初級翻訳・魔法人形 第22話

江戸川 乱歩

すると、ああ、これは一体どうしたことでしょう。
大ワシのおなかの中からも、またしても数えきれないほどの大小さまざまな歯場車が、ジャラジャラとこぼれ落ちてきたではありませんか。
この大ワシもまた、西洋悪魔がこしらえた作りものだったのです。

マユミさんはそれを見て、ホッと胸をなでおろしました。
大トカゲも大ワシも作りものだったのなら、もしかすると、このゴリラも歯車で動く作りものかもしれないと思ったからです。
でも、あの恐ろしい目でにらまれ、黄色い歯をむき出しにされると、やっぱり気を失いそうになるほど怖いのです。
マユミさんは逃げ出したいと思いました。
今なら逃げられるかもしれないと思いました。
しかし、いざ逃げようとしても足がすくんで立ち上がれません。
体中がしびれたようになって、そこにうずくまったまま、どうすることもできないのでした。

ゴリラのけらいたち

ゴリラは勝ち誇ったように立ちあがり、「ウオーッ、ウオーッ」とうなり声をあげながら、両手で自分の腹をボーン、ボーンと力強くたたきました。
まさに、勝利の凱歌をあげているのです。すると、それが合図だったのか、ジャングルの奥の方から、「キー、キー!」と甲高い叫び声をあげながら、たくさんのサルたちが飛び出してきました。
一匹、二匹、三匹……、八匹。
全部で八匹のサルたちです。
顔とおしりが真っ赤な、普通のサルたちです。
ゴリラは人間の大人よりもずっと大きいのですが、いま現れたサルたちは、ちょうど人間の子供くらいの大きさでした。
みんなジャングルの王様の部下なのでしょうか。
ゴリラのまわりをぐるりと取り囲むと、うやうやしく王様を見上げながら、一匹ずつその場にうずくまるのでした。
ゴリラは、それに答えるように、もう一度「ウオーッ!」とうなってから、マユミさんの方をぎょろりと振り向きました。
そして、今度こそお前の番だと言わんばかりに、のっし、のっしとこちらへやってくるではありませんか!
「キャーッ! 助けてえっ……!」
マユミさんは、体がしびれていて逃げることができないため、ありったけの声をふりしぼって叫ぶことしかできません。
ゴリラの巨大で毛むくじゃらの体が、あと一メートルというところまで近づいてきました。
もうおしまいです。
今にも首を締められるか、両足をつかまえて真っ二つに引き裂かれるかと思うと、マユミさんは頭からスーッと血の気が引いていき、何も見えなくなってしまいました。
気絶してしまったのです。
ところがその時、なんともわけのわからないことが起こりました。
「ウオーッ!」
ゴリラが、怒ったような猛々しいうなり声をあげたのです。
なんと、部下のサルたちが、ゴリラの足に激しくからみついてきたからでした。
一本の足に、三匹ずつのサルが重なり合うようにしてしがみついています。
ゴリラは足で蹴ちらそうとしましたが、小さなサルとはいえ、六匹分の力にはかないません。
あっという間に、ゴリラはその場にドスンとひっくり返ってしまいました。
「キー、キー、キー、キー……!」
サルたちは大喜びの叫び声をあげながら、ゴリラの体の上へと次々に重なりかかっていきました。
ゴリラは四本の手足をめちゃくちゃに動かして追い払おうとしますが、逃げては群がり、逃げては群がり、執念深く襲いかかってくるのでどうすることもできません。
「ガアアッ、ウオオッ……!」と、恐ろしい声でほえるばかりです。
ふと気がつくと、マユミさんは一匹のサルに優しく抱き起こされていました。
その毛むくじゃらの体に触れたので、ハッと驚いて悲鳴をあげそうになりましたが、その時、耳のそばで人間の言葉が聞こえてきたのです。
「大丈夫ですよ。ぼくは小林です。いまに、あいつの秘密をあばいてみせるから、見ていらっしゃい」
マユミさんは、これは夢ではないかと思いました。
自分を助け起こしてくれたサルが、人間の言葉をしゃべっているからです。
「わかりますか? ぼくは小林ですよ」
そんなことを言われても、わかるわけがありません。
相手はサルなのです。
サルが小林だなんて、さっぱりわけがわかりませんでした。
しかし、その声には聞き覚えがありました。
明智探偵の助手として、マユミさんよりは先輩にあたる、小林少年の声だったのです。
「あなた、小林芳雄さんなの……?」
マユミさんは、か細い声でたずねました。
「そうですよ。マユミさんを助けにきたのです。いまに、明智先生や中村警部もここへやってきますよ」
「それじゃあ、あの西洋悪魔は……」
「あれをごらんなさい。ほら、あすこにいますよ」
マユミさんはキョロキョロとあたりを見まわしました。
あの恐ろしいゴリラは、大勢のサルたちにものすごい目にあわされているところでした。
サルどもは、よってたかってゴリラの頭を「スポッ」と抜き取ってしまったのです。
抜き取ったといっても、本当の首ではありません。
ゴリラの「仮面」を脱がせたのです。
なんと、あのゴリラの中には人間が入っていたのでした!
ゴリラの頭の部分を取り去ってしまうと、その下から人間の顔があらわれました。
あっ、あの西洋悪魔です!
黒い髪の毛を真ん中から分け、ピンとはねた口ひげとあごひげを生やした、あの西洋悪魔が、ゴリラの毛皮をかぶって化けていたのです。
化けの皮をはがされてしまったので、もう隠し通せないと思ったのか、西洋悪魔は着ていたゴリラの毛皮も脱ぎ捨ててしまい、体にぴったりとフィットした黒いシャツとズボンの姿のまま、すっくとその場に立ち上がりました。
「やいっ、きさたち、頭でもおかしくなったのかっ! 手下のくせに、おれをこんなひどいめにあわせるとは、どういうつもりだっ!」
西洋悪魔は、恐ろしい声で怒鳴りつけました。
すると、一匹のサルが、人間の子供の声ではっきりと答えました。
「おれたち、おまえの手下なんかじゃないよ! おまえの本物の手下たちは、むこうの部屋にみんな縛り上げてあるのさ!」
「えっ、なんだって!? それじゃあ、きさまたちはいったい何者だ……!」」
「少年探偵団と、やんちゃなチンピラ別働隊さ!
オレは別働隊のほうだけど、
団長もちゃーんといるぜ。
ほら、マユミさんのそばにいるあの大きいサルが、小林団長さ!」
 
 ああ、なんと素晴らしいことでしょう!
小林団長ひきいる少年探偵団とチンピラ隊が、いつの間にか地下のジャングルにこっそり忍び込んでいたのです。
あとで分かったことですが、この大活躍のきっかけを作ったのは、マユミさんがロボットに襲われているすきにどこかへ消えてしまった「ポケット小僧」でした。
ポケット小僧はチンピラ別働隊の一人で、ポケットに入れちゃうくらい体が小さいので、そんなあだ名で呼ばれていたのです。
体は小さくてもものすごくすばしっこい子で、マユミさんが危ないと見るやいなや、すぐに町へ飛び出して小林団長に電話をかけ、西洋悪魔のアジトを知らせました。それから自分はこの家へってかえり、窓からこっそり忍び込み、体の小ささをいかして誰にも気づかれないように家じゅうを歩き回り、地下ジャングルの秘密まですっかり調べてしまったのです。

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