私などが見たところで、どうせよくは分かりませんから」
「そうですか……ではお話ししますが、奥さん、びっくりしてはいけません。お嬢さんは何者かに殺されたのですよ。こちらにあるのは、そのご遺体の片手から取った指紋なのです」
山野夫人は、ふらふらと崩れ落ちそうになるのを必死にこらえました。そして大きな瞳で明智をにらむように見つめ、どもりながら言いました。
「で、そのご遺体というのは、一体どこにあったのですか」
「銀座の……百貨店の呉服売り場です。実にこの事件は変な、常軌を逸したことばかりです。そこの呉服売り場の飾り人形の片手が、昨夜の間に、本物の死人の手首とすり替えられていたというのです。警務係をしている知人がいまして、すぐに知らせてくれたものですから、ついでにそっと指紋を採ってもらったというわけです。それから、これは手首と一緒に警察へ送られていますが、その手首には大きなルビー入りの指輪がはめてあったそうです。これも、たぶんお心当たりがあるでしょうね」
「はい、ルビーの指輪をはめていたのも本当でございますが、でも三千子の手首が百貨店の売り場にあったなんて……まるで夢のようで、私、少しも本当のことだと思えませんわ」
「おっしゃる通りでしょうが、これは間違いのない事実です。やがて今日の夕刊には、この事件が詳しく報道されるでしょうし、警察でもいずれこれをお嬢さんの事件と結びつけて考えるようになるでしょう。お宅にとっては、悲しみの上に、非常にご迷惑な問題がいくつも起きてくるかもしれません」
「まあ、明智さん、どうすればいいのでございましょう」
山野夫人は目にいっぱいの涙をため、どこか異様で歪んだ表情で、明智にすがりつくように言いました。
「早く犯人を探し出し、お嬢さんのご遺体を取り戻すほかありません。こうなれば警察の方でも十分捜索してくれるでしょうし、案外早く解決がつくかもしれません。ところで、ご主人はお帰りではないのですか」
「はい、主人はこちらから電報を打ちまして一昨日帰ってもらったのですが、ひどく子煩悩な方なものですから、あのピアノのことなどを申しますと、もうとても生きてはいないだろうと気落ちしてしまいまして……まるで病人のようになって、人様にお会いするのもいやだと申して、寝間に引きこもっているのです。そんなわけでございますから、今のお話も主人に知らせるべきかどうかと、先ほどから迷っているような状態でございますの」
「それはいけませんね。だが、ご主人もあまりに気落ちがひどいようですし。……では、今日はご面会はかなわないのでしょうか」
「はい」夫人は言いにくそうに、「先ほどもあなたが来られたことを申したのですが、今日は失礼させていただくと申しているのです」
「では、私はこれで失礼しますが、今日までに調べたことを二、三ご報告しておきましょう」明智は少し考えてから続けました。「まずは例の衛生人夫の行方です。ゴミの中へお嬢さんの体を隠して持ち去ったかもしれないという、あの衛生人夫ですね。私はあの翌日いっぱいかけて、できるだけ調べたのですが、吾妻橋の東詰までは、いろいろな人の記憶をたどって、どうにかこうにか跡をつけることができました。けれど、それから先は、橋を渡ったのか、川岸を厩橋の方へ行ったのか、それとも左に折れて業平橋の方へ向かったのか、どう手を尽くしても分かりません。現に今でも私の配下の者が一人、その方の捜索にかかりきりですが、まだ何の吉報もありません。もう一つは、お宅の蕗屋という運転手です」
明智は何かニヤニヤと笑いながら、夫人の顔を見ました。
「奥さんはお隠しになっていたようですが、それは無理もないこととは思います。しかし、お隠しになるということは、どちらかといえばかえって人に詮索心を起こさせるものですよ」「私はさっそく、蕗屋(ふきや)のことを調べました。そして、おそらく奥様以上に詳しい事情を知ることができたのです。お嬢さんと蕗屋との間柄は、どちらも真面目だったようですが、どちらかといえばお嬢さんの方が、より熱心だったかもしれません。これはたぶん、あなたもご存知のことでしょう。
ところが蕗屋は、それ以前から小間使いの小松――あの朝、お嬢さんの寝室が空っぽになっているのを発見した女ですね――この小松と、かなり深い関係にあったのです。つまり、一種の三角関係のようなものがあったわけです。その蕗屋がちょうどお嬢さんの行方不明と前後して、暇をもらって郷里へ帰っているというのは、ご主人がお考えになった通り、何か意味があるように見えますね。
そこで私もご主人と同じ道筋をたどって、蕗屋のあとを追ってみたのです。四月二日以後の彼のあらゆる行動を調べてみました。ところが彼は、三日の夕方に突然ご主人に暇を願い出て、その晩の汽車で彼の郷里である大阪へ立っています。その時、彼が単身で、女の同行者などいなかったことは、たくさんの目撃者たちが口をそろえて証明しております。
ご主人は大阪で蕗屋にお会いになっているのではありませんか? お目にかかってその模様をお伺いできないのは残念ですが、蕗屋はお嬢さんの今回の事件には、おそらく何の関係もないのでしょう。ただ、彼は何かを知っているかもしれませんがね」
明智はそう言って、山野夫人をじっと見つめた。夫人は青ざめて、涙ぐんで、うつむいているばかりだ。明智は彼女の表情から、何事をも読み取ることができなかった。
「表面に現れている点だけでいえば、この際一番疑わしいのは小間使いの小松です」明智は一段声を低くして言った。「彼女にとって、お嬢さんは恋のライバルでした。それに小間使いであれば、いつだって誰にも疑われることなくお嬢さんのお部屋へ出入りできますし、お嬢さんがいらっしゃらないことを最初に発見したのもあの女だったのです。そしてそれ以来、病気だと言って部屋に閉じこもっているのも、疑おうと思えば疑える要素です」
「いいえ、あの子に限ってそんな恐ろしいことをするはずはございません」山野夫人はあわてて明智の言葉をさえぎった。「あの子は不幸な娘なのです。両親とも亡くなってしまい、ひどい伯父の手で、恐ろしい場所へ売られるところだったのを、主人が聞きつけて救ってやったのでございます。それからもう四年というもの、娘のようにして育ててまいりました。本人もそれをひどく恩に感じて、『ご主人のためならば命も惜しくない』などと口癖のように言い、それはまめまめしく働いてくれているのでございます。それに気質もごく優しい娘ですから、どのような事情があろうとも、三千子をどうこうするなんてことはあるはずがございません」
「そうです。僕も小松がそんな女だとは思いません」明智は髪の毛を指でモジャモジャといじりながら、「ただ、表面の事情があの女に嫌疑のかかるような風になっていることを申し上げたのです。だが、小松に罪のないことはよく分かっています。しかし罪はなくても、何か知っていることがあるかもしれません。この間も僕はあの女の寝間へ行っていろいろ尋ねてみたのですが、何を聞いても知らないと言うばかりで、顔さえも上げられないのです。強いて尋ねると、しまいにはしくしく泣き出すのです。
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