初級翻訳・少年探偵団 第13話

少年探偵団

「ウン、ぼくも旅先で新聞を読んで、いくらか考えていたこともあるがね。
そう、きみのようにせきたてても、すぐに返事ができるものではないよ。」
 明智探偵は笑いながら、安楽イスにグッともたれこんで、長い足を組みあわせ、すきなエジプトたばこをふかしはじめました。
これは明智探偵が深くものを考えるときのくせなのです。
一本、二本、三本、たばこはみるみる灰になって、紫色の煙とエジプトたばこのかおりとが、部屋いっぱいにただよいました。
「ああ、そうだ、きみ、ちょっとここへ来たまえ。」
 とつぜん、探偵はイスから立ちあがって、部屋のいっぽうの壁にはりつけてある東京地図のところへ行き、小林少年を手まねきしました。
「養源寺というのは、どのへんにあるんだね。」
 小林君は地図に近づいて、正確にその場所をさししめしました。
「それから、篠崎君の家は?」
 小林君は、またその場所をしめしました。
「やっぱりぼくの想像したとおりだ。
小林君、これがどういう意味かわかるかね。
ほら、養源寺と篠崎家とは、町の名もちがうし、ひどくはなれているように感じられるが、裏ではくっついているんだよ。
この地図のようすでは、あいだに二―三軒家があるかもしれないが、十メートルとはへだたっていないよ。」
 探偵は、何か意味ありげに微笑して、小林君をながめました。
「ああ、そうですね。
ぼくもうっかりしていました。
表がわではまるで別の町だものですから、ずっとはなれているように思っていたのです。
でも、先生、それが何を意味しているんだか、ぼくにはよくわかりませんが。」
「なんでもないことだよ。
まあ考えてごらん。
宿題にしておこう。」
 探偵はそういいながら、もとの安楽イスにもどって、また深々ともたれこみました。
「ところで、小林君、この事件には常識では説明のできないような点がいろいろあるね。
それを一つかぞえあげてみようじゃないか、これが探偵学の第一課なんだよ。
まず事件の中から奇妙な点をひろいだして、それにいろいろの解釈をあたえてみるというのがね……。
この事件では、まず第一に黒い魔物が、東京中のほうぼうへ姿をあらわして、みんなをこわがらせたね。
犯人は、いったいなんの必要があって、あんなばかなまねをしたんだろう。
こんどの犯罪の目的は、篠崎家の宝石をぬすみだすことと、緑ちゃんという女の子をかどわかすことなんだが、黒い魔物がほうぼうにあらわれて、新聞に書かれたりすれば、わたしは、こんなまっ黒な人種ですよ、ご用心なさいと、まるで相手に警戒させるようなものじゃないか。
それから、まだあるよ。
黒い魔物はだんだん篠崎家に近づいてきて、そこでも、いろいろと見せびらかすようなまねをしている。
そして、人ちがいをして、ふたりまで、よその女の子をかどわかしかけている。
宝石が篠崎家にあるということを、ちゃんと見とおして、わざわざインドから出かけてくるほどの用意周到な犯人に、そんな手ぬかりがあるものだろうか。
緑ちゃんという女の子が、どんな顔をしているかくらい、まえもって調べがついていそうなものじゃないか。
小林君、きみは、こういうような点が、なんとなくへんだとは思わないかね。
つじつまがあわないとは思わぬかね。」
「ええ、ぼくは、今までそんなこと少しも考えてませんでしたけれど、ほんとうにへんですね。
あいつは、わたしはこういうインド人です。こういう人さらいをしますといって、自分を広告していたようなものですね。

 小林君は、はじめてそこへ気がついて、びっくりしたような顔をして、先生を見あげました。
「そうだろう。
犯人はふつうならば、できるだけかくすべきことがらを、これ見よがしに広告しているじゃないか。
小林君、この意味がわかるかね。」

 探偵はそういって、みょうな微笑をうかべましたが、小林君には、先生の考えていらっしゃることが、少しもわからぬものですから、その微笑が、なんとなくうすきみ悪くさえ感じられました。
「第二には、インド人が忍術使いのように消えうせたというふしぎだ。
一度は養源寺の墓地で、一度は篠崎家の庭で、それからもう一度は世田谷の洋館で。
これはもう、きみもよく知っていることだね。
あの晩、洋館のまわりには、六人の少年探偵団の子どもが見はっていたというが、その見はりは、たしかだったのだろうね。
うっかり見ongすようなことはなかっただろうね。」

「それは桂君が、けっして手ぬかりはなかったといっています。
みんな小学生ですけれど、なかなかしっかりした人たちですから、ぼくも信用していいと思います。」

「表門のみはりをしたのは、なんという子どもだったの。」

「桂君と、もうひとり小原君っていうのです。」

「ふたりもいたんだね。
それで、そのふたりは、春木という洋館の主人が帰ってくるのを見たといっていたかね。」

「先生、そうです。
ぼく、ふしぎでたまらないのです。
ふたりは春木さんの帰ってくるのを見なかったというのですよ。
みんなは、まだインド人が二階にいるあいだに、それぞれ見はりの部署についたのですから、春木さんが帰ってきたのは、それよりあとにちがいありません。
だから、どうしても桂君たちの目の前を通らなければならなかったのです。
まさか主人が裏口から帰るはずはありませんね。
しかも、その裏口を見はっていた団員も、だれも通らなかったといっているのです。」

「フーン、だんだんおもしろくなってくるね。
きみはそのふしぎを、どう解釈しているの? 警察の人に話さなかったの?」

「それは桂君が中村さんに話したのだそうです。
でも、中村さんは信用しないのですよ。
ふたりのインド人が逃げだすのさえ見onegしたのだから、春木さんのはいってくるのを気づかなかったのはむりもないって。
子どもたちのいうことなんか、あてにならないと思っているのですよ。」

 小林君は、少し憤慨のおももちでいうのでした。
「ハハハ……。
それはおもしろいね。
ふたりのインド人が出ていったのも気づかないほどだから、春木さんのはいってくるのも見はぐったんだろうって? ハハハ……。」

 明智探偵は、なぜか、ひどくおもしろそうに笑いました。
「ところでね、きみは春木さんに地下室から助けだされたんだね。
むろん、春木さんをよく見ただろうね。
まさかインド人が変装していたんじゃあるまいね。」

「ええ、むろんそんなことはありません。
しんから日本人の皮膚の色でした。
おしろいやなんかで、あんなふうになるものじゃありません。
長いあいだいっしょの部屋にいたんですから、ぼく、それは断言してもいいんです。」

「警察でも、その後、春木さんの身がらをしらべたろうね。」

「ええ、しらべたそうです。
そして、べつに疑いのないことがわかりました。
春木さんは、あの洋館にもう三月も住んでいて、近所の交番のおまわりさんとも顔なじみなんですって。」

「ほう、おまわりさんともね。
それはますますおもしろい。」

 明智探偵は、なにかしらゆかいでたまらないという顔つきです。
「さあ、そのつぎは第三の疑問だ。

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