青年紳士の春木氏は自分で玄関へ出迎え、明智探偵の顔を見ますと、ニコニコと、さもうれしそうにしながら、
「よくおいでくださいました。
ご高名はかねてうかがっております。
いつか一度お目にかかってお話をうかがいたいものだと思っておりましたが、わざわざおたずねくださるなんて、こんなにうれしいことはありません。
さあ、どうぞ。」
と、二階の立派な応接室に案内しました。
ふたりはテーブルをはさんでイスにかけましたが、初対面のあいさつをしているところへ、三十歳ぐらいの白い詰め襟の上着を着た召使いが紅茶を運んできました。
「わたしは妻をなくしまして、ひとりぼっちなんです。
家族といっては、このコックとふたりきりで、家が広すぎるものですから、あんなインド人なんかに部屋を貸したりして、とんだめにあいました。
でも、たしかな紹介状を持ってきたものですから、つい信用してしまいましてね。」
春木氏は、立ち去るコックの後ろ姿を目で追いながら、言い訳するように言うのでした。
それをきっかけに、明智探偵はいよいよ本題に入りました。
「じつは、あの夜のことをあなたご自身の口からよくうかがいたいと思ってやってきたのですが、どうも腑に落ちないのは、ふたりのインド人がわずかのあいだに消えうせてしまったことです。
もうご承知でしょうが、子どもたちが無邪気な探偵団をつくっていましてね。
あの晩、中村係長たちがここへかけつける二十分ほど前に、その子どもたちが、どの部屋ですか、ここの二階にふたりのインド人がいることをちゃんと言いたしかめておいたのです。
それが、警官たちよりも早くあなたがお帰りになったときに、もう家の中にいなくなっていたというのは、じつに不思議ではありませんか。
そのあいだじゅう、六人の子どもたちが、おたくのまわりに厳重な見はりを続けていたのです。
表門はもちろん、裏門からでも、あるいは塀を乗りこえてでも、インド人が逃げ出したとすれば、子どもたちの目をのがれることはできなかったはずです。」
すると、春木氏はうなずいて、
「ええ、わたしもその点がじつに不思議でしかたがないのです。
あいつらは何かわれわれには想像もできない、妖術のようなものでもこころえていたのではないでしょうか。」
といかにも気味の悪そうな表情をしてみせました。
「ところが、もう一つ妙なことがあるのですよ。
あなたがお帰りになったのは、子どもたちがインド人がいることをたしかめてから、警官が来るまでのあいだでしたね。
すると、そのときはもう子どもたちはちゃんと見張りの部署についていたはずなのですが……あなたはむろん表門からお入りになったのでしょうね。」
「ええ、表門から入りました。」
「そのとき、表門にはふたりの子どもが番をしていたのですよ。
その子どもたちをご覧になりましたか。
門柱のところに番兵のように立っていたっていうのですが。」
「ほう、そうですか。
わたしはちっとも気がつきませんでしたよ。
ちょうどそのとき子どもたちが脇へ行っていたのかもしれませんね。
厳重な見はりといったところで、なにしろ年はもいかない小学生のことですからあてにはなりませんでしょう。」
「ところが、子どもというものはばかになりませんよ。」何かに夢中になると、大人と違って他のことは考えなくなりますからね。
ぼくはこういう場合、大人よりも子どものほうが信用できると思います。
ぼくはきょう、ここへお尋ねする前にいろいろな用件を済ませてきたのですが、その門番を務めた子どもに会ってみるのも用件の一つでした。
そして、よく問いただしてみますと、その子どもは決して持ち場を離れなかったし、わき見さえしなかったと言い張るのです。
子どもはうそをつきませんからね。」
「で、その子どもはわたしの姿を見たと言いましたか?」
「いいえ、見なかったと言うのです。
門を入ったものも、出たものも、一人もなかったと断言するのです。」
明智探偵はそう言って、じっと春木氏の美しい顔を見つめました。
「おやおや、すると、わたしまでがなんだか魔法でも使ったようですね。
これは面白い。
ハハハ。」
春木氏はなんとなくぎこちない笑い方をしました。
「ハハハ……。」
明智探偵も、さもおかしそうに声をそろえて笑いましたが、その声には何か鋭いとげのようなものが含まれていました。
「二を差し引いて、二を加える。
え、この意味がおわかりですか。
するともともとどおりになりますね。
簡単な引き算と足し算です。」
探偵は何か謎のようなことを言ったまま、また別の話に移りました。
「ところでぼくはきょう、養源寺の墓地と篠崎家の裏庭で面白いものを発見しましたよ。
何だと思いますか。
その間をつなぐ狭い地下の抜け穴なんですよ。
養源寺と篠崎家とは町名が違っているし、表門はひどく離れていますが、裏では十メートルほどの空地を隔てて、まるでくっついていると言ってもいいのです。
インド人のやつは、この、ちょっと考えると非常に遠いという人間の思い違いを利用したのです。
そして、そこにわけもなく地下道を作って、あの煙のように消えうせるという魔法を使ってみせたのです。
養源寺の墓地には、古い石塔の台石を持ち上げると、その下にぽっかり地下道の入り口が開いていましたし、篠崎さんの庭のほうは、穴の上に厚い板をのせて、その板の上に一面に草の生えた土が置いてありました。
ちょっと見たのではほかの地面と少しも変わりがないのです。
穴のある近所はいろいろな木が茂っていて薄暗いのですからね。
なんといじらしい、見事なカムフラージュじゃありませんか。
インド人は墓地の中で消えうせたときにはこの地下道から篠崎家へ逃げ込み、篠崎家の宝石を盗んだときにはやっぱりこの道を通って養源寺の方へ抜けてしまったのです。
その両方の地面は表側はまるで違う町なんですからね、分かりっこありませんよ。
ハハハ……、これがインド人の魔術の種明かしです。」
聞いているうちに、春木氏の顔に非常な驚きの色が浮かんできました。
でも、無理にそれを押し隠すようにして、
「しかし、宝石を盗むためだけに、どうしてそんな手間のかかる仕掛けをしたんでしょうね。
もっと手軽な手段がありそうなものじゃありませんか。」
と、なじるように聞き返しました。
「そうです。
おっしゃるとおり、賊は無駄な手間をかけているのです。
しかし、無駄といえばほかにもっともっと大きな無駄があるのですよ。
春木さん、そこがこの事件の奇妙な点です。
また、じつに面白い点なのです。」
明智探偵が、それを説明するのが惜しいというように言葉を切って相手の顔を眺めました。
「もっと大きな無駄と言いますと?」
「それはね、インド人が真っ裸になって隅田川を泳いでみせたり、東京中の町々をうろついてみせたりして世間を騒がせたことですよ。
それからまた、篠崎さんのお嬢ちゃんと同じ年ごろの子どもを二度もわざと間違えてさらったことですよ。
いったいなんのためにそんな無駄なことをやってみせたのでしょう。
え、春木さん、あなたはどうお考えになります。」
「さあ、私にはわかりませんねえ。」
春木氏は青ざめた顔で少しそわそわしながら答えました。
「おわかりになりませんか。
初級翻訳・少年探偵団 第15話
少年探偵団
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