その男は船頭に小さな船をこがせて、お台場の近くで、さかなをつっていたのですが、今から一時間ほどまえに頭の上を、ゾウのかたちをしたアドバルーンが、おきの方へ、飛んでいくのを見たのです。
アドバルーンの綱が切れて、こんなところまで飛んできたんだなと、めずらしがって見あげていますと、ゾウの腹の下から、サアッとなにか落ちてきて、それがパッとかさのようにひらき、ふわりふわりと海の上へおりてきました。
よく見ると、パラシュートに人間がぶらさがっているのです。
アドバルーンから人間がおりてくるなんて、ふしぎなことがあるものだと、あきれていますと、むこうから、ひじょうに速力のはやいモーターボートが、波をけたててやってきました。
そして、パラシュートの人間が、海に落ちるのを待ちうけて、その人間を手ばやくモーターボートの中にすくいあげました。
そして、ボートは品川の方にむきをかえて、全速力でもどっていくのです。
白い波が、サアッと二つにわかれて、モーターボートはその波のあいだにかくれて、見えないほどの早さでした。
白い波だけが、みるみる、むこうへ遠ざかっていくのです。
そして、じきに、それも見えなくなってしまいました。
あっという間のできごとでした。
その男がつりをしていたそばには、ほかにも二―三そうのつり船がいて、それを見ていたのですが、パラシュートでおりたのが宝石どろぼうとは、だれもしりませんので、そのまま、つりをつづけていたのでした。
ところが、水上警察へきた男が、いちばんはやくつりをやめて、船宿に帰ってみますと、デパートの宝石どろぼうが、アドバルーンにのって逃げたということが、わかりましたので、「さては、さっきのは、そのどろぼうだったのか。」とおどろいて、とどけにきたというわけでした。
でも、そのときは、もうモーターボートが、パラシュートの男をすくいあげて逃げさってから、一時間もたっていましたので、もうどうすることもできません。
東京湾にいるモーターボートを、ぜんぶしらべて、あやしいボートを見つけるほかはないのです。
警察では、すぐに、その手配をしましたが、なかなか、てがかりがつかめそうにもありませんでした。
怪少女
それからまた十日ほどは、なにごともなく、すぎさりました。
「灰色の巨人」の手下は、モーターボートでにげさったまま、ゆくえがわかりません。
「灰色の巨人」という首領が、どんなやつだか、どこにいるのか、少しもわからないまま、日がたっていったのです。
ところが、ある夜のこと、銀座の有名な宝石商の大賞堂に、ふしぎな事件がおこりました。
夜の七時、銀座通りはネオンにかがやき、なみのような人通りに、わきかえっていました。
大賞堂の店にも、おおぜいの客があり、店員はいそがしく立ちはたらいていました。
そこへ、ひとりのりっぱな洋装の若い女の人が、はいってきました。
そのあとから、かわいらしい少女がついてくるのです。
親子ではありません。
たぶん少女は若い女の人の妹なのでしょう。
女の人は、ガラスばりの売り場の前に立って、店員に真珠の首かざりを見せてくれとたのみました。
店員は、女の人が、ひじょうにりっぱな服をきているので、だいじなお客さまと見て、ていねいにあつかい、いちばん高価な首かざりのケースを、いくつも、ガラス台にならべてみせました。
女の人は、そのケースを、一つ一つ、ひらいて見ていましたが、ちょうどそのとき、店の外で、「ワーッ。」という叫び声がしたかとおもうと、にわかに、そのへんがさわがしくなり、大賞堂のショーウィンドーの前は、みるみる黒山の人だかりになりました。
店員がとび出していってみますと、ひとりの青年が、そこにたおれていて、それをとりまいて、人だかりがしているのでした。
「どうしたんだ。しっかりしたまえ。」
ひとりの紳士が、たおれた青年をだきおこして耳のそばで、どなりますと、青年は、ふさいでいた目をひらいて、キョロキョロ、あたりを見まわし、はずかしそうな顔で、
「だれかが、パッとぶっつかったひょうしに、目まいがして、たおれたのです。
もういいんです。すみません。」
とつぶやいて、よろよろと立ちあがり、まわりの人たちをかきわけるようにして、どこかへたちさってしまいました。
大賞堂の客たちも店員たちも、そのさわぎに、みんな入口へ出ていましたが、青年がたちさるのを見て、売り場に帰りました。さっきの若い女の人も、もとの売り場にもどって、また首かざりを見はじめましたが、しばらくすると、気にいった品がないらしく、またくるからといって、そのまま店を出ていこうとしました。
そのとき、店員は、ガラス台の上に出してあった首かざりのケースを、一つ一つあらためていましたが、ふと、びっくりした顔になって、大きな声で、
「もしもし、あなた、ちょっとおまちなすって!」
と、いま店を出ようとしている女の人をよびとめました。
「あたし? あたしにご用なの?」
女の人は、けげんな顔で、売り場にもどってきました。
「えへへへ……、どうもすみません。
このケースの中の首かざりが、なくなっておりますが、もしや、なにかのおまちがいで……。」
店員は、にやにや笑いながら、いいにくそうにいうのでした。
「あら、あたしが、持っているとでもおっしゃるの? へんなこといわないでよ。
まだ、まんびきするほど、おちぶれちゃいないわ。
なんなら、からだをしらべてください。
さあ、おくへいきましょう。
そして、女の店員に、からだをしらべてもらいましょう。」
たいせいなけんまくです。
店員は、青くなって、なにか口の中で、もぐもぐいっています。
そのとき、そばにいたべつの店員が、女の人のかかりの店員の耳に口をよせて、なにか、ささやきました。
「あ、そうだ、あの女の子がいない。
お客さまが、おつれになったおじょうさんが見えませんが、どこへいらしったのでしょうか。」
女の人は、それをきくと、びっくりしたように、
「え、おじょうさんですって。
あたし、女の子なんかつれていませんわ。
ひとりできたのよ。」
「でも、さっきまで、おそばに、かわいいおじょうさんが、いらっしゃいましたが……。」
「ああ、そんな子が、いたようですね。
でも、あれは、あたしがつれてきたのじゃない。
まったく知らない子ですよ。」
それをきくと、店員たちは、にわかにさわぎだしました。
そして、二―三人の店員が、あわてて表へとび出していきましたが、少女のすがたは、もうどこにも見えません。
「ちくしょう、やられた。
あんなかわいい顔をして、あいつ、まんびき少女だったんだな。
お客さまのおつれのようなふうをして、はいってきたので、まんまといっぱいくわされてしまった。
……えへへへ、まことに、あいすみません。
とんだいいがかりをもうしまして、どうかごかんべんねがいます。」
店員は、しきりにおじぎをして、おわびをするのでした。
「そう? うたがいが、はれればいいわ。
じゃ、あたしは、こういうものですからね。
なにか用事があったら、いつでもたずねてきてください。」
女の人は、そういって、店員に名刺をわたすと、そのまま、たち사ってしまいました。
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