初級翻訳・少年探偵団 第16話

少年探偵団

じゃあ、ぼくの考えを申しましょう。
それはね、賊は広告をしたかったのですよ。
わたしはこんな真っ黒なインド人ですよ、わたしは篠崎家のお嬢ちゃんをさらおうとしていますよ、と、世間に向かって、いや世間というよりも篠崎のご主人に向かって、これでもかこれでもかと告げ知らせたかったのです。
そして、篠崎さんが、さてはインド人が本国から呪いの宝石を取り戻しにやってきたんだなと、信じ込むようにしむけたのです。
なぜでしょう。
なぜそんなばかばかしい広告をしたのでしょう。」もし、ほんとうのインド人が、復しゅうのためにやってきたのなら、広告するどころか、できるだけ姿を見られないように、世間に知られないように骨を折るはずじゃありませんか。
つまり、まるであべこべなのです。
すると、その答えは、やっぱりあべこべでなければなりません。
」
「え、あべこべといいますと。
」
 春木氏が、びっくりしたようにききかえしました。
ちょうどそのときでした。
ふたりの会話の中のあべこべということばが、そのまま形となって、部屋のいっぽうの窓の外にあらわれたではありませんか。
ガラス窓のいちばん上のすみに、ひょいと人間の顔があらわれたのです。
それが、まるで空からぶらさがったように、まっさかさまなのです。
つまりあべこべなのです。
その男は、ガラス窓の外のやみの中から、髪の毛をダランと下にたらし、まっかにのぼせた顔で、さかさまの目で、部屋の中のようすをジロジロとながめています。
いったいどうして、人の顔が、空からさが আয়ন(さが)ってきたりしたのでしょう。
じつに、ふしぎではありませんか。
いや、それよりもみょうなのは、春木氏がそのガラスの外のさかさまの顔を見ても、少しもおどろかなかったことです。
その顔に何か目くばせのようなことをしました。
すると、さかさまの顔は、それに答えるようにあいずのまばたきをして、そのまま空のほうへスーッと消えてしまいました。
いったいあれは何者でしょう。
なんだか、ついさいぜん見たばかりのような顔です。
ああ、そうです、そうです。
ほかでもない春木氏のやとっているコックなのです。
さっき紅茶を運んできた召し使いなのです。
それにしても、なんというへんてこなことでしょう。
コックが家の外の空中からぶらさがってきて、窓をのぞくなんて、話に聞いたこともないではありませんか。
でも、その窓は、ちょうど明智探偵のまうしろにあったものですから、探偵はそんな奇妙な人の顔があらわれたことなど少しも知りませんでした。
みなさん、なんだか気がかりではありませんか。
明智探偵は大じょうぶなのでしょうか。
もしやこの家には、何かおそろしい陰謀がたくらまれているのではないでしょうか。

**屋上の怪人**

 明智探偵は何も知らずに話しつづけました。
「あべこべといいますのはね、この事件の犯人は、彼が見せかけようとしたり、広告したりしたのとは、まるで反対なものではないかということです。
つまり、犯人は黒いインド人ではなくて、その反対の白い日本人であった。
篠崎さんのお嬢ちゃんをさらったのも、いかにも宝石につきまとうのろいのように見せかける手段で、けっして命をとろうなどという考えはなかったということです。
それがしょうこに、緑ちゃんも小林君も、ちゃんと助かっているじゃありませんか。
もしほんとうに殺すつもりだったら、あれほど苦心してさらっておきながら、最期も見とどけないで、たちさってしまうわけがないのです。
すべては世間の目を、べつの方面にそらすための手段にすぎなかったのですよ。
それほどまでの苦労をしなければならなかったのをみると、この犯人は、よほど世間に知れわたっているやつにちがいありません。
ね、そうじゃありませんか。
」
「では、あなたは、犯人はインド人じゃないとおっしゃるのですか。
」
 春木氏が、みょうにしわがれた声でたずねました。
「そうです。
犯人は日本人にちがいないと思うのです。
」
 探偵は微笑をうかべながら、じっと春木氏を見つめました。
「でも、たしかにインド人がいたじゃありませんか。
わたしが部屋を貸したことは、かりに信用していただけないとしても、ここの二階にいたのを子どもたちが見たということですし、聞けば、小林君とお嬢ちゃんとが乗った車の運転手と助手が、いつのまにか黒ん坊にかわっていて、ふたりはそれをたしかに見たといっていましたが。
」
「ハハハ……。
春木さん、それがみんなうそだったとしたら、どうでしょう。
小林君のいうところによりますと、最初あの自動車に乗ったとき、助手席にいたのは、たしかに篠崎さんの秘書の今井君だったそうです。
それがどうして、とつぜん黒ん坊にかわったのでしょう。
いや、そればかりではありません。
ちょうどそのころ、ほんものの今井君は、養源寺の境内に、手足をしばられてころがっていたのですよ。
ひとりの今井君が、同時に二ヵ所にあらわれるなんて、まったく不可能なことじゃありませんか。
春木さん、この点をぼくは、じつにおもしろく思うのです。
こんどの事件のなぞをとく、いちばんたいせつなかぎが、ここにあると思うのですよ。
」
 それを聞くと、春木氏はニヤニヤとみょうな微笑をうかべて、さも感心したようにいうのでした。
「ああ、さすがは名探偵だ。
あなたはそこまでお考えになっていたのですか。」「そして、そのふしぎはとけましたか。」
「ええ、とけましたよ。」
「ほんとうですか。」
「ほんとうですとも。」
 そして、ふたりはしばらくのあいだ、だまりこんだまま、ひじょうに真剣な表情になって、にらみあっていました。
まるで、おたがいの心の底を見すかそうとでもしているようです。
「説明してください。」
 春木氏は青ざめた顔に、いっぱい汗の玉をうかべて、ためいきをつくようにいいました。
「自動車の中で、ふたりのものが、とつぜん黒ん坊にかわったのは、子どもだましのようなかんたんな方法です。
ほかでもありません。
車が走っているあいだに、うしろの客席から見えないように、ソッとうつむいて、用意の絵の具――たぶん、すすのようなものでしょう――それで顔と手を、まっ黒に染めたのです。
じつにわけのない話です。
変装のうちで、黒ん坊に化けるほど、たやすいことはありませんからね。
ぼくは念のために、小林君に、うしろから見える首すじのあたりの色はどうだったとたずねてみましたが、そこは洋服のえりと鳥打ち帽とで、少しも皮膚が見えないように、用心ぶかくかくしてあったということです。」
「で、今井という秘書が、同時に二ヵ所にあらわれたなぞは?」
 春木氏は、まるではたしあいでもするような、おそろしく力のこもった声でたずねました。
「たいへん気がかりとみえますね、ハハハ……、それは、犯人が今井君をしばって、その服を着こみ、顔まで今井君に化けたと考えるほかに、方法はありません。
しかし、犯人が今井君とそっくりの顔になれるものでしょうか。
ほとんど不可能なことです。
でもひろい日本に、たったひとりだけ、その不可能なことのできる人物があります。」
「それは?」
「二十面相です。

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