声をそろえて叫びました。
「なんだ千円か! 安いものだ。ネズミ退治が成功したら、五千円でも今すぐ払おう!」
男は四つ辻に出ると、ニッコリ笑って魔法の笛を口にあてました。
慣れた手つきで指を動かし、器用に穴を開けたりふさいだりして、「ピュウロ、ピュウロ」と高い音を鳴らします。
高い音色を二度、三度と響かせると、やがて町中でヒソヒソ話が始まりました。その話し声がブツブツとした声になり、ガヤガヤと騒ぎになり、最後にはドッと大きな地響きのような音が鳴り響きました。
「おや、出た! ネズミが出たぞ!」
床の下からも、屋根の軒先からも、チュウチュウとネズミが飛び出してきます。ガタガタ、バタバタ、ヨチヨチ、コロコロ。笛の音に誘われて、跳ねたり踊ったり。
黒いネズミ、赤いネズミ、灰色のネズミ。ひょろひょろネズミに、太ったネズミ。おじいさんネズミに若いネズミ。親子も兄弟も、おじさんもおばさんもいとこも、みんな尻尾を立ててヒゲをそらせて集まってきます。
男はさらに面白おかしく節を変え、町から町へと歩き出します。
「遅れちゃ大変!」と一生懸命になって、ネズミの行列はぞろぞろ、ガヤガヤと後を追いかけます。
「ピュウロ、ピュウロ」と笛を吹くと、ネズミたちは夢中で走ります。
やがて目の前にウェーゼル川が見えてくると、男は笛を吹き鳴らしました。
「これでおしまいだ!」
川だろうが海だろうが関係ない。ネズミたちは大喜びで飛び込んでいきました。あとからあとから、ドボン、ブクブクブク……。みんな川に溺れて死んでしまいました。
ただ一匹だけ、太ったネズミが一生懸命に泳ぎきり、ネズミの国へ知らせを届けるために逃げていきました。その知らせには、こう書いてあったのです――
「最初にあの笛の音が聞こえたとき、まるで牛のハラワタを焼くような、リンゴの甘い汁を絞り出すような、冷蔵庫のフタを開けたときのような、たまらなく美味しそうな匂いがプンプンしたんだよ」『さあ食べろ、さあ食べろ、ネズミたちよ食べろ。
世界中が、おいしい食料品店になったぞよ』
そんな声を聞いて、ネズミたちはうかうかとだまされました。
『だって不思議なんだ。あの大河が、まるでごちそうでいっぱいの海に見えたんだもの』
とにかく、ネズミは一匹残らず死んでしまいました。
後にはイヤなにおいも残らないように、壁に漆喰を塗り、穴という穴をふさぎました。市長も議員たちもホクホク顔で、教会の鐘を鳴らして町中でお祝いです。
そのお祝いの真っ最中に、ひょっこりと笛吹き男が戻ってきました。
「さあ、約束通りだ。お礼の千円をすぐに支払ってもらいたい」
それを聞いて、市長はまた青い顔になりました。目の前でネズミがいなくなった今、旅の風来坊ごときに千円も取られるなんて、たまらないと思ったのです。
「あれはまったくの冗談だよ、冗談。五十円ならあげよう」
市長はプイと横を向いて、知らん顔を決め込みました。
「これこれ、冗談なんて言わないでください。私は急ぎの旅の者だ。早く千円をいただきたい。もし出さないというのなら、もう一度、今度は音色の違った笛を吹くことになりますよ」
「誰がそんな脅しに乗るものか! 吹きたければ何でも吹くがいい。お前のような素乞食野郎に、千円も取られてたまるか。五十円なら相当な額だぞ!」
腹を立てた笛吹き男は、四つ辻に立つと笛を口にあてました。
「ピュウロ、ピュウロ」と、また吹き立てます。どんなに上手な音楽家でも及ばないような、優しく引き込まれる音色です。
おやっと思う間に、町中の子供たちが集まってきました。「カタカタ、パタパタ」と小さな足音が響きます。おしゃべりをしたり、手を叩いたり、元気な声で大笑いしながら、笛の音にうかされて、みんな外へと飛び出していきました。
出てくる、出てくる。あれあれごらん。黄金色の髪の毛に、真っ赤なほっぺた。水晶のような瞳に、真珠のように白い歯。可愛さ盛りの男の子も女の子も、町中の子供がみんな集まってしまいました。
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