初級翻訳・おれは二十面相だ 第4話

おれは二十面相だ

明智さんには、あの秘密もわかっているのですか?」

明智探偵はどこからか細引きを取り出すと、犯人の赤井の手と足を縛り上げ、そこの椅子に体とくくりつけていましたが、それが終わるとこちらへ近づきながら答えました。

「それはわかっていました。昼間、この部屋を調べたときにその秘密を発見したのです。しかし、それを言ってしまうと犯人が用心して経文を盗みに来なくなるので、わざと黙っていたのです。そして犯人を油断させて、今夜忍び込んでくるのを待ち伏せしたのです。こいつはまんまとその罠にかかったわけですよ」
「しかし、私にはまったく見当もつきませんなあ。一体、どんな秘密があったのです。差し支えなかったら教えてくださらんか」
「簡単なトリックですよ。こいつはもう逃げられっこありませんから、警察を呼ぶ前にその秘密をお見せしましょう。それでは先生、廊下の突き当たりにあるあなたの研究室へ入って、ガラス窓からこのドアを見ていてください」「小林くんも、先生と一緒に見ていなさい」

そこで、博士と小林少年は廊下の突き当たりにある博士の研究室に入り、ガラス窓越しにエジプト室のドアを見張ることになりました。そのガラス窓からエジプト室のドアまでは、十メートルほど離れています。廊下の電灯がついているので、ドアの様子はよく見えます。

じっと見ていると、廊下に出ていた明智探偵がいったんエジプト室へ入り、三十秒ほどしてまた廊下へ出てきました。そして、ドアを大きく開けたままにして、自分は背を向け、部屋の中をのぞきこんでいます。

すると、あっと驚くようなことが起こりました。なんと、ドアの中にひとりの男が立っているではありませんか。犯人の赤井は椅子にくくりつけられているのですから、そんなところへ出てこられるはずはありません。すると、あれはいったい何者でしょう。部屋の中へ、ひょっこりとひとりの男が湧き出したのです。昨日は大学生が消えてしまいましたが、今夜はその逆に、何もないところからひとりの人間が現れたのです。

明智探偵はその男としばらくひそひそと話していましたが、こちらを向いてうなずいてみせると、そのまま部屋の中に入り、内側からドアを閉めました。博士と小林くんはそれを見ると、じっとしていられなくなって研究室を飛び出し、エジプト室の方へ急ぎました。すると明智探偵はまたドアを開け、二人を部屋の中へ迎え入れながら、

「たしかに男が立っていたでしょう。ところがごらんなさい。部屋の中には、赤井くんのほかには誰もいないのです」

と言って、にこにこと笑っています。部屋の向こうの隅には、赤井が椅子に縛られたまま、怖い顔でこちらをにらんでいました。

「まさか、今のは赤井だったのではないでしょうね」

博士が不思議そうに言いました。

「そうじゃありません。いくら手早くやっても、あの細引きを解いて、また元のように縛る時間はなかったですよ。赤井ではない人間が現れたのです」
「そして、その人はどこへ行ったのですか」
「消えてしまったのですよ。昨日の大学生のようにね」
「わかりませんなあ。実に不思議だ。こんな馬鹿げたことがあるはずはない」

博士は困ったような顔をして、きょろきょろとあたりを見回すのでした。

「ハハハハ……、なんでもないことですよ。これをごらんなさい」

明智探偵はそう言って、ドアのそばへ近づきました。では、このドアに秘密の種が隠されているのでしょうか。そうだとすれば、いったいどんな秘密なのでしょう。読者のみなさん、次を読む前にちょっと考えてみてください。

電話の声

明智探偵は、ドアを廊下の方へ開けて、内側のドアの板をちょっと指で押しました。するとパチンと音がして、ドアの中からもう一枚ドアが開いてきました。つまりそのドアは二重になっていたのです。明智はそれを全部開いて見せました。ドアの蝶番のそばにもう一つ隠した蝶番があって、図のように開く仕掛けになっていたのです。

そして、ドアから開いたもう一枚のドアの内側は、大きな鏡になっていました。そのもう一枚のドアは薄い鉄板を木目模様に色づけたもので、内側にはめ込んである鏡もごく薄いガラスでできているので、両方を合わせても一センチくらいの厚みしかありません。ですから、ドアが二重になっているなんて、誰も気がつかないのです。

「近ごろ、このドアを直させたことはありませんか」

明智が尋ねると、松波博士は何か思い当たったようにうなずきました。

「そういえば、十日ほど前にドアを取り替えたのです。どういうわけか、このドアは枠が歪んでしまってうまく閉まらなくなったので、別のドアを作らせて取り替えたのですよ」
「そのドアの注文は、誰がやったのですか」
「赤井です。そういうことはみんな赤井の仕事になっています」
「それじゃ、赤井くんがこんな仕掛けのあるドアを作らせたのですね。それにはかなり金を使ったことでしょう。人間を消してしまう手品の種ですからね」
「あっ、すると、この鏡に……」
「そうですよ。昨日は廊下に立っている赤井くんの姿が、この鏡に映ったのです。赤井くんも大学生も黒い服を着ていたし、廊下が薄暗いので、あなたの研究室の窓からは顔なんかハッキリ見えません。ですから、鏡に映った赤井くんを大学生と思い込んでしまったのですよ。先生は、エジプト室に大学生がいるものと信じておられたのですからね」赤井君は、そうやってエジプトの経文にのろいがかかっているという噂をでっち上げたのです。この部屋では怪奇現象が起きると、みんなに信じ込ませたのですね。

しかし、これほど手の込んだ仕掛けのドアを作らせるには、小使いの給料程度では到底足りません。赤井という男は、何者かが小使いに化けていたのです。もしかすると、とんでもなく恐ろしい大泥棒なのかもしれません。

「ふーん、実に大がかりな仕掛けですね。すると、さっき明智さんが話していた男というのは、この鏡に映った明智さん自身の姿だったのですか。鏡に映った影なら、消えてなくなるのもわけはありません。この二重のドアを閉めて、一枚の普通のドアに戻してしまえばいいのですからね」

小林少年もドアの仕掛けを見て、すっかり感心してしまいました。

「先生、それじゃあ先生は、昼間ここを調べたとき、すでにこの仕掛けに気づいていらっしゃったのですか」
「そうだよ。しかし、松波先生にも、君にも黙っていたんだ。この仕掛けがバレたと知れたら、犯人が逃げてしまうからね」

向こうの椅子に縛られている赤井を見ると、なんだか急に恐ろしくなってきました。年老いた小使いだと思っていたのが、腕っぷしの強い大悪人に見えてきたのです。

「すぐに110番へ電話をかけます。そして、こいつを警察に引き渡しましょう」

松波博士はそう言って部屋を飛び出していきましたが、向こうの研究室で電話をかけると、まもなく戻ってきました。

「こいつの取り調べは警察に任せましょう。相当な有名大泥棒に違いありませんよ」と明智。
「しかし、おかげでエジプトの経文は守られましたし、泥棒も捕まえることができました。やっぱり明智さんにお願いして本当によかったですよ」

銀の箱に入った経文は、ちゃんと元の小テーブルの上に載っていました。

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