それはね、きみが篠崎家の門前で、緑ちゃんをつれて自動車に乗ろうとしたとき、秘書の今井というのがドアをあけてくれたんだね。
そのとき、きみは今井君の顔をはっきり見たのかね。」
「ああ、そうだった。
ぼく、先生にいわれるまで、うっかりしていましたよ。
そうです、そうです。
ぼく、今井さんの顔をはっきり見たんです。
たしかに、今井さんでした。
それが、自動車が動きだすとまもなく、あんな黒ん坊になってしまうなんて、へんだなあ。
ぼく、なによりも、それがいちばんふしぎですよ。」
「ところが、いっぽうでは、その今井君が、養源寺の墓地にしばられていたんだね。
とすると、今井君がふたりになったわけじゃないか。
いや、三人といったほうがいいかもしれない。
墓地にころがっていた今井君と、自動車のドアをあけて、それから助手席に乗りこんだ今井君と、自動車の走っているあいだに黒ん坊になった今井君と、合わせて三人だからね。」
「ええ、そうです。
ぼく、さっぱりわけがわかりません。
なんだか夢をみているようです。」」
小林君には、そうして明智探偵と話しているうちに、この事件のふしぎさが、だんだんとはっきりとわかってきました。
もう魔法をばかにする元気もありません。
小林君自身が、正体のわからない魔法にかかっているような気持ちでした。
「小林君、思い出してごらん。
その自動車の中でね、きみは、ふたりのインド人の首すじを見なかったかね。
むこうをむいている運転手と助手の首すじを見なかったかね。」
探偵が、またおかしなことをたずねました。
「首すじって、このあたりのことですか。」
小林君は、自分の耳のうしろをおさえてみせました。
「そうだよ。
そのあたりの皮膚の色を見なかったかね。」
「さあ、ぼく、それは気がつきませんでした。
ああ、そうそう、ふたりとも鳥打ち帽をすごく深めにかぶっていて、耳のうしろなんかちっとも見えませんでした。」
「うまい、うまい、きみはなかなかよく観察していたね。
それでいいんだよ。
さあ、つぎは第四の疑問だ。
それはね、犯人は緑ちゃんをなぜ殺さなかったか、ということだよ。」
「え、なんですって。
やつらはもちろん殺すつもりだったのですよ。
ぼくまでいっしょにおぼれさせてしまうつもりだったのですよ。」
「ところが、そうじゃなかったのさ。」
探偵は、また意味ありげにニコニコと笑ってみせました。
「よく考えてごらん。
インド人たちはコックをしばったけれど、主人の春木さんに対してはなんの準備もしなかったじゃないか。
春木さんは外出していて、いつ帰るかわからないのだよ。
そして、帰ってくればコックの報告を聞いて、地下室のきみたちを助け出すかもしれないのだよ。
もし助け出されたら、せっかくの苦労が水の泡じゃないか。
それをまるで気にもしないで、緑ちゃんの最期も見とどけないで、逃げ出してしまうなんて、あの執念深さとくらべて考えてみると、おかしいほど大きな手落ちじゃないか。
現に、こうして、きみも緑ちゃんも助かっているんだからね。
インド人たちは何のために、あれだけの苦労をしたのか、まるでわけがわからなくなるじゃないか。
小林君、わかるかね、この意味が。
犯人はね、緑ちゃんを殺す気なんて、少しもありゃしなかったのだよ。
ハハハ……、おもしろいじゃないか。
みんなお芝居だったのだよ。」
探偵はまた、とっても楽しそうに笑い出しましたが、小林君には、その意味が少しもわかりません。
いったい全体、先生は何を考えていらっしゃるのだろう。
それを思うと、なんだか怖くなってくるようでした。
「さあ、小林君、この四つの疑問を解いてごらん。
これを四つともまちがいなく解いてしまえば、今回の事件の秘密がわかるのだよ。
ぼくもそれを完全に解いたわけじゃない。
これからたしかめてみなければならないことが、いろいろあるんだよ。
しかし、ぼくには今、この事件の裏に隠れて、クスクス笑っているお化けの正体が、ぼんやりと見えているんだよ。
ぼくは、こんなにニコニコしているけれど、本当はそのお化けの正体に、ギョッとしているんだ。
もし、ぼくの想像が当たっていたらと思うと、あぶら汗がにじみ出るほど恐ろしいのだよ。」
明智探偵は、ひじょうにまじめな顔になって、声さえ低くして、それは恐ろしそうに言うのでした。
その顔を見ますと、小林君はゾーッと背すじが寒くなってきました。
なんだかそのお化けが、うしろから「バアッ」と言って、とびだしてくるような気さえするのです。
「ところでね、小林君、もう一つ思い出してもらいたいことがあるんだが、きみはさっき、春木さんの顔をよく見たと言ったね。
そのとき、もしやきみは……。」
探偵はそこまで言うと、いきなり小林君の耳に口をよせて、なにごとかヒソヒソとささやきました。
「エッ、なんですって?」
それを聞くと、小林少年の顔がまっ青になってしまいました。
「まさか、まさか、そんなことが……」
小林君は本当にお化けでも見たように、そのお化けが襲いかかってくるのを防ぐかのように、両手を前にひろげて、あとじさりをしました。
「いや、そんなに怖がらなくってもいい。
これは、ぼくの気のせいかもしれないのだよ。
ただね、今あげた四つの疑問をよく考えてみるとね、みんなその一点を指し示しているように思えるのだよ。
だが、たしかめてみるまでは、なんとも言えない。
ぼくはきょうのうちに、一度、春木さんと会ってみるつもりだよ。
春木さんの電話は何番だったかしら。」
それから、明智探偵は電話帳を調べて、春木氏に電話をかけるのでした。
読者諸君、名探偵が小林君の耳にささやいた言葉は、いったい、どんな内容だったのでしょう。
それを聞いた小林君は、なぜ、あれほどの恐怖を示したのでしょう。明智探偵は、四つの疑問を解いていけば、自然とその恐ろしい結論に達するのだと言いました。
読者のみなさんも、試しにその謎を解いてご覧になるのも一興でしょう。
しかし、今度の謎は非常に複雑ですし、その答えがあまりに意外なので、そんなに簡単には解けないだろうと思います。
次の章は、その謎が解けていく場面です。
そして、ゾッとするようなお化けが、正体を現す場面です。
さかさの首
明智探偵は、ふたりのインド人に部屋を貸していた洋館の主人・春木氏に一度会っていろいろ聞いてみたいということだったので、さっそく同氏に電話をかけ都合をたずねたところ、昼間は少し差し支えがあるから夜七時ごろにおいでくださいという返事でした。
探偵は電話の約束をすませると、すぐさま事務所を出発しました。
春木氏に会うまでに、ほかにいろいろ調べておきたいことがあるからということでした。
小林少年は、ぜひ一緒につれていってくださいと頼みましたが、きみはまだ疲れがなおっていないだろうからと、留守番を命じられてしまいました。
それから明智探偵がどこへ行って何をしたか、それはまもなく読者のみなさんにわかる時が来ますから、ここには記しません。
その夜の七時に、探偵が春木氏の洋館を訪ねたところから、お話を続けましょう。
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