初級翻訳・少年探偵団 第6話

少年探偵団

いっぽう、お父様の声に急いで駆けつけた秘書の今井さんと始君は、廊下のガラス戸が一枚開いたままになっているのを見つけ、そこから庭へとびおりて不審者を追跡しました。
黒い魔物はすぐ目の前を走っています。
暗い庭の中で真っ黒なやつを追いかけるのですからなかなかの大仕事ですが、幸いなことに庭のまわりはとても乗り越えられないような高いコンクリート塀でぐるっと囲まれています。だから、不審者を塀ぎわまで追い詰めてしまえば、もうこちらのものです。

案の定、不審者は塀につきあたって慌てたのか、方向を変えて塀の内側に沿って走り出しました。
塀ぎわには背の高いキリの木や、低く茂ったツツジなど、さまざまな木が植えられています。
不審者はその木々のあいだをすり抜け、低いしげみを飛び越えて、風のように走っていきます。
ところが、そうして少し走っているあいだに、じつに不思議なことが起こりました。
不審者の黒い姿が、ひとつの低いしげみを飛び越えたかと思うと、まるで忍術使いのように、消えうせてしまったのです。

始君たちは、きっとしげみのかげにかがんで隠れているのだろうと思い、用心しながら近づいていきましたが、そこには誰もいないことがわかりました。
不審者はまるで蒸発してしまったとしか考えられません。
しばらくすると、電話の連絡でおまわりさんが二人やってきました。そのおまわりさんと家中の者たちが手分けをして、懐中電灯の光で庭の隅々まで探したのですが、やっぱり怪しい人影は発見できませんでした。
もちろん、宝石を取り戻すこともできなかったのです。

これがインド人の魔法なのでしょうか。
魔法ででもなければ、こんなに見事に消えうせることなんてできるでしょうか。
読者のみなさんは、いつかの晩、篠崎始君の友達である桂正一君が、養源寺の墓地の中で黒い魔物を見失ったことを覚えているでしょう。
こんどの事件も、あのときと全く同じだったのです。
不審者は追っ手の目の前で、いとも簡単に姿を消してしまったのです。

ああ、インド人の魔法。
インド人は、始君のお父様がおっしゃったように、本当にそんな魔術が使えるのでしょうか。
もしかしたら、このあまりにも手ぎわのよい消失には、何か思いもよらない手品のタネがあったのではないでしょうか。

**ふたりのインド人**

大騒ぎのうちに一夜が明けて、その翌日は、篠崎家の内外にアリ一匹通さない厳重な警戒がしかれました。緑ちゃんは、奥の一間にとじこめられ、障子をしめきって、お父様とお母様はもちろん、ふたりの秘書、ばあやさん、ふたりのお手伝いさんなどが、その部屋の内と外とをがっちりと固めました。
十いくつもの目が、ほんの一瞬たりともよそ見をすることなく、じっと小さな緑ちゃんに向けられていたのです。
家の外では、所轄警察署の私服刑事が数名、門の前や塀のまわりを見張っていました。
十分すぎるほどの警戒でした。
しかし、お父様もおかあさまも、まだ安心することができませんでした。
昨夜の手並みを見てもわかるように、あのくせ者はまるで忍術使いのようなやつですから、いくら警戒しても無駄ではないかとさえ感じられるのです。
ものすごい不安のうちに時間がすぎ、やがて午後三時を少しすぎたころ、学校へ行っていた始君が元気よく帰ってきました。
「お父さん、ただいま。
緑ちゃん、大丈夫でしたか?」
「うん、こうしてごきげんよく遊んでいるよ。
だがお前は、いつもよりひどく遅かったじゃないか」
お父様が、ふしんそうにおたずねになりました。
「ええ、それにはわけがあるんです。
ぼく、学校が終わってから、明智先生のところへ行ってきたんです」
「ああ、そうだったか。
で、先生にお会いできたかい?」
「それがだめなんです。
先生は旅行していらっしゃるんです。
どこか遠方の事件なんですって。
でね、小林くんに相談したんですよ。
するとね、あの人やっぱり頭がいいや。
うまいことを考えてくれましたよ。
お父さん、どんな考えだと思います?」
始君は得意満面でした。
「さあ、お父さんにはわからないね。
話してごらん」
「じゃあ、話しますからね。
お父さん、耳をかしてください」
そんなことはないだろうけれど、もし、くせ者に聞かれたら大変だというので、始君は、お父様の耳に口をよせて、ささやいたのです。
「あのね、小林さんはね、緑ちゃんを変装させなさいっていうんですよ」
「え、なんだって、こんな小さい子どもにかい?」
お父様も、思わずささやき声でおたずねになりました。
「ええ、こうなんですよ。
小林さんが言うのにはね、どこかに緑ちゃんのよくなついているおばさんか何かいないかっていうんです。
でも、ぼく、そういうおばさんなら、品川区にひとりいるって言ったんです。
ほら、緑ちゃんの大好きな野村のおばさんね。
ぼく、あの人のことを言ったんですよ。
すると、小林さんは、それじゃ、緑ちゃんをこっそりそのおばさんちへ連れていって、しばらく預かってもらったほうがいいっていうんです。
ね、そうすれば、あいつはこの家ばかり狙って、無駄骨折りをするわけでしょう。
でも、連れていくときに見つかる心配があるから、そこに工夫がいるんだっていうんですよ。
それはね、まず小林さんが、近所の五つくらいの男の子を、男の子ですよ、それを連れてぼくの家へ遊びに来るんです。
そしてね、こっそり緑ちゃんにその子の服を着せちゃうんです。そして、小林さんは帰るときに、男の子に変装した緑ちゃんを連れて、何食わぬ顔で家を出るんです。
ね、わかったでしょう。
でも、用心のうえにも用心をしなければいけないから、いつも呼んでいる自動車を呼んで、うちの今井さんが助手席に乗って、そして、品川のおばさんちまで無事に送り届けるっていうんです。
ね、うまい考えでしょう。
これなら大丈夫でしょう」
「うーん、なるほどね。
さすがはお前たちの団長の小林くんだね。
うまい考えだ。
お父さんは賛成だよ。
じつはお父さんも、緑をどこかへ預けたほうがいいとは思っていたんだ。
しかし、その道が危なくて、決心がつかなんだよ」
お父様は、小林くんの名案にすっかり感心して、おかあさまにご相談なさいました。
おかあさまも、反対する理由がないものですから、しかたなく賛成なさいましたが、
「でも、その連れてきた男の子をどうしますのよ? そのお子さんに、もしものことがあったら困るのではありませんか」
と、やっぱりささやき声でおっしゃるのです。
「それは大丈夫ですよ。
あの黒いやつは緑ちゃんのほかの子は目もくれないんですもの。
たとえさらわれたって危険はないんだし、それに、すぐあとから、また小林さんが迎えに来るっていうんです。
そしてね、もう一着、似たような男の子ども服を用意しておいてね、それを着せて連れて帰るんだっていいますから、同じような男の子が二度門を出るわけですね。
おもしろいでしょう。
悪者もびっくりするでしょうね」この始君の説明で、おかあさまもやっと納得なさいましたので、始君はさっそく明智事務所へ電話をかけて、あらかじめ打ち合わせておいた暗号で、小林少年にこのことを伝えました。

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