初級翻訳・銀の匙 第23話

中 勘助

それからおけいちゃんは、ぱったり来なくなりました。
たまに顔を合わせても、にこりともせずに隠れてしまいます。
富公が意地悪をしたのだ――そう思えば、私は小さな胸に煮えくり返るほどの嫉妬と憤怒を覚えずにはいられませんでした。
学校でも彼はみんなをけしかけて、私一人をちくちくと意地悪します。
私はそうした口のうまさはもちろん、腕力においても、確かに彼に一目置かざるを得ません。
ですから今は、わずかに自分が学校で首席であるということだけが、せめてもの慰めでした。
とはいえ、それもおけいちゃんがいなくては、結局ただの空っぽな地位にすぎないではないですか。

五十

気が狂いそうな日がいくつも続きました。
ある日のこと、私がまた一人で自習室に閉じこもって思い悩んでいると、ふと「ぽくぽく、ちりちり」と下駄の音が聞こえてきました。
はっとしましたが、胸を押さえて窓を開けることはしませんでした。
すると、忘れるはずもない懐かしい声が、
「ごめんあそばせ」
と格子のところで言いました。
「どなた様でございますか」
伯母さんがとぼけて出ていって、
「おお、おお、どこのお客様かと思ったら、こんな可愛いお嬢様だった」
と言って抱き上げる様子です。訳を知らないので、「風邪をひいたのか」「お泊まりに行っていたのか」などと尋ねています。
おけいちゃんは、伯母さんが開けた障子からおとなしく入ってきて、
「ご無沙汰いたしました」
としとやかに手をつきました。
こらえにこらえていた私は、その一言で張りつめた心の糸が切れて、思わず、
「おけいちゃん」
と呼びかけると同時に、悔し涙がさっとこぼれました。
それをさして気にするでもない様子で、彼女は袂からお手玉を出し始めます。私が、
「なぜ来なかったの」
と言えば、案外平気で、
「富ちゃんとこへ行っていたから」
と言います。
畳みかけて、
「なぜ今日はいかないの」
と詰問すれば、事もなげに、
「富ちゃんとこなんか行っちゃいけないってお母様に叱られたから」
と答えます。
私は気を折られながらも、いつぞやの恨みを少し言うと、おけいちゃんは、
「ごめんなさいね」
と前置きをし、富ちゃんが「あんな子と遊ばないでも、家へくればいくらでも面白いことがある」と言ったからだと言い訳をして、
「お母様に叱られて富ちゃんが大嫌いになったから、またあなたと仲よくしましょう」
と言いました。
私のこの心境を、なんと表現したらよいのでしょうか。
おけいちゃんは、やっぱり私のものだったのです。
そうとは知らず、富公は一日中待ちくたびれていたのでしょう。
明くる日、学校でこちらが見張っているとも気づかず、こっそりそばへ寄って何か言いかけましたが、おけいちゃんは「もうあなたなんぞ嫌い」と、けんもほろろに突き放しました。
おけいちゃんはお母様に叱られて以来、心の底から彼を軽蔑しているようでした。

五十一

奸智にたけた富公は、自分が疎まれるのを見るや、白々しくも親しげに私のそばへ寄ってきて、いろいろと機嫌を取ったあげく、おけいちゃんを中傷するようなことを言い、「自分もあの子とは遊ばないことにしたから、君も決して一緒に遊ぶな」と言ったので、腹の中で笑いながら適当に相槌を打っておきました。
とはいえ、その後、私とおけいちゃんが元通り仲良くなったことを勘付くやいなや、彼は恐ろしい仕返しをたくらみました。
彼は毎日学校で遊び時間になると、みんなをけしかけて私たち二人を囃し立てるのです。
そうして周りがくたびれて勢いが弱まると、勝手にこしらえた言語道断な嘘を耳打ちして、一人一人を焚きつけて歩きます。
私たちは仲間外れにされ、意味ありげな視線に取り囲まれて、みじめな境遇に堕ちてしまいました。
しかし、そうなればなるほど一層仲が深まり、嫌な一日の授業を済ませて家に帰って遊ぶときには、お互いの胸に言い知れぬ楽しさと慰めがあふれるのを感じました。
富公の意趣返しは日に日に悪辣になり、こちらの敵意もそれにつれて高まっていくのでした。私は、ほかの取り巻きの雑兵どもは物の数とも思っていません。それに、富公自身も案外強くないに違いありません。
その証拠には、ときどき私がカッとなって向かっていくと、彼は一騎打ちをせずにうまく逃げて、遠巻きに私を苦しめようとするからです。
私はようやく相手を見くびると同時に、いつか思う存分この仕返しをしてやろうという気がムラムラと湧いてきました。
そんなある日のこと、例のちょっぺいが学校の帰り際にこそこそとやってきて、
「明日、待ち伏せするって言ってたよ」
と言うなり、見つかるのが怖いのか、さっさと駆けていきました。
私はちょっぺいの心根を嬉しく思いました。
翌朝、私は二尺ばかりの布袋竹の節くれだったやつを羽織の下へ忍ばせて、「さあ来い」という気で学校へ行きました。
最後の時間が終わるやいなや、富公は「みんな来い、みんな来い」と合図しながら、真っ先に教室を駆け出しました。
すると、その中でもおべっか使いの三、四人の奴らがばらばらと後についていきました。
私は覚悟を決めて、わざと一番最後から帰ると、相手は案の定、人通りのない八幡様の笹藪のところで待ち構えていて、おべっか使いが「えへん、えへん」と馬鹿にしたような咳払いをします。
こちらは「今日こそは」と思う心を顔にも見せず、すまして通ろうとするのを、富公は「そら、やれやれ」と指示を出しました。
ほかの者は格別恨みがあるわけでもなく、それに到底私の敵ではないので、ただ周りからワイワイ言うばかりでしたが、なかに一人、寺の息子の爛れ目の奴がどういう忠義立てか、いきなり後ろから首ったまへ噛みついてきました。
富公は内心びくびくしながらも、頼もしい味方の振る舞いに力を得て、
「こら、貴様生意気だぞ」
と言って寄ってきたので、私はすかさず布袋竹で真っ向をくらわせてやりました。
そうしたら富公は意外にも、たちまちへなへなとなって、
「いやだあ、乱暴するんだもの」
と言いながら額を押さえてめそめそ泣き出しました。
この情けない大将の負けっぷりを、「とんだ者に加勢した」という顔つきで眺めていた雑兵どもは、そろそろ自分たちの身が危なくなってきたのを見て、「おらは知らねえ」と、てんでに言いながらこそこそと帰っていきました。
ただ驚いたのは目くされの坊主で、大将もろとも討ち死にの覚悟か、目をつぶって死に身にぐったりとぶら下がったまま、どうしても離れません。
さすがの私も、それにはほとほと弱ってしまいましたが、やっとのことでへばりつく奴を剥ぎ離して帰ったときには、実はこちらも泣きかけていました。

五十二

つららを折り、堅炭で雪を釣っているうちに、桃の節句がやってきました。
家には神田の大火事にも不思議と焼け残ったという古いお雛様があって、五人囃子が三人になっていたり、矢を背負う矢筒の矢があらかた折れていたりなど、散々な状態でしたが、それでも毎年子供たちの慰みに必ず飾ることになっていました。

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